発売日: 1992年9月22日
ジャンル: オルタナティブロック、ノイズロック、ポストハードコア、グランジ
概要
『Comfort』は、アメリカ・ロサンゼルス出身のオルタナティブ・ロック・バンド、Failureが1992年にリリースしたデビュー・アルバムであり、初期90年代オルタナ・シーンの混沌と可能性を鋭く反映した、粗削りながらも独自の音像を提示した一作である。
本作は、当時Toolのギタリストだったアダム・ジョーンズと親交の深かったプロデューサー、スティーヴ・アルビニを迎えて制作されており、“音の乾き”と“空間性”を強調したエンジニアリングが、バンドの暴力性と無機質さを際立たせている。
その一方で、ベースラインの太さ、ギターの不協和、そして不穏に響くケン・アンドリューズのボーカルは、ポストハードコア以降の知的で構築的なサウンドへの橋渡し役として重要な位置を占める。
Failureは後に『Fantastic Planet』(1996)でカルト的名声を得るが、この『Comfort』はその原点であり、サウンド的にも思想的にも、オルタナ・グランジとインダストリアルの狭間でうごめくような“緊張の塊”として評価されている。
全曲レビュー
1. Submission
ざらついたギターと反復するリズムが、不安定な精神状態を思わせるオープニング。
“従属”というタイトル通り、自我の喪失と暴力的な依存のテーマが滲む。
2. Macaque
ベース主導のグルーヴに乗せた、原始的衝動を冷たく観察するような構成。
「Macaque=マカク猿」という題名も、動物的本能と社会性の対比を暗示している。
3. Something
本作でも特にシンプルでストレートな楽曲。
だがその“何か(Something)”は終始具体性を持たず、空虚と苛立ちが中空に浮かぶような印象を与える。
4. Muffled Snaps
タイトルどおり“くぐもった音”と“突然の破裂”が共存するような、サウンド・デザイン重視の中編トラック。
不穏な空気が終始漂う。
5. Kindred
比較的メロディアスだが、構成は実験的。
“近しい者”=Kindredとの関係性に潜む不安や暴力性が、音の反復と歪みによって増幅されていく。
6. Pro-Catastrophe
“破局推奨”という逆説的なタイトルの通り、わざと崩壊を招くようなサウンド構築。
ノイズと静寂のコントラストが、Failureの“破壊から構築へ”という美学を端的に表現。
7. Princess
短く、ひずんだギターと断片的な歌詞が繰り返される。
“プリンセス”という呼称に込められた嘲笑と欲望の交錯が痛々しい。
8. Salt Wound
このアルバム随一の陰鬱なナンバー。
“傷に塩を塗る”という直喩が、リスナー自身の痛覚を揺さぶるようなドローン的展開で描かれる。
9. Comfort
タイトル曲にして、唯一アルバム全体の空気を“逆説的に肯定”するような抑制された曲。
その“コンフォート”は癒しではなく、麻痺や逃避に近い。
10. Submission (Version)
冒頭曲の別バージョンであり、よりディストートされた音像と、語るようなボーカルが際立つ。
アルバムを円環的に閉じるような構成。

総評
『Comfort』は、90年代前半におけるオルタナティブ・ロックとポストハードコアの接点で生まれた、鋭くも乾いたデビュー作である。
サウンドプロダクションには明確な“空白”が存在し、その余白こそがFailureというバンドの後の進化を可能にする基盤となっている。
スティーヴ・アルビニの録音は、構造と暴力の中間を響かせる“無表情な音像”を実現しており、同時代のShellacやSlintとも共振しながら、後年のDeftonesやA Perfect Circleに繋がる“情緒ある重音”の原型を提示している。
粗く未整理でありながら、そこにはすでに“Failureという名の美学”が確かに宿っていた。
おすすめアルバム
- Slint / Spiderland
ポストハードコアと実験性が交差する、静謐なる崩壊の原点。 - Hum / You’d Prefer an Astronaut
重力感とメロディの絶妙なバランスが共通。 - A Perfect Circle / Mer de Noms
音の断片に詩情を宿すという思想的後継者。 - Quicksand / Slip
ハードコアからの進化形としてのラウドさと内省性が類似。 - Helmet / Meantime
無機質で暴力的なリフと知性の共存が近い。
歌詞の深読みと文化的背景
『Comfort』の歌詞群は、一貫して“感情と言語の断絶”を描こうとしている。
それはニヒリズムではなく、感情の表現不全という現代的な孤独への告白であり、無表情なボーカルと無機質なサウンドの背景には、90年代初頭の都市的疎外感と、個の内面化された葛藤が潜んでいる。
“コンフォート”とは安らぎではない。
それはむしろ、痛みすら感じられなくなった感覚のことだったのかもしれない。
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