
1. 歌詞の概要
INXSの「Original Sin」は、1983年にリリースされたアルバム『The Swing』に収録され、バンドが国際的に注目されるきっかけとなった楽曲である。タイトルの「Original Sin(原罪)」という言葉は聖書的な響きを持つが、ここで歌われている内容は宗教的な意味合いに留まらず、人種や社会的な壁を越える愛と欲望、そして「違い」を乗り越えた関係を築くことへの問いかけが込められている。
歌詞は「なぜ私たちは互いに分かち合うことを恐れるのか」「なぜ愛する者同士が肌の色や社会的背景によって隔てられなければならないのか」という切実な疑問を投げかける。原罪という言葉は、人間が抱える根源的な分断や差別意識を象徴するメタファーとして用いられているのである。
当時のMTV世代にとって、この曲はただのダンスロックではなく、愛や人間関係の本質を問う強いメッセージを放つ存在だった。ポップでグルーヴィーなサウンドに乗せられた普遍的なテーマは、今日に至るまで色褪せない力を持ち続けている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Original Sin」は、INXSにとって初めて世界的な成功を収めた曲であり、特にアメリカとヨーロッパで注目を集めた。プロデューサーはNile Rodgers(ナイル・ロジャース)。彼はChicのギタリストとしてディスコ・ファンクを定義づけ、後にDavid Bowie『Let’s Dance』(1983)の大成功を手掛けた人物である。Rodgersがもたらしたファンク的リズムと洗練されたダンスサウンドは、INXSのエネルギッシュなバンドサウンドに新たな方向性を与えた。
この曲には、シンディ・ローパー(Cyndi Lauper)のバックコーラス参加も特筆すべき点である。当時「Girls Just Want to Have Fun」の成功で一躍トップスターになっていた彼女の存在が、楽曲に独自の華やぎと深みを加えている。
リリース当時、歌詞のテーマは非常に挑発的であった。というのも、「Original Sin」では人種の違いを越えた恋愛を描き、それを「原罪」と呼んでいるからである。1980年代初頭のアメリカやオーストラリア社会において、人種間の関係は依然として強い緊張を孕んでおり、楽曲のメッセージはラジカルに受け止められた。しかし、INXSはこのテーマを押し出すことで、ただのダンスロックバンドではなく、社会的・文化的な問題意識を持つアーティストとしての存在感を示したのだ。
「Original Sin」はオーストラリア国内チャートで1位を獲得し、バンドの国際的躍進を決定づける契機となった。その後の『Listen Like Thieves』(1985)や『Kick』(1987)へとつながる「世界規模での成功」の道を開いた意味で、この曲はバンド史において最重要曲の一つと言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(歌詞引用元:INXS – Original Sin Lyrics | Genius)
You might know of the original sin
君はきっと「原罪」というものを知っているだろう
And you might know how to play with fire
そして火遊びの危険さも知っているかもしれない
But did you know of the murder committed
だが君は知っていただろうか、その罪のもとに生まれた殺意を
In the name of love, yeah, you thought what a pity
愛という名のもとで起きたことを…ああ、なんて哀しいことだろう
Dream on white boy, dream on black girl
夢を見ろ、白人の少年よ。夢を見ろ、黒人の少女よ。
Then wake up to a brand new day
そして新しい朝に目を覚ませ
To find your dreams have washed away
けれどその夢は打ち砕かれてしまうのだ
歌詞は直接的に「白人の少年」「黒人の少女」と呼びかける点で非常に異例である。当時のポップソングの多くが恋愛や享楽に終始していた中、この曲は人種間の恋愛をテーマとして掲げ、リスナーに問いを投げかけている。その挑戦的な姿勢こそが、INXSが世界的に注目された理由のひとつである。
4. 歌詞の考察
「Original Sin」における最大のテーマは「人間が作り出した境界線への挑戦」である。タイトルの「原罪」はキリスト教神学における人間の宿命的な罪を指すが、ここでは「社会が押し付けてきた差別や偏見」という意味に変換されている。つまり、愛し合うこと自体は自然な行為であるにもかかわらず、そこに人種や文化の違いという「罪」を背負わされてしまうという逆説的な状況を歌っているのだ。
「Dream on white boy, dream on black girl」というフレーズは、夢を見て自由に愛し合うことができるはずなのに、現実社会の不寛容さがその夢を打ち砕くという残酷な状況を描いている。これは1980年代の国際的な人種問題を鋭く映し出した一節であり、今日聴いても強いメッセージ性を持っている。
さらに「愛の名のもとに行われた殺意」という表現は、歴史的に人種や宗教の名のもとで行われた暴力を連想させる。つまり、この曲は単なるラブソングではなく、人類が繰り返してきた差別と暴力の歴史への批判を内包しているのである。
一方で、サウンドはきわめてキャッチーでダンサブルであり、ナイル・ロジャースのプロデュースによるリズム感がメッセージの重さを包み込み、リスナーに自然と受け入れさせる効果を持っている。この軽快さと重いテーマのコントラストこそが、「Original Sin」を普遍的な名曲たらしめているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- What You Need by INXS
後の代表曲であり、ファンクとロックを融合させたバンドの進化形。 - New Sensation by INXS
『Kick』からのシングルで、ダンサブルでありながら力強いアンセム。 - Let’s Dance by David Bowie
同じくナイル・ロジャースが手掛けたダンスロックの名曲。 - Every Kinda People by Robert Palmer
人種や文化の違いを越えるメッセージを持つ楽曲で、テーマ的にも共鳴する。 - Pride (In the Name of Love) by U2
キング牧師を題材にし、人種差別と愛のテーマを扱った代表的な80年代ソング。
6. 社会的メッセージと大衆性の融合
「Original Sin」は、INXSがただのポップ・ロックバンドではなく、社会的テーマを大胆に取り上げるアーティストであることを示した曲であった。その一方で、ナイル・ロジャースの手腕によってキャッチーで踊れるサウンドに仕上がり、大衆性も同時に獲得した。つまり、この曲は「社会的なメッセージ」と「ポップな魅力」の両立に成功した稀有な例なのである。
オーストラリアから世界へと羽ばたく瞬間、INXSは「Original Sin」によって自らの存在を刻みつけた。その挑戦的なテーマは今なお鋭さを失わず、時代を超えて聴く者に問いを投げかけ続けているのだ。



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