1. 歌詞の概要
「Dumb」はNirvanaの3枚目のアルバム『In Utero』（1993年）に収録された楽曲である。激烈なノイズや歪んだギターが支配する同アルバムの中で、この曲は静謐さと淡い美しさをたたえた異色の存在となっている。歌詞では「愚か」であることを自ら受け入れるような姿勢が描かれ、それは現実からの逃避や無力感、さらには麻薬による解放感といった要素が重ねられている。シンプルなコード進行にチェロが加わり、儚くも温かみのある音像を生み出している点も印象的である。
2. 歌詞のバックグラウンド
カート・コバーンは「Dumb」について、「愚かであることを肯定する歌」だと語っている。ここでいう「愚かさ」とは、知的な鋭さを持ちながらもそれを武器にせず、ただ「感じるままに生きる」状態を指している。コバーン自身、複雑な思考や痛みを抱えていたが、その一方で、シンプルな喜びや鈍感さに憧れを抱いていた。この矛盾する感情が「Dumb」の根底にある。
また、この曲ではロックの激しさを意図的に排除し、メロディとアコースティックな響きに重きを置いている。プロデューサーのスティーヴ・アルビニの粗削りなサウンド哲学とは一線を画す部分であり、後にスコット・リットがミックスを手掛けたことによって、さらに親しみやすいサウンドに仕上げられた。アルバム全体の苛烈さの中で、この曲がもたらす穏やかな瞬間は強烈なコントラストを生み出している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
（引用元: Nirvana – Dumb Lyrics | Genius）
I’m not like them, but I can pretend
俺はあいつらみたいじゃない、でもそう装うことはできる
The sun is gone, but I have a light
太陽は消えた、けれど俺には光がある
The day is done, but I’m having fun
一日は終わった、でも俺は楽しんでいる
I think I’m dumb, or maybe just happy
俺は愚かなんだろう、いや、ただ幸せなだけなのかもしれない
4. 歌詞の考察
「Dumb」の核心は、知性と幸福の間にある矛盾をめぐる問いである。カートは「愚かであること」と「幸せであること」を同列に語ることで、複雑さを持たない存在への羨望を表現しているように思える。周囲の期待や社会の枠組み、あるいは名声の重圧に押しつぶされそうになりながらも、彼は「ただ愚かである」ことに救いを見いだそうとした。
「The sun is gone, but I have a light」という一節は、外部の希望が消えても内側に残るかすかな光を意味している。ここには絶望の中での小さな安らぎが込められているようだ。また「I can pretend」という言葉には、他者との関係性の中で自分を偽らざるを得ない現実があり、それが彼を「Dumb」と感じさせる要因でもあるだろう。
同時に、この曲には自己卑下とユーモアが共存している点も興味深い。カートは深刻さを抱えつつも、それをどこか自嘲的に歌い上げることで、聴き手に共感と余白を残している。愚かであることが「敗北」ではなく、「救い」や「解放」として機能する可能性を提示しているのだ。この二面性こそが、「Dumb」をNirvanaの中でも特別な位置に置いている理由といえる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Nirvana / Polly
アコースティックで淡々とした演奏に深い陰影を持たせた曲。 - Nirvana / All Apologies
静謐さと諦念が共存する『In Utero』の名曲。 - R.E.M. / Everybody Hurts
シンプルなフレーズで普遍的な慰めを歌うバラード。 - The Beatles / Fool on the Hill
「愚か者」を肯定的に描く点で通じる楽曲。
6. 愚かさの肯定としての美学
「Dumb」は、Nirvanaの激しい側面とは対照的に、穏やかで内省的な一面を示す楽曲である。その歌詞は、カート・コバーンの内なる矛盾や苦悩を映し出しながらも、「愚かであること」の中に幸福の可能性を見出そうとする美学を描いている。この姿勢は、単なる自己否定ではなく、むしろ複雑さを抱えすぎた人間がシンプルな生の在り方を渇望する姿ともいえる。結果として「Dumb」は、Nirvanaが残した最も普遍的で心に残るバラードのひとつとなっている。
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