イントロダクション
深夜一時、ロサンゼルスのフリーウェイを滑るヘッドライト。
フロントガラス越しのネオンは流星のように飛び去り、カーラジオから鳴るのは三人の声が重なる澄んだコーラス。
MUNAはエレクトロニックな質感と生身の寂しさを同居させ、LGBTQコミュニティはもちろん、誰しもが抱える「孤独の形」を柔らかく照らすトリオである。
バンドの背景と歴史
2013年、南カリフォルニア大学の音楽学部で出会ったケイティ・ギャヴィン（Vo）、ジョシー・マスカット＝キング（Gt/Syn）、ナオミ・マクファーソン（Gt/Syn）は、課題曲のセッションで意気投合した。
初期はフォーク寄りだったが、夜通しの寮レコーディングで80年代ニューウェーブやユーロディスコを浴びるうち、シンセポップへ舵を切る。
2016年EP Loudspeakerでインディー界に登場し、同年ナイト通りにある地下クラブで行った自主イベントが口コミで拡散。
2017年のフルアルバム About U により、透明感の裏に潜むダークネスと政治性が高い評価を得る。
レーベル移籍やパンデミックを経て、2022年セルフタイトル作 MUNA をファーストリリースする独立レーベルSaddest Factoryから発表。
Phoebe Bridgersらとのコラボを引き寄せつつ、フェスの大舞台でもパーソナルな空気を失わないライブを展開している。
音楽スタイルと影響
楽曲の骨格は四つ打ちシンセベースとスナップの効いたドラムマシン。
そこにジョシーの煌めくギターアルペジオと、ナオミのハードウェアシンセが粒立ちの異なるレイヤーを重ねる。
ケイティのボーカルはブレイク寸前の裏声から胸声の低域まで伸び、行き場をなくした感情を一息で吐き出すように響く。
影響源はFleetwood Macのメロディ運び、Robynの切ないダンスビート、St. Vincentのサウンド実験精神。
それらをLAの乾いた空気で蒸留し、汗ばむクラブと静かな寝室を一瞬で切り替えるスイッチを楽曲構造に埋め込んでいる。
代表曲の解説
Silk Chiffon
Phoebe Bridgersを迎えた多幸感アンセム。
軽やかなアコギストロークと口笛風シンセが夏の夕暮れを映し、サビで恋の無重力を高らかに歌い上げる。
シンプルなコード進行が「好き」という衝動の真っ直ぐさを裏付ける。
Number One Fan
歪み気味のベースラインがループし、自己肯定をジョーク混じりに歌うセルフラブ讃歌。
観客が“so iconic”と合唱するブレイク部分はライブのハイライト。
Stayaway
ポップパンクの勢いをエレクトロに翻訳。
別れた相手の影に付き纏われる恋愛依存を、跳ねる808とシンセブラスで皮肉に包む。
最後の無音１拍が心の空白を際立たせる演出だ。
What I Want
最新作収録。
鋭いハイハットとユーロビート風シンセで“自己欲求の解放”を両手を広げて宣言。
クィアクラブのスモークとミラーボールが目に浮かぶ疾走感。
アルバムごとの進化
| 年 | タイトル | 特徴 |
|---|---|---|
| 2017 | About U | 失恋とアイデンティティ探求をシンセポップで包み、影と光を同居させたデビュー |
| 2019 | Saves the World | ハードなベースとダークポップの比率を上げ、内省と社会意識を拡張 |
| 2022 | MUNA | インディーポップの多幸感とクラブビートの高揚を融合。セルフラブと選択的家族を祝福 |
影響を受けたアーティストと音楽
・Cyndi Lauper、Madonna初期のカラフルな80sポップ
・RobynやCHVRCHESの泣き踊り系シンセポップ
・Tegan and Saraのクィア視点ストレートフック
・Princeのファンクネスとソングライティング手腕
影響とシーンへの波及
MUNAの成功後、USウエストコーストでは“クィア×シンセポップ”を標榜するバンドが増加し、TikTokでは彼女たちのベースリフを引用した短尺動画がバズ。
また、Saddest Factoryレーベルの後押しでジャンル横断のコラボが活発化し、インディーシーンの垣根が一段と低くなった。
オリジナル要素
- 自己肯定を笑いに変えるリリック
悲壮感の直前でジョークを差し込み、聴き手の“痛覚”を優しく撫でる。 - オープンリハーサル
ツアー前日にリハーサルを有料配信し、失敗も笑いに変える“舞台裏の透明性”を実践。 - ファン参加型コーラス素材
各地で観客が歌ったコーラスを収録し、次の都市のSEに使用するリレー方式で連帯感を演出。
まとめ
MUNAの音楽は、夜中に一人で踊るリビングを瞬時にクラブへ変え、同時に胸の内側へそっと寄り添う。
彼女たちのシンセと声が重なった瞬間、孤独はショーウィンドウのネオンに溶け、世界は少しだけ優しく響き始める。
次のアルバムで彼女たちが放つ光は、きっとまた別の誰かの暗闇を照らすだろう。
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