イントロダクション
ミシガン大学の地下スタジオで録られた小さなジャムが、世界のダンスフロアを揺らすまでに育った。
Vulfpeck は、徹底的にそぎ落としたアレンジと遊び心で“空気より軽いファンク”を提示し、ストリーミング時代のインディー成功例として語られてきた。
本稿では、彼らの歩みと音楽的魅力をひも解きながら、無名の大学生バンドが世界規模のカルチャーへ昇華した過程を追いかける。
アーティストの背景と歴史
2011 年、ジャック・ストラットン(Dr/Key)を中心に、ジョー・ダート(Ba)、テオ・カッツマン(Vo/Gt/Dr)、ウディ・ゴス(Key)がデトロイト郊外に集まった。
卒業制作の一環としてアップロードした動画シリーズ「Vulf Sessions」が SNS で拡散。
再生数の増加とともに EP『Mit Peck』『My First Car』が Bandcamp で売れ、ライブ活動なしのまま米国チャートへ滑り込んだ。
2014 年、ジャックは Spotify の再生モデルを逆手に取り、無音アルバム『Sleepify』をリリース。
ファンが就寝中にループ再生するというアイデアが大きな話題となり、得たロイヤリティでツアーを敢行。
以降、毎年のように EP やアルバムを発表しながら、ゲスト陣を迎えたセッション動画で新規リスナーを拡大している。
音楽スタイルと影響
核にあるのは 1970 年代ミッドテンポ・ファンクだが、Vulfpeck は音数を極限まで削り、ポケットだけを濃縮したようなミックスを志向する。
ジョー・ダートの指弾きベースは1フレーズのリピートで深いグルーヴを生み、ドラムはゴーストノートを多用して後ノリを強調。
キーボードはクラヴィネットとローズを切り替えながら隙間を彩り、ヴォーカルは曲の感触に応じてラップ、スキャット、メロディを自在に行き来する。
影響源として彼らが挙げるのは、ジェームズ・ジェマーソンのベースライン、ザ・ミーターズのラフなファンク、そしてスティーリー・ダンの洗練されたコード感。
そこに DIY メディア感覚とインターネット・ユーモアが加わり、アナログとデジタルの狭間を漂う独特の温度が生まれている。
代表曲の解説
『Dean Town』
ジャコ・パストリアスに捧げたとされる高速 16 ビート。
ベースがメロディを担当し、ギターとドラムは最小限の支えに徹する。
曲全体でコードが一切変わらないにもかかわらず、展開の呼吸で飽きさせない職人技が光る。
『Back Pocket』
耳に残るファルセットフックとスティービー風クラップが特徴。
歌詞は甘酸っぱい恋愛譚でありながら、リズム隊は極上のファンクをキープし続ける。
ライブでは観客が三声コーラスを担当し、一体感が最高潮に達する定番曲だ。
『Animal Spirits』
ホーン隊 Vulf Brass が全面参加。
混声コール&レスポンスとディスコビートが高揚感を引き上げ、サックスとギターのユニゾンが華を添える。
MV の DIY 学園祭風演出も含め、バンドの遊び心が凝縮された一曲。
アルバムごとの進化
- 『Thrill of the Arts』(2015)
ゲストシンガーを多数招き、スタジオ盤での表現領域を拡大。
モータウン系ソウルを現代的に再構築した。 - 『The Beautiful Game』(2016)
無音トラック『Silence on the Dancefloor』を収録するなど、実験精神が爆発。
ベースとクラヴィネットの絡みで最強のミニマルファンクを提示した。 - 『Hill Climber』(2018)
ストリングスやアコースティックバラードを導入し、内省的な面も見せる。
それでもリズムの核はぶれず、バンドの懐の広さを示した。 -
『Schvitz』(2022)
共同生活を送りながら録音した“サウナ盤”。
湿度の高い音像とルーズなグルーヴが溶け合い、彼らの到達点と言える一枚に仕上がっている。
影響を受けたアーティストと音楽
・ザ・ミーターズやタワー・オブ・パワーに象徴されるニューオーリンズ/ベイエリア・ファンク
・モータウン黄金期のリズムセクション
・スティーリー・ダンのコード進行と諧謔
・現代の lo‑fi ヒップホップが持つ遮音感――これらを一つの鍋に入れ、必要最小限まで煮詰めるのが Vulfpeck の流儀だ。
影響を与えたアーティストと音楽
ミュージシャンが自ら動画編集、SNS 拡散、ストリーミング運用まで手がける現在のセルフプロデュース潮流において、Vulfpeck は先駆的モデルと見なされている。
YouTube を主戦場にするクローネンズ、SNS でバズったシルク・ソニックの短尺ティーザー演出など、彼らの手法を参照する若手は後を絶たない。
また、Minimal Funk を掲げる配信プレイリストが急増し、ベース主体のインスト曲がチャート上位に食い込む現象も加速させた。
オリジナル要素
- ソーシャル実験的アプローチ
無音アルバム『Sleepify』や観客参加型レコーディングなど、音楽ビジネスの枠を超えたアイデアで注目を集める。 -
動画とライブのハイブリッド
ライブ映像はすべて手元カメラで撮影し、即日編集して配信。演奏クオリティと情報発信がリアルタイムで連動する。 -
アナログ機材への執着
ほぼすべての録音をテープマシン経由で行い、デジタル配信前提の音楽にも温度とゆらぎを与える。
まとめ
Vulfpeck は「シンプルであるほどグルーヴは深くなる」という真理を体現しながら、SNS 時代のセルフプロモーション術をも刷新した。
彼らの音は肩の力を抜きつつ、腰を確実に揺らす。
次に再生ボタンを押すとき、あなたの部屋はスタジオさながらのファンク空間へ変わり、思わずステップを踏んでしまうだろう。
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