アルバムレビュー：Wild Type Droid by Failure

発売日: 2021年12月3日
ジャンル: オルタナティブロック、スペースロック、アートロック、ポストグランジ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景

概要

『Wild Type Droid』は、アメリカのオルタナティブ・ロックバンドFailureが2021年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、人類とテクノロジー、現実と仮想、肉体と意識という21世紀的な主題をめぐる、哲学的かつ叙情的な“地球帰還作”である。

前作『In the Future Your Body Will Be the Furthest Thing from Your Mind』（2018）では、空間的で抽象的な“内なる宇宙”を探査していたFailureだが、本作ではより“地上”を意識した重力感と焦点の合った視座が際立つ。
アルバムタイトルの「Wild Type Droid」とは、“野生型のアンドロイド”という矛盾をはらんだ言葉であり、テクノロジーの進化と人間性の喪失・再発見というSF的テーマを象徴している。

リリックは極めて詩的かつ内省的でありながら、メロディの明快さやアレンジの多彩さにおいてはバンド史上もっとも親しみやすく、構築美と感情表現が高度に融合した作品として高く評価された。

全曲レビュー

1. Water with Hands

穏やかでありながら不穏なイントロで始まる。
“手のある水”という不条理なイメージが、人間の形を持ち始めた人工的存在＝“野生型ドロイド”を象徴する。

2. Headstand

リズミカルなギターと粘性あるベースが絡む中毒性の高いナンバー。
“逆立ち”＝視点の反転をテーマに、認識と現実のずれを浮き彫りにする。

3. A Lifetime of Joy

皮肉とも真剣とも取れるタイトルに反し、“喜び”の裏側にある記憶と喪失の重さがメロウなトーンで描かれる。

4. Submarines

音の層が深く沈んでいくような、まさに“潜水艦”のような曲構成。
閉塞した世界での生存感覚を丁寧に音像化している。

5. Bring Back the Sound

前作にも登場したタイトルがここで再登場。
だが内容は全く新たな文脈で展開され、“音を取り戻す”という行為が、記憶の回復と個の再構築に結びつく。

6. Mercury Mouth

メタリックで神経質なサウンドが支配する、“水銀の口”という毒性と滑らかさを併せ持った象徴的楽曲。

7. Undecided

アンビバレントな感情をテーマにした、シンプルで誠実な構成のバラード。
確信よりも“迷いの肯定”が滲む。

8. Long Division

タイトルが示すように、分裂・分離・分割という状態を、音と構成で表現するコンセプチュアルな楽曲。

9. Bad Translation

コミュニケーション不全を描いたナンバー。
言葉の不在、意味のすれ違い、そしてその先の孤独と希望を、抽象的ながらリアルに響かせる。

10. Half Moon

本作の叙情的ハイライト。
“半月”という象徴が、不完全さと静けさの美学を浮き彫りにする。

総評

『Wild Type Droid』は、Failureというバンドが“宇宙”ではなく“この地上”に向き合った初めての作品でありながら、SF的想像力と詩的深度を一切損なうことなく、“現代の人間存在”をロックとして描ききった傑作である。

ギター、ベース、ドラムの配置や音響処理は洗練され、サイケデリックでもドリーミーでもない、“重くて澄んだ音像”が終始貫かれている。
それはまさに、“野生型の機械”が見た世界のような、冷静さと情熱の混合物であり、聴く者を静かに飲み込んでいく。

歌詞の深読みと文化的背景

『Wild Type Droid』という言葉が指すのは、“自然のように振る舞う人工物”という存在の逆説であり、それは現代の人間——情報社会における自我の姿と見事に重なる。

Failureはこの作品で、もはや“逃避的な宇宙”ではなく、現実の重さと光の届かない都市の深部を、音で歩くことを選んだ。
それゆえにこのアルバムは、最も“人間的”で、最も“現代的”なFailureである。