発売日: 2006年3月6日
ジャンル: インディーロック、オルタナティブロック、フォークロック
概要
『Suspended by Stars』は、The Wonder Stuffが2000年代に再始動して以降、2004年の『Escape from Rubbish Island』に続いてリリースした7作目のスタジオ・アルバムであり、成熟と再発見、そして“人生と折り合う音楽”をテーマにした静かな意欲作である。
前作では社会的な憤りや中年の怒りをストレートに叩きつけていたが、本作ではそうした鋭さを少し抑え、より内面と向き合うようなリリカルな側面が前面に出ている。
“星に吊るされる”という詩的なタイトルが象徴するように、重力から解放されたような浮遊感と、どこか不安定な感情が、アルバム全体を覆っている。
音楽的にはバンドの持ち味であるキャッチーなメロディ、皮肉交じりのリリックに加えて、アコースティックギター、ヴァイオリン、ストリングスなどを用いたより有機的で温かみのあるアレンジが特徴。
再結成後の第二章として、怒りの先にある“静かな肯定”や“諦観の美しさ”が描かれており、リスナーに対しても深い共感を呼ぶ作品となっている。
全曲レビュー
1. Tricks of the Trade
軽快でポップな幕開け。
“商売の手口”というタイトルが示すように、音楽業界や人間関係における計算と演技を皮肉った内容。
キャッチーなメロディとシャープなギターが印象的。
2. Last Second of the Minute
時間という抽象的概念を感情的に掘り下げたミッドテンポのナンバー。
「その1分の最後の1秒に、何を言えばよかった？」という問いが、失われた機会と後悔を静かに浮かび上がらせる。
3. The Sun Goes Down on Manor Road
前作にも登場したタイトルが再登場し、本作ではより柔らかく、ノスタルジックなムードが強調されている。
消えゆく街と記憶、過去と現在が交錯するリリカルな名曲。
4. Angelica Maybe
ロマンチックで物憂げなバラード。
“Maybe”という曖昧さのなかに、確信と揺らぎが共存する。
ヴァイオリンの旋律が哀しみを包み込むように漂う。
5. Was I Meant to Be Sorry?
再録バージョン。より洗練されたアレンジとなり、歌詞の持つ“謝罪と抗い”のテーマがより明確に伝わる。
過去の自分を見つめ直すようなセルフリフレクションの要素も。
6. Escape from Rubbish Island (Reprise)
本作唯一のリプライズトラック。
前作タイトル曲の主題を再訪することで、“あの怒りのあとに残ったもの”を静かに回収していく。
7. Long Time No See
再会と別離をめぐる、ほろ苦いミッドテンポナンバー。
「久しぶりだな」という言葉に込められた気まずさと温かさが交差する。
シンプルなコード進行がその曖昧さを引き立てている。
8. Back to Work
社会復帰や日常への帰還をテーマにした、等身大のロックソング。
“仕事に戻る”という言葉の裏にある疲労感や虚しさを、軽妙なアレンジで中和している。
9. All the Lines Changed
人生の“線引き”や選択をテーマにした、深みのあるリリックが際立つ一曲。
静かなイントロから徐々に高揚していく構成が、感情の波を巧みに描く。
10. Everything Is Not Okay
本作のエモーショナル・クライマックス。
タイトル通り「全然大丈夫じゃない」と宣言することで、逆説的に感情のリアルさを伝える。
Miles Huntのヴォーカルが最も切実に響く瞬間。
11. We Hold Each Other Up
最終曲にふさわしい、希望と連帯を描いた優しいナンバー。
“俺たちは支え合ってる”というストレートな言葉が、皮肉抜きで響く珍しいトーン。
アコースティック中心のアレンジが、暖かい余韻を残す。
総評
『Suspended by Stars』は、The Wonder Stuffが再始動後の第二段階に入ったことを告げるアルバムであり、怒りや皮肉だけでは語りきれない“成熟した視点”が作品全体を包んでいる。
“吊るされた星”という不安定ながらも美しいイメージが示す通り、本作は“人生をどう受け止めるか”という問いに対して、明確な答えではなく、“揺らぎのままに受け入れる”という静かな態度を提示している。
Miles Huntの歌詞は依然として鋭く観察的だが、その刃は尖ったままではなく、少し丸く、そして柔らかくなっている。
それが本作のもっとも大きな魅力であり、時代を経てもリスナーの心に寄り添える理由なのだ。
おすすめアルバム
- Teenage Fanclub / Man-Made
同時代のUKロックにおける成熟と穏やかさを体現した名作。 - Billy Bragg & Wilco / Mermaid Avenue
フォークとロックの融合、言葉の力を信じる音楽として共鳴。 - James / Pleased to Meet You
再生後の静かな力強さと、人生の肯定が似通う。 - The Waterboys / Universal Hall
神秘性と日常が混じり合うフォークロックの深化系。 - Grant Lee Buffalo / Mighty Joe Moon
アメリカンフォーク的な視座から人生を見つめた、スピリチュアルな名盤。
歌詞の深読みと文化的背景
本作におけるMiles Huntのリリックは、これまで以上に個人的で、なおかつ普遍的である。
『Escape from Rubbish Island』の怒りが“外に向いた言葉”だったとすれば、『Suspended by Stars』では“自分の内面に向かう言葉”へと変化している。
「Everything Is Not Okay」は、現代にありがちな“全部うまくいっているふり”への反発であり、心のひび割れを丁寧に描き出す。
一方、「We Hold Each Other Up」のような曲では、最終的に人間が頼れるのは“他者とのつながり”であるという、まっとうな結論に至る。
“星に吊るされた”私たちは、地に足がつかず、常に不安定だ。
しかしそれでも、音楽と言葉の力で宙ぶらりんの夜を過ごすことができる——そんな小さな救いが、このアルバムには確かにある。
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