アルバムレビュー：Nico by Blind Melon

発売日: 1996年11月12日
ジャンル: オルタナティブロック、フォークロック、アコースティックロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景

概要

『Nico』は、Blind Melonが1996年にリリースしたコンピレーション・アルバムであり、1995年に急逝したフロントマン、シャノン・フーンへの追悼と、その才能を記録として遺すために編まれた“遺作的コレクション”である。

タイトルの『Nico』は、シャノンの遺児の名にちなんでおり、アルバム全体が“父としての彼、アーティストとしての彼、そしてひとりの人間としてのシャノン・フーン”を浮き彫りにしている。
収録曲はスタジオ未発表音源、デモ、アコースティックセッション、カバー、アウトテイクなど多岐にわたり、Blind Melonというバンドの柔軟な音楽性と、シャノンの詩的で内面性の強い表現が堪能できる内容となっている。

また、収益は薬物リハビリセンターへの寄付に充てられ、シャノンの死がもたらした影響と、そこからの再生の意志が作品全体に込められている。

全曲レビュー

1. The Pusher

ステッペンウルフの名曲のカバー。
ドラッグカルチャーに対する厳しいメッセージが込められた曲で、シャノン自身の問題とも重なる。
原曲よりもスローで、悲痛な告白のように響くバージョン。

2. Hell

ブルース調のグルーヴィーなロック。
罪悪感や怒り、反骨精神がむき出しで、Blind Melonの“闇の顔”が現れる。
ザラついた音像が生々しい。

3. Soup

前作『Soup』には未収録だったが、同名アルバムの主題的な意味を持つ短編トラック。
日常の混沌、抑えきれない精神の煮えたぎりを象徴するようなジャンク・フォーク。

4. No Rain (Ripped Away Version)

名曲「No Rain」のアコースティック・バージョン。
エレクトリックな装飾が剥がされることで、シャノンの声と言葉だけが残る“本当の姿”が浮かび上がる。

5. Soul One

深い内省と孤独をテーマにしたアコースティックバラード。
タイトルが示すように、“魂がひとつしかないなら、なぜ君と僕で分け合えないのか”という哲学的な問いが胸を打つ。

6. John Sinclair

60年代のアクティヴィストに捧げた楽曲。
政治性とロックンロールの自由精神が融合しており、Blind Melonのサイケ的側面が感じられる。

7. All That I Need

ラフなアコースティック・セッション。
「君がいれば、それだけでいい」と繰り返す、飾らないラブソング。
朴訥とした歌声が温かく響く。

8. Glitch

短くて断片的なインストゥルメンタル。
タイトル通り、音の“乱れ”がそのまま作品になっており、意図的に未完成さを提示したような曲。

9. Life Ain’t So Shitty

ユーモアと皮肉の混じった軽快なアコースティックナンバー。
「人生ってそこまでクソじゃないさ」というフレーズが、シャノンの“それでも生きたい”という本音のように聞こえる。

10. Swallowed

ややダークな音像と、混沌とした感情のぶつかり合いが特徴。
“飲み込まれる”というモチーフが、薬物や自己喪失のメタファーとして描かれている。

11. Pull

重く沈み込むベースとギターの絡みが印象的なトラック。
強い引力（pull）＝中毒、依存、人間関係の支配などを示唆する内面的なテーマ。

12. St. Andrew’s Fall

『Soup』にも収録された名バラード。
自死をテーマにしたリリックが再び深く響く。
ここではより悲痛なニュアンスが増しているようにも思える。

13. Letters from a Porcupine

電話の留守番メッセージに残されたシャノンの弾き語りを収録。
あまりに生々しい録音でありながら、その雑音の中に彼の人間性がそのまま封じ込まれている。
最も“遺書”に近い音源かもしれない。

総評

『Nico』は、Blind Melonというバンドの枠を超え、シャノン・フーンという人間の“詩と叫びと祈り”を記録した、私的でありながら普遍的なアルバムである。

通常のスタジオ・アルバムとは異なり、コンピレーションとしての断片性を持ちながらも、そこに通底するのは「生きたかった」という痛切な意志。
作品全体に漂う未完成さ、不安定さ、そして異常なまでの美しさが、彼という存在の複雑さを余すことなく伝えてくる。

音楽的にはフォーク、ロック、サイケ、ブルースなどが混ざり合い、Blind Melonの音楽性の豊かさも再認識させてくれる。
しかしそれ以上に、本作は聴く者に“彼がどんな人間だったか”を感じさせるアルバムなのである。

歌詞の深読みと文化的背景

『Nico』に収められた曲たちは、90年代アメリカの“失われた世代”の声であり、個としてのシャノン・フーンの“声なき声”である。

薬物依存、社会への違和感、愛と孤独、死と再生。
それらのテーマは、「グランジ以後」に鳴らされたロックの中でも特に静かで、そして深かった。

『Nico』は、そうした痛みの記録でありながら、どこかで「それでも、生きてよかった」と語りかけてくる。
その声を聞き取れるかどうかは、聴き手の心の余白に委ねられている。