発売日: 2011年1月17日
ジャンル: ポストパンク・リバイバル、ダーク・ウェーブ、オルタナティヴ・ロック
概要
『Ritual』は、ロンドン出身の3人組バンド White Lies による2作目のスタジオ・アルバムであり、
2009年の鮮烈なデビュー作『To Lose My Life…』のダークロマンティシズムを受け継ぎながら、
**よりシンセ主導で構築的なサウンドへと進化した“儀式的な愛と葛藤の音楽劇”**である。
前作のような“死と愛”をめぐる象徴詩的な要素はそのままに、
今作では**「儀式」＝人間の反復行動や依存、信仰、抑圧、癒しといったテーマがモチーフとして展開される。
プロデューサーにはアラン・マルダー（Depeche Mode, Nine Inch Nails, Smashing Pumpkins）を迎え、
音像はより洗練され、シンセとギターのバランスもドラマティックかつ陰鬱な方向へ深化**した。
その結果として、『Ritual』はWhite Liesの中でももっとも緊張感に満ち、精神的に密度の高い作品として位置付けられている。
全曲レビュー
1. Is Love
静かなピアノとノイズの中から浮かび上がるように始まるオープニング。
“これは愛か？”という問いを繰り返すことで、愛と信仰、錯覚と執着の境界線をテーマに据える。
タイトルに「?」が付かないのは、すでに答えがないことを示しているのかもしれない。
2. Strangers
アップテンポで力強いビートに乗せて、恋人がまるで他人のように感じられる瞬間を描く。
シンセとギターが交互に支配権を握る構成が、関係の揺らぎと緊張を見事に音で表現している。
3. Bigger Than Us
本作の代表曲であり、最もエモーショナルなトラック。
“僕たちには手に負えない何かがある”というメッセージは、
愛や感情、死や運命といった人智を超える存在への無力さと魅了を歌う。
サビの爆発力とスケール感は、White Lies史上屈指。
4. Peace & Quiet
リズムを抑えた内省的なナンバー。
「静寂と平穏が欲しいだけなのに、なぜそれすら手に入らないのか」という、
不穏な日常における静かな絶望がテーマ。
ミニマルな反復の中にこそ“儀式”の概念が浮かび上がる。
5. Streetlights
都会の夜を歩く中で、すれ違う感情や交差点の光に心を照らされるようなシンセ・ポップ。
歌詞は抽象的ながら、個人と都市、記憶と現在を繋ぐ詩的視点に満ちている。
6. Holy Ghost
“聖霊”という宗教的なタイトルながら、内容は欲望と罪の曖昧な関係を描く。
ファルセットと低音ボーカルの対比が印象的で、
祈りとも呪いともつかない不安定な情念が漂うナンバー。
7. Turn the Bells
鐘を鳴らせ、というタイトルにふさわしく、死や転機を示唆する儀式的な楽曲。
ミドルテンポで進行しながら、徐々に感情の振幅を増し、終末感と祝祭感が奇妙に混ざり合う構成が見事。
8. The Power & the Glory
“力”と“栄光”という旧約的なモチーフがテーマ。
支配されることへの恐れと快楽、服従と自由の矛盾が歌詞ににじむ。
冷たいシンセのループが中毒的。
9. Bad Love
タイトルそのまま、破壊的な恋愛に取り憑かれる人間の悲劇を描いたダークポップ。
反復する“Bad love, bad love”のフレーズが、呪文のようにリスナーの脳裏にこびりつく。
10. Come Down
ラストを飾るにふさわしいスロウバラード。
興奮、葛藤、幻想がすべて終わった後、“降りてくる”＝現実に戻る儀式の最終段階として静かに幕を閉じる。
切実で穏やかなピアノとストリングスが、すべてを洗い流すように響く。
総評
『Ritual』は、White Liesのディスコグラフィの中でも、もっともコンセプチュアルで、内面に深く沈み込むアルバムである。
“儀式”というキーワードのもとに、人間が繰り返し求めてしまうもの──愛、赦し、破壊、祈り、静寂──が浮かび上がる。
音楽的には前作よりもさらにシンセが強調され、構築的な曲が多く、
踊れるわけではないが、身体が反応してしまうようなリズムと音圧が特徴。
ハリー・マックヴェイのボーカルもより深く低く、儀式の司祭のように聴こえる瞬間すらある。
White Liesは、ここで“死”だけでなく“その後”まで描き切ることで、バンドとしてのスケールと深度を決定づけたのである。
おすすめアルバム
- Depeche Mode『Songs of Faith and Devotion』
宗教性と欲望の間で揺れるテーマが共鳴。 - Editors『In This Light and On This Evening』
ポストパンクからシンセへの移行を遂げた同時代作。 - The Horrors『Skying』
幻想的でダークなサウンドを内省的に深化させた作品。 - Nine Inch Nails『Hesitation Marks』
インダストリアルと儀式性、冷たい熱量の表現に共通点。 - Zola Jesus『Conatus』
ゴシックでエモーショナルな祈りの音楽として。
ファンや評論家の反応
『Ritual』はリリース当時、
**「前作ほど即効性はないが、より深い作品」「リスナーを選ぶが刺さる人には刺さりすぎる」**という評価を受けた。
「Bigger Than Us」はUKやヨーロッパ各地でヒットし、今なおライブの定番曲であり続けている。
一方でアルバム全体はその内向的なテーマと冷たい音像から、“スルメ盤”としてじわじわと評価が定着していった。
『Ritual』は、光を求める者が、あえて闇の中を通ってたどり着く祈りの音楽である。
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