イントロダクション
夜更けの高架下を吹き抜ける微かな潮風が、シンセのアルペジオと重なり合う。
ニューヨーク・ブルックリンで結成された Nation of Language は、80年代ニューウェーブの硬質なビートと、インディー特有のほの暗い郷愁を同じ懐に抱え込む三人組である。
デビュー以降わずか数年で、彼らは“ポスト・ポストパンク”とも呼ぶべき継ぎ目のないサウンドスケープを構築し、ナイトドライブのBGMからフェスの夕暮れアンセムまでを自在に染め上げてきた。
バンドの背景と歴史
イアン・デパリー(Vo/Syn)、アイダン・ノエル(Syn/Gt)、アレックス・マッキー(Ba)の三人は、高校時代に同じニュージャージー郊外でニューオーダーやオーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダークを聴いて育った。
大学卒業後、イアンが勤めていた中古レコード店の倉庫で偶然再会し、「あの頃のシンセと今の都市の匂いで曲を書こう」と意気投合。
2016年に自主シングル『Laudanum』を Bandcamp にアップすると、英BBC Radio 6が“ニューロマンティックの再来”と評し、その名が欧州シンセポップ・ブログで拡散していく。
2020年のデビュー作『Introduction, Presence』は、コロナ禍の静けさの中でリリースされたにもかかわらず、NPRやPitchfork の年間ベストに滑り込み、ブルックリンのDIYシーンだけでなく世界的なシンパを獲得。
続く2021年『A Way Forward』ではクラウトロックのモーターリズムを導入し、リズムとメロディの狭間に“移動の詩情”を刻む。
2023年、三作目『Strange Disciple』を発表。
都市生活者の焦燥と宗教的イメージを交差させつつ、楽曲の骨格はよりダンサブルに研ぎ澄まされ、US・EUフェスの夕刻を一瞬で銀色に染め上げる存在となった。
音楽スタイルと影響
シンセベースが八分を正確に刻み、リンドラム風のスネアが乾いた残響を残す。
ギターは輪郭を削り取ったコーラストーンで、ボーカルの合間を縫うように細い線を描く。
イアンの声はイアン・カーティスとベルンハルト・ザムナーの中間にあるバリトン域で、そこへ時折ファルセットが滑り込み、無機質なリズムの上に人肌の温度差を落とす。
影響源はニューオーダー、デペッシュ・モード、トーキング・ヘッズなどの80年代旗手だけでなく、Suuns や Cut Copy といった現行オルタナ・エレクトロのミニマリズム。
メロディにはビーチ・ボーイズを思わせる甘いペンタトニックが潜み、冷たいシーケンスの背後で微かな潮騒が聞こえる。
代表曲の解説
『On Division St.』
デビュー作の幕開けを告げるキラーチューン。
反復する二小節シンセベースが地下鉄の走行音を思わせ、サビで広がるシンセパッドがマンハッタン島の夜景を一望させる。
『Wounds of Love』
『A Way Forward』を象徴する楽曲。
クラウトロック的ドラムループと後ノリのハンドクラップが淡い高揚を生み、三分半過ぎのギターカッティングが夕焼けの色温度を一気に上げる。
『Weak in Your Light』
最新作のリード曲。
教会オルガンを模したシンセコードと囁くようなボーカルが、宗教的イメージと恋愛の依存性を重ね合わせる。
アウトロでリズムトラックがフェードアウトし、残響だけが夜空へ溶ける構成はライヴの余韻を体現。
アルバムごとの進化
『Introduction, Presence』 (2020)
・宅録に近いドライなミックス。
・通勤電車の窓に映る自分を見つめる“静的ポストパンク”。
『A Way Forward』 (2021)
・BPMを落とし、クラウトビートとアナログシーケンサーを導入。
・都市の移動、記憶の反復、その果てのノスタルジーを描く。
『Strange Disciple』 (2023)
・ドラムマシンに実際のドラムを重ね、ダンス性を強化。
・信仰/憧れ/自己崩壊という三層構造のリリックで、新たな深度を獲得。
影響を受けたアーティストと音楽
・ニューオーダー、オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダーク:冷ややかなビートと感傷的メロディの並置
・Suicide:ミニマルなループと都会の不穏
・クラフトワーク:機械的タイム感覚とロードムービー的視界
・The National(近年):バリトンボイスによる内省と広がり
与えた影響とシーンへの波及
Nation of Language の台頭以降、USインディーでは“ニューロマンティック再解釈”の動きが加速。
特にロサンゼルスの Automatic やUKの Working Men’s Club が同系統のシンセベースとポストパンクの折衷で注目を浴びた。
また TikTok では彼らの『This Fractured Mind』をBGMに、夜の高速道路を撮影した映像がバイラル化し、“ドライブ用80s擬似サウンド”という新しいプレイリスト文化を生んでいる。
オリジナル要素
- 公開サウンドチェック
ツアー会場で本番三時間前からシンセアルペジオを鳴らし、来場したファンに“都市の環境音”を採取させる企画を実施。
収集した音は次回作のノイズ素材として再利用される予定。 - ステージ後方の“走行距離メーター”
ライブの合計演奏時間に連動してLEDの数値がカウントアップし、都市間移動を示唆。
アンコールでリセットし、「次の街へ走る」演出を行う。
まとめ
Nation of Language の楽曲は、過去と現在を結ぶ地下鉄のトンネルで反響する“誇り高い寂しさ”だ。
冷えたシンセの下で脈打つ人間的な鼓動は、リスナーの胸に小さな灯火を灯し、見慣れた街の夜景を別の色で塗り替える。
次作で彼らが指し示す進行方向はまだ霧の奥だが、あのミニマルなベースと低い声が響く限り、私たちは都市の孤独を伴走者と共に走り抜けられるだろう。
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