発売日: 2010年6月29日
ジャンル: リミックス、エレクトロニカ、トリップホップ、ダウンテンポ
概要
『Indaba Remixes from Wonderland』は、Marcy Playgroundが2010年にリリースしたリミックス・アルバムであり、前作『Leaving Wonderland… in a Fit of Rage』（2009年）の楽曲を、世界中のアーティストやプロデューサーが再構築した異色作である。
本作は、音楽コラボレーション・プラットフォーム「Indaba Music」との提携により、ファンや無名のプロデューサーによって制作されたリミックスを中心に構成されている。
このプロジェクトの面白さは、従来の“有名DJによるクラブリミックス”ではなく、インディペンデントかつ多様な音楽的背景を持つクリエイターによって、Marcy Playgroundのメランコリックな楽曲がまったく新しい文脈に置かれている点にある。
ジャンル的には、エレクトロニカ、ダウンテンポ、チルアウト、トリップホップといったスタイルが多くを占めており、原曲のアコースティックな質感や内省的なムードが、より抽象的で夢幻的な音風景へと変容している。
つまり本作は、単なるリミックスではなく、“再構成された感情の風景”としてのアルバムであり、Marcy Playgroundの世界観を拡張するもうひとつの実験的表現と言える。
全曲レビュー（代表的なリミックス）
※本作は複数のアーティストによるリミックスが含まれており、以下は特に印象的なトラックを中心に紹介。
1. Blackbird (Randy Chertkow Remix)
原曲の哀愁あるギターを軸にしつつ、ディレイとアンビエント・エフェクトで空間性が強調されたリミックス。
羽ばたくようなSEと共に、まるで雲の上を歩いているような感覚を呼び起こす。
2. Star Baby (Filthyboy13 Remix)
軽快なハウスビートとグリッチノイズが導入され、ポップな原曲がクラブ仕様のトラックに変貌。
だがボーカルは原曲そのままで、無垢さとアンダーグラウンド感の混在が面白い。
3. Down the Drain (Bass Kittens Remix)
チルアウトとダブの中間のような浮遊感あるアレンジ。
スローなテンポと深いベースが、タイトル通り“何かが流れていく”感覚を音で表現する。
4. Gin and Money (Lunar Drivers Remix)
幻想的なシンセサイザーと変拍子のビートが印象的。
酒と金という現実的なテーマが、まるで未来都市の夢の中で語られているような錯覚を与える。
5. Good Times (Steve Wallis Remix)
レトロなドラムマシンとファジーなギターが混ざり合うローファイ・ロック調のリミックス。
明るいようで寂しい、二重の感情が巧みに表現されている。
6. I Must Have Been Dreaming (Aetherfox Remix)
原曲のドリーミーな質感をさらに拡張したアンビエント・エレクトロニカ風アレンジ。
コーラス処理されたボーカルと透明感あるシンセが印象的で、まるで眠りの中に溶けていくような没入感がある。
総評
『Indaba Remixes from Wonderland』は、リミックス・アルバムという形式を超えた、“感情のリ・インタープリテーション（再解釈）”である。
通常、リミックス作品には派手さやダンスフロア向けの編集が求められることが多いが、本作ではむしろ逆で、内向的でメディテイティブな空気がアルバム全体を包んでいる。
それは『Leaving Wonderland…』という原作自体が持つ内省的な構造に、リミキサーたちが誠実に向き合った結果なのだろう。
この作品の面白さは、ひとつの曲が複数の解釈を許容するということ、そしてMarcy Playgroundのメロディと詞がどれほど普遍的であるかを証明している点にある。
また、名もなきプロデューサーたちの感性によって再構築された楽曲群は、“ファンベースの創造性”の可能性も体現している。
聴き手にとっては、原曲の持つ意味や感情が、まったく異なるアングルから照らされる体験となるだろう。
まるでワンダーランドの裏側にある、もうひとつの夢の断片——そんな感覚を味わわせてくれる作品である。
おすすめアルバム（5枚）
- Massive Attack / Protection
ダウンテンポと内省的なボーカルの融合が、本作のトリップホップ的側面と共鳴。 - UNKLE / End Titles… Stories for Film
映画のような情景喚起型リミックス集。多様な音像と情感が似ている。 - Zero 7 / Simple Things
静寂と美しさが交錯するエレクトロニカ／チルアウトの名盤。 - Air / Talkie Walkie
夢幻的でメロディアスなエレクトロニカ。感情の余白に語りかける音楽。 - Moby / Hotel: Ambient
既存の楽曲を“音の空間”として再構築したアンビエント作品。再解釈という点で近似。
制作の裏側（Behind the Scenes）
本プロジェクトは、オンライン・コラボレーション・サービス「Indaba Music」との共同企画としてスタートし、200以上の応募から選ばれたリミックスを収録。
選考にはジョン・ウィックス本人も参加しており、「自分の音楽を他人がどう聴き、どう解釈するかを見るのは、新しい形の鏡を覗き込むようだった」と語っている。
このプロセス自体が、デジタル時代における音楽制作の新しい可能性と、アーティストとリスナーの境界を曖昧にする“参加型音楽文化”の先駆的な事例として注目されるべきだろう。
コメント