1. 歌詞の概要
「But the Regrets Are Killing Me」は、American Footballが1999年にリリースしたデビューアルバム『American Football(LP1)』に収録された楽曲であり、彼らの音楽の核心とも言える「感情の繊細さ」「曖昧な関係性」「青春の痛み」を凝縮したような名曲である。タイトルからして既に痛ましいが、その内容もまた、過ぎ去った瞬間や、選択しなかった未来に対する後悔、そして自分自身の無力さを静かに吐露していくような内容である。
ここで描かれるのは、破局や失恋ではない。むしろそれ以前の、「何も起きなかったこと」への後悔や、「あの時こうしていれば」という想像によって蝕まれていく心の傷である。言葉は少ないが、そのひとつひとつが痛みを抱えており、まるで感情が漏れ出すのを恐れながら、ぎりぎりのラインで詩が組み立てられているような感覚を覚える。
2. 歌詞のバックグラウンド
1999年、American Footballのデビューアルバムは、シカゴのPolyvinyl Recordsからリリースされた。ボーカルとギターを務めるMike Kinsellaを中心に、ジャズ的な複雑なリズム、クリーントーンのアルペジオ、そして極端にパーソナルで不完全な感情表現が融合されたこの作品は、リリース当時はひっそりとした存在だったが、後に“エモ・リバイバル”の始祖として再評価されていくことになる。
「But the Regrets Are Killing Me」は、そのアルバムの中でも比較的短く、抑制の効いた構成を持つ曲であり、なおさら歌詞の持つ感情が浮き彫りになる。Kinsellaのボーカルは、まるで独白のように淡々と、しかしどこか怒りと自己嫌悪を押し込めたような響きがあり、それがこの曲の最大の魅力を形作っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「But the Regrets Are Killing Me」の印象的な歌詞の一部を英語と日本語で紹介する。
But the regrets are killing me
でも後悔が、僕を蝕んでいるI know that the past is all that’s left of me
わかってる、僕に残っているのは、もう過去だけなんだI know that the past is all that’s left of me
わかってる、僕にはもう未来なんてないんだ、過去だけ
出典: Genius Lyrics – But the Regrets Are Killing Me by American Football
4. 歌詞の考察
この曲は、その簡素な言葉づかいと反復の中に、想像以上の感情の重みが詰め込まれている。語り手は何か大きな過ちを犯したわけではない。むしろ、何もしなかったこと――あるいは、できなかったこと――への悔いが押し寄せてきて、それがじわじわと“殺していく”ように響いてくる。
「I know that the past is all that’s left of me(過去だけが僕に残ってる)」というラインは、若さと無力さの象徴であると同時に、人生のなかで“過去に支配される瞬間”のリアリティを描いている。これは青春期特有の時間感覚とも重なる。未来が無限にあるはずなのに、ある種の決定的な出来事(あるいは不在)によって、すべてが“もう終わってしまった”ように感じられる、あの独特の絶望だ。
そしてタイトルにもなっている「regrets(後悔)」という言葉は、歌詞の中では非常に静かに語られているが、楽曲全体に重くのしかかる主題であり、まるで静かな毒のようにじわじわと効いてくる。
この曲は「泣き叫ぶ」のではなく、「黙ってうつむく」。その抑制の美学が、かえって感情の深さを際立たせている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Never Meant by American Football
同アルバムの代表曲で、別れの瞬間のすれ違いと後悔を美しく描く。 - A Picture Postcard by The Promise Ring
遠ざかる関係性と、もう戻れない日々への哀しみが共鳴する。 - The Boy Who Blocked His Own Shot by Brand New
自己破壊的な感情と赦しをテーマにした、静かな絶望の名曲。 - Fell in Love Without You (Acoustic) by Motion City Soundtrack
限りなく繊細なアレンジの中で、過去に対する嘆きを繰り返すエモ曲。 -
Let’s Make This Precious by Dexys Midnight Runners
ロマンスと後悔、記憶と誓いが重なる、異なるアプローチのポップ悲歌。
6. “エモ”という表現の静かな核心としてのこの楽曲
「But the Regrets Are Killing Me」は、American Footballの音楽の本質――すなわち、“語られない感情”の存在を、音と間で描くこと――をもっとも濃密に体現している曲のひとつである。
この曲には、劇的な展開も、感情を爆発させるクライマックスもない。あるのは、後悔という名の静かな波が打ち寄せては、引いていくような時間の流れと、ひとり語りのような歌詞、そして無機質なまでに抑えられたサウンド。それが不思議と“青春”という言葉に最も近い。
その意味で、この楽曲は、エモというジャンルの“定型”を形作っただけでなく、それを今も静かに更新し続ける核でもあるのだ。聴いたそのときにはただの「静かな歌」にしか聞こえないかもしれない。しかし、ふとしたときにこの曲が胸に響いてしまう瞬間がある――そんな“遅れてくる感情”の爆発を、見事に計算しているようにも思える。
だからこそ、「But the Regrets Are Killing Me」は、人生のどこかで何かを失った人すべてに向けて、そっと手渡されるべき小さな詩なのだ。静かで、淡く、でも決して消えない痛みの歌として。
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