
1. 歌詞の概要
「Fisherman’s Blues(漁師のブルース)」は、The Waterboysが1988年に発表した同名アルバム『Fisherman’s Blues』の表題曲であり、バンドの音楽的転機を象徴する一曲として、今なお多くのリスナーに愛され続けている名曲である。
この曲が歌っているのは、名声や都市の喧騒から離れ、自然とともに生きる人生への憧れ――すなわち、心の平穏と本当の自分を探す旅である。タイトルにある“漁師のブルース”とは、労働と自然に根ざした素朴な生活に対する詩的な共感であり、それは同時に、現代社会に生きる私たちが忘れてしまった“何か大切なもの”を象徴している。
この歌は、現実逃避ではなく、むしろ「都市からの脱出」を通して“魂の場所”へと還る決意の表明でもある。愛する人とともに、静かな土地で暮らし、釣りをして、音楽を奏でる――そうした理想郷が、牧歌的なメロディとともに描かれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Fisherman’s Blues」は、The Waterboysのキャリアにおける明確なターニングポイントを象徴する作品である。前作『This Is the Sea』(1985年)までの彼らは、“ビッグ・ミュージック”と呼ばれる壮大で詩的なロックサウンドを追求していたが、このアルバムで彼らはアイルランドへと拠点を移し、フォークやケルト音楽、トラッドに深く傾倒していく。
その変化はまさに音楽的脱構築であり、Mike Scott自身が精神的な再生を求めた結果でもあった。バンドはゴールウェイにスタジオを構え、即興的な録音セッションを重ねながら、自然と共鳴する音楽へと舵を切った。
「Fisherman’s Blues」はその新しいサウンドの象徴であり、かつScottの“心の詩”でもある。
この曲は、単にスタイルを変えたというだけでなく、「都会的な野心」から「精神的な真実」へと向かう旅路そのものを表現している。都会を離れ、名声を求めず、ただ歌う――その選択が、この歌の根底に流れている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I wish I was a fisherman
漁師になれたらいいのにTumblin’ on the seas
荒れる海をゆらゆらと漂いながらFar away from dry land
乾いた陸地なんかから遠く離れてAnd its bitter memories
苦い記憶もすべて置いてきてWith light in my head
頭の中に光をたずさえてYou in my arms
君を腕に抱きしめて
出典: Genius Lyrics – Fisherman’s Blues by The Waterboys
4. 歌詞の考察
この歌が美しいのは、“夢想”と“現実”の境界を意図的に曖昧にしている点である。
語り手は「漁師になりたい」と願うが、それは文字通りの職業としての漁師ではなく、“人生をもっとシンプルに生きたい”“すべての喧騒から遠ざかりたい”という精神的な願望の象徴なのである。
「With light in my head / You in my arms(頭の中に光を、君を腕に抱きしめて)」というフレーズは、過去の痛みや複雑な現実を脱ぎ捨てた、純粋で直感的な幸福感を表現している。音楽もまた、その解放を体現しており、ホンキートンク・ピアノ、スライドギター、フィドルといった伝統的な音が交差することで、楽曲全体に“生きた呼吸”を与えている。
さらに、この曲には“愛”の存在がある。ひとりではなく「君を抱きしめて」という具体的な描写が、理想郷としての“ブルース”をさらに温かく、具体的なものにしている。つまり、逃避の物語ではなく、“共にあること”への祈りの歌でもあるのだ。
このように、「Fisherman’s Blues」は“帰るべき場所”を探し求めるすべての人にとっての象徴となっている。都会の価値観から脱し、自然のリズムと共鳴する人生――その希望が、切なさと歓びを交えながら語られている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fairytale of New York by The Pogues feat. Kirsty MacColl
ケルト音楽とリアルな愛の記憶を重ねた、哀しくも美しいフォークバラード。 - Into the Mystic by Van Morrison
霊的な帰郷、魂の静けさを描くミスティック・ブルース。 - Dirty Old Town by The Dubliners
変わりゆく街と、そこに生きる人々の詩情を重ねたアイリッシュ・スタンダード。 - If I Had a Boat by Lyle Lovett
自由への憧れと内省をユーモラスに語る、牧歌的なカントリーソング。 - The Lakes of Pontchartrain by Paul Brady
失われた旅と人情を描く、アメリカ南部を舞台にした哀愁のバラード。
6. 変化を越えたその先にある、“魂の音楽”
「Fisherman’s Blues」は、The Waterboysというバンドが「何を捨て、何を選び取ったのか」を物語る、音楽的再出発の賛歌である。
壮大な“ビッグ・ミュージック”を経て、彼らが辿り着いたのは、静かで、あたたかくて、少しだけ風に吹かれたような音楽だった。
それは、“言葉の重み”ではなく“感情の風景”を描くような歌であり、だからこそ、聴くたびに違う景色が見えてくる。
Mike Scottはこの曲を通して、“どこかへ行く”ことではなく、“どこかから帰る”ことの大切さを教えてくれているのかもしれない。
日々のざわめきから少し距離を置き、心が本当に求めるものを問い直したとき、この歌はきっと、穏やかなコンパスのようにあなたの心に灯る。
それはブルースではなく、“自由のうた”であり、同時に“愛のうた”でもある。
そして何より、「Fisherman’s Blues」は、私たちの中に今も確かにある、“自然と共に在ることの喜び”を思い出させてくれる音楽なのである。
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