発売日: 2012年3月5日
ジャンル: ブリットポップ、ロック
概要
『Troubled Times』は、Castが2012年に発表した再結成後初のスタジオ・アルバムであり、2001年の『Beetroot』以来11年ぶりとなる作品である。
本作は、ブリットポップを象徴するバンドの一つとして名を馳せた彼らが、一度の解散とソロ活動を経て、新たな時代と向き合いながら制作されたリスタートの証でもある。ジョン・パワーは2000年代に数枚のソロ・アルバムを発表していたが、再びCastとしてバンドサウンドを追求することで、自身の原点に回帰したとも言える。
アルバムタイトルの『Troubled Times』＝「困難な時代」は、金融危機以降の混迷した社会情勢や、再結成に至るまでの葛藤、そして年齢を重ねたからこそ感じる焦燥感を反映している。だがその響きには、過去へのノスタルジーよりも、現在を生き抜こうとする意思が込められているようにも思える。
プロデューサーには、ソロ時代にも関わったジョン・レッキーが再び起用され、バンドの化学反応を見事に引き出している。音楽的には初期Castを思わせる軽快なギター・ポップを基調としながらも、リリックには内省的な視点が加わり、再出発にふさわしい誠実なトーンが全編を支配している。
全曲レビュー
1. Bow Down
再結成の意志表明とも取れるオープニング。
「ひれ伏すか、立ち上がるか」と問いかけるリリックは、混沌とした時代における選択の重さを象徴している。力強いリフとシャープなリズムが、アルバム全体の決意を代弁する。
2. Troubled Thoughts
アルバムのリード・トラック。
過去の栄光にすがらず、今ある“心の混乱”と向き合う姿勢が貫かれている。
軽快なコード進行と、ジョン・パワーの透き通ったボーカルが健在で、どこか救いを感じさせる。
3. The Sky’s Got a Gaping Hole
社会不安や情報の過多を背景に、現代人の虚無感を詩的に表現。
タイトルの“空の裂け目”は、精神世界の裂け目と重ねられる。
中庸なテンポと不穏なギターが印象的で、アルバム中最もシリアスな雰囲気を漂わせる。
4. See That Girl
かつての青春や愛を回想するような一曲。
親しみやすいメロディとシンプルな構成が、初期Castの魅力を想起させる。
甘さと哀しさのバランスが秀逸で、バンドの成熟を感じさせるナンバーでもある。
5. Not Afraid
タイトル通り、恐れずに前に進む意志を歌うアップテンポな楽曲。
ブリットポップ的なコード展開と、タイトなリズム・ギターが心地よく、ライブ映えする一曲。
6. Time Bomb
時限爆弾のように蓄積される怒りや感情を爆発させるようなエネルギッシュなナンバー。
ダークなトーンの中に、力強いメッセージが込められている。
7. Tear It Apart
構築された何かを壊し、新しく創るというテーマを持つ反骨的な曲。
ポストパンク的な緊張感を内包しながらも、サビではキャッチーさを忘れない絶妙なバランス。
8. Hold On Tight
アルバムの中でもっとも希望に満ちたラブソング。
「しっかり掴んで、離さないで」というフレーズが繰り返され、再出発の決意を愛の言葉として描いている。
9. Brother Fighting Brother
内戦や分断を暗喩的に描いた歌詞が特徴的な社会派ロック・ナンバー。
ブリットポップ時代には少なかった視野の広さが見え、時代と向き合うバンドの姿勢が感じられる。
10. Goodbye
別れと出発の狭間を行き交うようなエンディング。
静かなアコースティック・アレンジと、余韻を残すリリックが、アルバム全体の余白として響く。
過去との訣別、あるいは“かつてのCast”への別れの歌とも読める。
総評
『Troubled Times』は、栄光の90年代を経て再集結したCastが、自らの現在地と向き合いながら作り上げた誠実な作品である。
ギター・ロックという武器を再び手に取りつつも、そこには単なる回顧主義ではなく、人生経験を経た者だけが到達できる温かさと痛みが滲んでいる。ブリットポップの旗手としての輝かしい過去を背景に持ちながらも、本作では一人の人間としての“再出発”が描かれているのだ。
音楽的にはシンプルな構成の楽曲が多いが、それが逆に力強さと誠実さを際立たせている。ジョン・パワーのソングライティングは円熟味を増し、リリックには社会や個人の内面を見つめる視点が加わっている。特に中盤以降のナンバーでは、ポリティカルでありながらも決して説教臭くない語り口が印象的である。
『Troubled Times』は、再結成ブームに流されることなく、真摯に音楽と向き合った結果生まれた、Castの“第二の始まり”とも言うべき作品である。
おすすめアルバム（5枚）
- The Charlatans / Who We Touch
同じく再評価が進んだUKバンドのリバイバル期作品。
内省と希望のバランスが近い。 - Ocean Colour Scene / A Hyperactive Workout for the Flying Squad
ブリットポップ後期から続く誠実なギター・ロックの系譜。 - Paul Weller / Wake Up the Nation
年齢を重ねたソングライターが社会と向き合った作品として共鳴する部分が多い。 - Noel Gallagher’s High Flying Birds / Noel Gallagher’s High Flying Birds
同時代にソロで再出発したアーティストとして、表現の成熟という共通項がある。 - Travis / Where You Stand
穏やかで情感豊かな音作りにおいて、同様のリスニング体験が得られる作品。
後続作品とのつながり
『Troubled Times』によって再び活動を本格化させたCastは、2017年に次作『Kicking Up the Dust』を発表することとなる。
このアルバムで確立された再結成後の音楽的土台は、次作にも継承されており、ギター主体のサウンドと人間味のあるリリックというスタイルは今後のCastにおける新たなスタンダードとなった。
つまり『Troubled Times』は、バンドの“リブート”としての役割を果たしたのみならず、新たな創作の原点でもあったのだ。
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