発売日: 2010年6月8日
ジャンル: インディー・ロック、パワー・ポップ、カバー・アルバム
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Electrocution (Bill Fox)
- 2. Enjoy the Silence (Depeche Mode)
- 3. Love Goes On! (The Go-Betweens)
- 4. Janine (Arthur Russell)
- 5. You Were So Warm (Dwight Twilley)
- 6. Love and Anger (Kate Bush)
- 7. The Agony of Laffitte (Spoon)
- 8. Bye Bye Beauté (Coralie Clément)
- 9. Question (The Moody Blues)
- 10. Bright Side (Soft Pack)
- 11. Evolución (Mercromina)
- 12. I Remembered What I Was Going to Say (The Silly Pillows)
- 総評
- おすすめアルバム(5枚)
- 制作の裏側(Behind the Scenes)
概要
『If I Had a Hi-Fi』は、ニューヨークのインディー・ロックバンドNada Surfが2010年にリリースした初のカバー・アルバムであり、そのタイトルが回文(palindrome)になっていることからもわかるように、遊び心と深いリスペクトに満ちた作品である。
これまで一貫して誠実なオリジナル曲を制作してきたNada Surfにとって、このカバーアルバムは意外性とともに登場したが、実は彼らの音楽的ルーツや影響関係を読み解くうえで、極めて示唆的な1枚となっている。
選曲は実に幅広く、Depeche ModeからThe Go-Betweens、Kate Bush、The Soft Pack、Arthur Russell、Bill Foxまで、ジャンルも時代も異なる楽曲が並ぶ。
だが、すべての曲において、Nada Surfらしい温かくメロディアスな解釈が施されており、彼らの“翻訳者”としてのセンスと感受性が際立っている。
カバーであるにもかかわらず、このアルバムは間違いなく“彼ら自身の声”で語られており、既存曲の中に彼らの人生と美学が浮かび上がる構成となっている。
全曲レビュー
1. Electrocution (Bill Fox)
ギターの軽やかな響きと柔らかいヴォーカルが特徴のオープニング。
オハイオのカルト的SSW、ビル・フォックスの名曲を、より洗練されたサウンドでリファイン。
2. Enjoy the Silence (Depeche Mode)
ダークでミニマルな原曲を、Nada Surf流のギターポップとして再構築。
歌詞のエモーションは保ちつつ、サウンドはぐっと有機的で親密に。
3. Love Goes On! (The Go-Betweens)
オーストラリアの伝説的バンドの代表曲を、誠実に、だがしっかり自分たちのスタイルでカバー。
ややテンポを落としたアレンジが、詞の哀しみを際立たせる。
4. Janine (Arthur Russell)
アヴァンポップの奇才アーサー・ラッセルの作品を、抑制された演奏とボーカルで丁寧に表現。
夢のような浮遊感が美しい。
5. You Were So Warm (Dwight Twilley)
70年代パワー・ポップの名曲を、Nada Surf流にタイトにまとめたカバー。
シンプルながら情熱的な仕上がり。
6. Love and Anger (Kate Bush)
オリジナルの壮大さはそのままに、よりギター中心のインディー・バージョンとして成立。
マシュー・コーズの抑えたヴォーカルが新しい魅力を引き出している。
7. The Agony of Laffitte (Spoon)
原曲の緊張感あるアレンジを活かしつつ、より温かみのあるサウンドに転換。
Spoonへのリスペクトと独自性が見事に同居している。
8. Bye Bye Beauté (Coralie Clément)
フランス語詞のポップソング。原曲のシャンソン的なムードを残しながら、ギターのアルペジオで親密な空気感を演出。
9. Question (The Moody Blues)
クラシック・ロックの代表曲を、ギター1本で語るような静けさで再解釈。
壮大さよりも内省が際立つ。
10. Bright Side (Soft Pack)
同時代のガレージ・バンドを取り上げるセンスが光る。
鋭さを少し丸め、温かく仕立て直したNada Surfらしいアレンジ。
11. Evolución (Mercromina)
スペイン語で歌われるこのトラックは、Nada Surfの多言語的センスと国際性を示す。
メランコリックで柔らかな響き。
12. I Remembered What I Was Going to Say (The Silly Pillows)
キュートでナードなパワー・ポップを、やや哀感を帯びたボーカルで包み直す。
アルバムの締めくくりとして優しい余韻を残す。

総評
『If I Had a Hi-Fi』は、カバーアルバムという形式でありながら、Nada Surfの“音楽哲学”そのものが色濃く刻まれた作品である。
彼らはここで、ただ原曲をなぞるのではなく、“どう歌うか”よりも“どう感じ取るか”に焦点を当てている。
それぞれの曲に対する敬意と、あくまで自分たちらしい距離感を保つ姿勢。
この微妙なバランス感覚こそが、本作を単なる企画モノではなく、“愛のアルバム”に昇華させている理由である。
ジャンルも時代も文化も飛び越えながら、そこに共通する“誠実なメロディ”や“言葉の繊細さ”をすくい取る彼らの耳は、まさに詩人のようだ。
『If I Had a Hi-Fi』は、聴き手にとっても“自分の音楽の棚を見直す”きっかけになる、知的で優しい一枚である。
おすすめアルバム(5枚)
- Yo La Tengo / Fakebook
同じく幅広い選曲によるカバー集。ナチュラルな音像と愛の深さが共通。 - The Bird and the Bee / Interpreting the Masters Vol. 1: Hall & Oates
ポップ感覚を現代的に再解釈した好例。 - Beck / Record Club
ジャンル横断的なカバーシリーズ。大胆さとユーモアが魅力。 - Teenage Fanclub / Songs from Northern Britain
オリジナル作だが、Nada Surfと同じ“メロディ重視の美学”を感じさせる。 -
Luna / Penthouse
洗練されたギター・ポップで、80~90年代の音楽的素養を共有する1枚。
制作の裏側(Behind the Scenes)
本作『If I Had a Hi-Fi』は、バンド自身のレーベルMardevからのリリースであり、選曲、アレンジ、録音のすべてにおいてバンドの裁量で制作された。
録音はツアーの合間に複数のスタジオで行われ、1曲ごとに異なる雰囲気を丁寧に仕上げている。
選曲の基準は、単なる“有名曲”ではなく、“自分たちにとって意味のある曲”。
そのため、知名度ではなくパーソナルな思い出や影響の深さが重視されており、結果としてジャンルを越えた選曲が実現した。
このアルバムは、Nada Surfにとっての“休符”であり、“ルーツの確認”であり、そして何より“音楽へのラブレター”なのだ。
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