発売日: 2023年8月4日
ジャンル: インディーロック、ハイパーポップ、ノイズポップ、ローファイ、実験音楽
概要
『Love + Pop』は、ニック・ラスプーリ(Nick Rattigan)によるソロプロジェクトCurrent Joysの8作目のスタジオ・アルバムであり、
ジャンルの限界を破壊しながら、現代の「愛」と「ポップ」の意味を再構築しようとする異形のコンセプト・アルバムである。
本作では、これまでのローファイ・フォークやドリームポップ的文体を大きく逸脱し、
ノイズ、インダストリアル、サンプリング、チップチューン、スクリーム、ポエトリーリーディングまでを大胆に取り込む。
その結果として生まれたのは、まさに**“壊れたポップソング”の集積であり、
デジタル時代における恋愛感情や自己像の歪みをそのまま音響化したような作品**である。
タイトルの「Love + Pop」は、2001年の岩井俊二監督による同名映画にインスパイアされたもので、
若者の断絶、欲望の錯綜、匿名性の恋、そしてインターフェイス越しの人間関係というモチーフが重ねられている。
ニックはこの作品を「ほとんどの楽曲が夜中の4時に衝動的に作られた」と語っており、
その即興的で感情優先な制作スタイルが、音にも強く反映されている。
全曲レビュー(抜粋)
1. “Intro (Everything Eventually Ends)”
モノローグと歪んだギターが交錯する、不穏で詩的な幕開け。
“すべては終わる”という言葉から始まるこのアルバムは、終わりを前提とした愛と創作の物語であることを暗示している。
3. “Love + Pop”
タイトル曲にしてコンセプトの中核。
不規則なビートと壊れかけたボーカルが、愛と消費、ロマンスと演技、ポップとノイズの境界線を揺らす。
まるでJPEGMAFIAや100 gecsのような破壊的ポップ感覚を体現している。
5. “CIGARETTES”
ラウドなギターとスクリーム混じりのシャウト。
“君が吸うタバコが好きだった”というセンチメンタルなリリックが、
暴力的なサウンドの中で逆説的に切なさを増幅させる。
感情のエネルギーがノイズとして発散されるトラック。
7. “My Shadow Life”
チルウェイブ的なシンセと、アーカイブ的なボイスメモ。
“影の人生”という語は、表に出せないもうひとつの人格やネット上の存在を想起させ、
デジタル時代のアイデンティティの多層性を示唆している。
9. “Rock and Roll Dreams”
アコースティックとエレクトロの衝突。
“ロックンロールの夢”というノスタルジックなモチーフが、デジタル断片化されたサウンドに解体される。
かつての青春の象徴が、いまやどこか空虚なファンタジーとして再生される様が印象的。
11. “U R The Reason”
打ち込みビートと音割れしたボーカルが不安定に絡むエモ・ポップ。
愛の告白がどこか人工的で、「理由」という概念の虚しさが強調される。
“君が理由だ”という一見ストレートなフレーズが、むしろ不穏に響くのが本作らしい。
14. “Love’s Not Real”
静寂と喧騒のコントラスト。
愛そのものを否定するような歌詞が繰り返され、感情と虚構の狭間を彷徨う。
アルバムの帰結点とも言える、痛みと無関心の交錯した終末的ナンバー。
総評
『Love + Pop』は、Current Joysが提示する**“ポップの再定義”であり、“感情の再構築”であり、“愛の瓦解”でもある**。
それは単なる音楽作品というよりも、ノイズと沈黙、記録と消去、真実と演技が入り混じる現代の情緒的実験場のような存在である。
これまでの作品と比べて、あまりに急激な音楽的変化に戸惑うリスナーも少なくないだろう。
だが、その極端さこそが本作の本質であり、“わかりやすい感情表現”や“普遍的なポップ像”への不信が、
全体を通じて貫かれている。
『Love + Pop』は、“壊れているようで、実は今の世界をもっとも正確に映し出している鏡”なのかもしれない。
ここには綺麗な愛はない。けれど、確かに誰かの夜の4時に響いた真実がある。
おすすめアルバム(5枚)
- 100 gecs – 1000 gecs (2019)
ジャンルを破壊し尽くしたデジタル・パンクの金字塔。本作のカオティックな美学と重なる。 - Yves Tumor – Safe in the Hands of Love (2018)
ノイズとポップ、ジェンダーと幻想が交錯する表現世界。『Love + Pop』の影響源のひとつ。 - Death Grips – The Money Store (2012)
過剰なエネルギーと反ポップ精神。現代的な怒りと混沌の表象。 - Arca – Kick I (2020)
ポップと実験性の最前線。個人性と技術のせめぎ合いが、ニックの最新作と共振。 -
Frank Ocean – Blonde (2016)
サウンドの断片性と感情の深層表現。『Love + Pop』に見られる“壊れたラブソング”の先駆。
歌詞の深読みと文化的背景
本作の歌詞には、「愛=破綻」「ポップ=虚構」という強烈な懐疑が流れている。
“U R The Reason”や“Love’s Not Real”などに代表されるように、
現代の感情は加工され、SNSで演出され、匿名性の中で揺らいでいるという感覚が言葉の端々に刻まれている。
また、日本の映画『Love & Pop』からの影響が語られているように、
本作は**「都市と若者の断絶」や「記憶と現実のすれ違い」を内包しており、
90年代以降のポップカルチャーに対する郷愁と脱構築の両義性**が際立つ。
『Love + Pop』は、音楽の姿を変えた作品であるだけでなく、
**「愛はどこにあるのか」「ポップはまだ信じられるのか」**という問いを、
現代の耳に投げかけ続ける挑発的で誠実な記録なのである。
コメント