発売日: 2005年10月17日(UK) / 2006年1月10日(US)
ジャンル: インディーロック、ダンス・パンク、ガレージロック・リバイバル
概要
『With Love and Squalor』は、ニューヨークを拠点とするインディーロック・バンド、We Are Scientists(ウィー・アー・サイエンティスツ)のメジャーデビュー・アルバムにして、
2000年代中盤のダンス・パンク/ポストパンク・リバイバルの一翼を担った代表作である。
バンド名やジャケット、そしてアルバムタイトルが示すように、ユーモアと知性、混沌と恋愛感情が同居する世界観がこの作品の大きな魅力。
タイトルの「With Love and Squalor」はJ・D・サリンジャーの短編小説『バナナフィッシュにうってつけの日』の副題から取られており、
その文学的引用に反して、音楽は極めて即効性のあるロックンロール。
3分前後のタイトな楽曲が12曲並ぶ構成は、中毒性のあるギターフックとダンサブルなリズム、
そして恋愛と葛藤をポップに描くリリックで、インディーシーンに衝撃を与えた。
プロデュースはAriel Rechtshaidとバンド自身が担当。
The StrokesやFranz Ferdinand、Hot Hot Heatの流れを受けつつ、
よりアイロニカルでユーモラスなアプローチが光る作品となっている。
全曲レビュー
1. Nobody Move, Nobody Get Hurt
歯切れのいいギターリフと警告的なタイトルで幕を開ける、バンドの代表曲。
“誰も動くな、誰も傷つくな”というフレーズが、恋愛関係における緊張と臆病さの比喩として機能している。
ライブ定番曲として人気。
2. This Scene Is Dead
シーンに対する自嘲と現実逃避がテーマ。
ポストパンク的な冷たさの中に、自己認識の痛烈なユーモアが光る。
ダンサブルなベースラインが中毒性を高めている。
3. Inaction
内面の焦燥を軽妙なギターポップで描く。
“何もしないこと”が関係性を壊していく様を、逆説的にエネルギッシュな演奏で表現している。
4. Can’t Lose
一見ポジティブなタイトルとは裏腹に、“勝てない”現実への皮肉が漂う。
早口のボーカルが焦りを強調しつつ、サビではポップに跳ねる。
5. Callbacks
軽快なドラムとコーラスの掛け合いが心地よい中盤の小品。
“折り返し電話”という日常モチーフを用いて、意思疎通の難しさを描く。
6. Cash Cow
今作の中でもひときわアイロニカルなトラック。
“金のなる木”という比喩が、成功と空虚の関係を浮かび上がらせる。
ギターのトレモロが印象的。
7. It’s a Hit
皮肉と現実逃避が交差するメタ・ロックソング。
タイトルは“これはヒットするぞ”という自信にも聞こえるし、逆に業界や自己評価を揶揄する風刺にもなっている。
8. The Great Escape
アルバム随一の人気曲。
恋愛の泥沼から逃げ出す男の視点を軽妙に描きながら、エモーショナルな高揚感がサビで爆発する。
ギターリフとフックの効いた構成で、UKインディーリスナーを虜にした。
9. Textbook
“君は教科書通りに僕を振った”という皮肉な失恋ソング。
メロディは甘く切ないが、感情表現はあくまでクールでドライ。
10. Lousy Reputation
自己嫌悪をコミカルに包んだ1曲。
“嫌な噂は本当だ”と認める潔さが逆に魅力的。
テンポとリフの絡みが癖になる。
11. Worth the Wait
“待った甲斐はあったのか?”と問いかける後半のエモ・ナンバー。
シンプルなコード進行の中に、傷ついた心のリアルが滲む。
12. What’s the Word
最後はややメロウなムードで締めくくられる。
全編通してスピード感のあるアルバムの中で、静かに着地する余韻が心地よいクロージング。
総評
『With Love and Squalor』は、2000年代中盤のインディーロックのテンプレートを提示しながら、
それをユーモアと皮肉でひっくり返すことに成功した稀有な作品である。
恋愛や自己嫌悪といった私的テーマを扱いながら、
聴き手に感情を押しつけることなく、ダンスフロアで身体が動くようなアレンジに仕立てた手腕は見事。
The StrokesやFranz Ferdinandの影響下にありながら、彼らの魅力はより“喋りすぎてしまう人間の弱さ”や“傷つくことの滑稽さ”を、
ユーモラスかつ軽やかにすくい上げた点にある。
アルバムは全体的に短くタイトにまとまっており、
ノンストップで駆け抜ける“青春の逃避行”のような疾走感が聴後に残る。
おすすめアルバム
- Franz Ferdinand『Franz Ferdinand』
ダンス・パンクの洗練。構成美とギターセンスが共通。 - Hot Hot Heat『Make Up the Breakdown』
同じく米国西海岸発の軽快かつ毒気のあるインディーロック。 - Maxïmo Park『A Certain Trigger』
恋愛と社会を交差させるUKインディー代表作。疾走感も類似。 - The Rapture『Echoes』
よりダンサブルでエレクトロ寄り。身体性に訴えるサウンド。 - Bloc Party『Silent Alarm』
ポストパンク・リバイバルの象徴作。テンションと誠実さがWe Are Scientistsと好相性。
ファンや評論家の反応
『With Love and Squalor』は、UKを中心に高い評価を得て、
We Are Scientistsの知名度を一気に引き上げたアルバムである。
特に「Nobody Move, Nobody Get Hurt」「The Great Escape」は、2000年代インディー・クラブの定番曲として支持され続けている。
批評家からは、**“バカバカしいくらいキャッチーで、でもちょっと切ない”**という独特な位置づけで称され、
当時のNMEやDrowned in Soundでも高評価を獲得。
“サリンジャー的”というより、“インディー・ロック界のウディ・アレン”。
そんな風にも思える彼らの知的で感情的なデビュー作は、
今なおインディー・ロック再評価の文脈で語られるべき重要作である。
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