発売日: 1993年5月25日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、アート・ロック、ネオ・フォーク、サイケデリック・ポップ
『Dream Harder』は、The Waterboysが1993年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、
“ケルト・ルーツ期”を経たマイク・スコットが、再びロック的な強度と精神的ヴィジョンを取り戻した回帰作にして、ある種のリスタート宣言ともいえるアルバムである。
本作では、前2作の牧歌的なアイリッシュ・フォーク色を脱ぎ捨て、
ギター・ドリブンのアート・ロックと、スピリチュアルで詩的な叙事性が中心に据えられている。
とはいえ単なる初期のビッグ・ミュージック路線への回帰ではなく、
90年代的なオルタナティブ・ロックのダイナミズムと多層的な音響構築が特徴であり、
特に「The Return of Pan」や「Glastonbury Song」に象徴されるように、
自然崇拝、神秘思想、詩人としての自己像が音楽と言葉の両面で力強く表現されている。
本作を最後に、マイク・スコットは一時的にバンド名義を放棄し、ソロ活動へと移行。
その意味でも、これはThe Waterboys“第一期”の終焉を告げるアルバムでもある。
全曲レビュー
1. The New Life
壮麗なキーボードとアコースティック・ギターによるイントロが印象的な幕開け。
“新しい命”というテーマには、スピリチュアルな覚醒と内的変容への希求が込められている。
2. Glastonbury Song
英国の霊的聖地グラストンベリーを舞台にした、軽やかでパワフルなポップ・ロック。
「I just found God where He always was.(神はいつもそこにいた)」というラインが象徴的で、
自己啓示と信仰が交差する名曲。
3. Preparing to Fly
フォーク調のバラードながら、背後にあるテーマは“飛翔”と“覚悟”。
静かな語りからサビに向けて高揚する構成が、人生の転機を美しく描き出す。
4. The Return of Pan
本作の核にして、The Waterboysの神秘的ロック志向の集大成。
ギリシャ神話の“パン神”をモチーフに、
自然と肉体、自由と音楽の根源を賛美する爆発的なトラック。
印象的なリフとスコットのシャーマニックな歌声が鮮烈。
5. Corn Circles
“ミステリー・サークル”を題材にした幻想的な短編曲。
サイケデリックなアレンジと語りのようなヴォーカルが不思議な浮遊感を演出する。
6. Suffer
内面の痛みと受容をテーマにしたシリアスなスローバラード。
サウンドは最小限だが、スコットの歌声に込められた感情が強く響く。
7. Winter Winter
ミニマルなアコースティック編成による季節のポエム。
“冬”を単なる自然描写にとどめず、精神の停滞と再生のメタファーとして用いている。
8. Love and Death
タイトル通り、究極の二大テーマに挑むミッドテンポ・ナンバー。
ロックバラードの形式を借りながら、リリックは極めて詩的で内省的。
9. Spiritual City
アメリカン・ビート詩に通じるような、都市と霊性の対比を描いたトラック。
ストーリー仕立ての語りと厚みのあるサウンドが、都会的な熱狂と空虚を同時に描出する。
10. Wonders of Lewis
スコットランド西岸のルイス島を舞台にした風景詩的楽曲。
ゲール文化と土地の記憶が音楽に変換されたような、透明感のあるフォーク・ソング。
11. The Return of Jimi Hendrix
伝説のギタリスト、ジミ・ヘンドリックスの“霊的再臨”をテーマにしたサイケデリック・ポエム。
過剰で大胆な表現のなかに、芸術と死、生と再生のテーマが潜んでいる。
12. Good News
アルバムのクロージングを飾る、穏やかで希望に満ちたバラード。
“良い知らせ”が何かは明言されないまま、
聴き手に“信じる余白”を残して幕を下ろす。
総評
『Dream Harder』は、The Waterboysが自己神話とロック精神を交差させながら、新たな音楽的神殿を建て直した作品である。
それは“ビッグ・ミュージック”の再演ではなく、より鋭利でスピリチュアルに研ぎ澄まされたポスト・ケルト期のロック・アルバムであり、
マイク・スコットの中にある“詩人、巡礼者、改革者”という三つの人格が鮮明に交錯している。
ケルト音楽の民族的温かさを離れ、より個の魂と宇宙的なヴィジョンに焦点を当てた本作は、
1990年代初頭という、精神性と商業性の狭間で揺れる時代にあって、非常に希有な“覚醒系ロック”の結晶とも言える。
そのため聴き手にはやや重厚で観念的に響くかもしれないが、
そこに込められた“夢見ろ、もっと強く”というメッセージは、いまなお鋭く心を打つ。
おすすめアルバム
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Peter Gabriel / Us
個人とスピリチュアルな再生を描いた90年代アート・ロックの傑作。 -
Robyn Hitchcock / Eye
詩的で幻惑的なフォーク・ロックによる内面の旅。 -
Van Morrison / Avalon Sunset
信仰と日常の交錯を歌った穏やかなスピリチュアル・ポップ。 -
Cocteau Twins / Heaven or Las Vegas
霊性と官能の夢幻空間を音で描くポスト・ドリームポップ。 -
World Party / Goodbye Jumbo
スピリチュアルで社会派なポップの共鳴点。カール・ウォリンジャーによる分身的作品。
特筆すべき事項
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本作はスティーヴ・ウィッカムを含む従来のバンド・メンバーが不在であり、実質的にはマイク・スコットのソロ・プロジェクトといえる。
ただし、名義上は“Waterboys”としてリリースされた最後の作品となる。 -
アルバムリリース後、スコットは“自分のやることはWaterboysの看板に収まらない”としてバンド名義を一時封印し、
1995年からはソロ名義での活動を本格化させる。 -
「The Return of Pan」は、自然神信仰と芸術の原初性をロックの形式で再提示した革新的楽曲であり、
The Waterboysのスピリチュアル・ロック志向を象徴する代表作として知られる。
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