1. 歌詞の概要
「Machu Picchu（マチュ・ピチュ）」は、The Strokes（ザ・ストロークス）が2011年にリリースした4作目のアルバム『Angles』のオープニング・トラックであり、それまでの彼らのイメージを鮮やかに覆すような、ダンサブルでアフロビート的なリズム感と、脱構築的な構成で話題を呼んだ楽曲である。
そのタイトルが南米ペルーの世界遺産“マチュ・ピチュ”であることからも明らかなように、この曲は物理的にも感情的にも「遠く離れた場所」をテーマにしており、疎外感と探求心、逃避と諦念が絶妙に交錯している。
歌詞の主軸となるのは、自己と社会、個人と集団、そして本音と建前のねじれだ。
「やりたくないことをやるためにここにいる」「だけどそれは誰かのせいでもある」──そんな葛藤の声が、リズムの裏でささやかれる。
世界遺産のような“遠く神秘的な場所”を題にしながら、実際には極めてパーソナルで日常的な心情を描いている点で、この曲はThe Strokesにしか作れなかったユニークな作品と言える。
2. 歌詞のバックグラウンド
2011年の『Angles』は、The Strokesにとって再出発のアルバムであった。前作『First Impressions of Earth』ではダークでヘヴィなロックを展開していた彼らが、本作ではポップ性とリズムの軽やかさを再び取り戻しつつ、より実験的で多層的なサウンドに挑戦している。
「Machu Picchu」はその象徴とも言える楽曲であり、アフロビートのような跳ねたリズム、レゲエを思わせるギターのカッティング、シンセ的なサウンドテクスチャ、そしてジュリアン・カサブランカスの乾いたボーカルが印象的に絡み合っている。
また、この楽曲は「脱ニューヨーク的」とでも言うべき方向性を打ち出しており、それまで都市の閉塞感や夜のムードを得意としていた彼らが、より“距離”と“ズレ”を意識した世界観へとシフトしつつあったことを示している。
バンド内部では意見の衝突やレコーディング方法の違いが表面化しており、各メンバーが自宅で録音し、パーツごとに持ち寄って構築されたという点でも、この曲は“分断と再構築”というメタファーを帯びている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Machu Picchu」の印象的なフレーズを抜粋し、和訳とともに紹介する。
I’m putting your patience to the test
君の我慢に試練を与えてるI’m putting your body on the line, for less
君の身体まで巻き込んで──それだけの価値もないことでさAnd didn’t you know there was a choice?
選択肢があったことに、君は気づいてなかったの？It’s never yours and someone else’s voice
君の声なんかじゃない──誰か他人の声だったんだAnd now you see, you don’t know me at all
つまりは、君は僕のことを何も知らなかったってことさ
出典：Genius – The Strokes “Machu Picchu”
4. 歌詞の考察
この楽曲の語り手は、社会や他者に対して静かに苛立ちを募らせている。
自分の意思ではない選択をさせられてきたこと、自分の声が他人の声に置き換えられていたこと──その積み重ねに対する失望と、そこから逃れたいという欲望が渦巻いている。
「君は僕のことを知らなかった」という台詞は、恋人に向けられたもののようにも見えるが、実際にはもっと広い対象──社会、仕事、政治、仲間などにも向けられている。
ジュリアンのヴォーカルがあえて“疲れきったような、あきらめきったような”トーンで語られることによって、この怒りは激昂ではなく、習慣的なシニシズムと自己防衛として機能している。
「マチュ・ピチュ」というワードは、具体的な場所というより、“逃避したくなるどこか遠い理想郷”として用いられており、現代生活のストレスや過剰な期待からの離脱願望を象徴している。
しかし皮肉にも、その理想郷に向かう旅は始まってさえいない。むしろ語り手は、都会のどこかで、窓の外を見つめながらそれを空想しているに過ぎないのだ。
※歌詞引用元：Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Under Cover of Darkness by The Strokes
混乱する関係性の中にある誠実さを、軽快なギターとともに描いた『Angles』の代表曲。 - You’re So Right by The Strokes
よりダークでミニマルなトラック。内面のざわつきを音で表現したナンバー。 - New Dorp. New York by SBTRKT ft. Ezra Koenig
都市と疎外をテーマにしたビート主導の現代曲。ストロークス的なシニカルさも感じられる。 - The Adults Are Talking by The Strokes
『The New Abnormal』収録。冷静な怒りと希望のない未来への反抗心が表現された現代的ロック。 - Fell In Love with a Girl by The White Stripes
短く鋭いエネルギーで恋と破壊を描く、同時代のガレージ・ロック・アンセム。
6. 距離と違和感を抱えたロック──都市の出口を探して
「Machu Picchu」は、The Strokesが“ロックンロールの救世主”から“都市生活の観察者”へとシフトしていくなかで生まれた、最も挑戦的かつ象徴的な楽曲のひとつである。
これまでのような即効性のあるカッティング・ギターやシャウトとは異なり、リズムの裏で呟かれるような言葉と、ダンサブルな表面に隠された倦怠と怒りが、この曲に独特の重力を与えている。
これは、“逃げたいけど逃げられない”“本当のことを言いたいけど言えない”
そんな心のなかの説明できない違和感や葛藤を、音楽として表現した作品なのだ。
そしてそれは、神秘的なマチュ・ピチュよりも、
**今日のオフィスビルや地下鉄のホームで聴くにふさわしい“現代の祈り”**なのかもしれない。
コメント