1. 歌詞の概要
「This Time Around(ディス・タイム・アラウンド)」は、Lunaが1994年に発表したセカンド・アルバム『Bewitched』に収録された楽曲であり、穏やかなメロディに秘められた切実な願いや、繰り返される愛の機微が織り込まれた、彼ららしいロマンティックかつメランコリックな一曲である。
タイトルの「This Time Around」は、「今回は…」という意味合いを持ち、語り手が過去に犯した失敗や行き違いをふまえて、今回こそは違う形で関係を築きたいという思いをにじませている。だがその願いはどこか頼りなく、まるで“予感された失敗”に向けて静かに歩いていくような、静謐な悲しみを伴っている。
歌詞は抽象性を含みながらも、親密な関係の中にあるすれ違いや未練、淡い希望を描き、Dean Warehamの抑えたボーカルがその繊細な感情を絶妙に伝えてくる。Lunaの持つ都市的なロマンスと、言葉にならない情動の美しさが、極めて純度高く表現された楽曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Bewitched』は、Lunaの音楽的な成熟を示すアルバムであり、前作『Lunapark』のローファイな質感に比べ、より洗練されたサウンド・プロダクションが際立つ作品となっている。このアルバムで彼らはVelvet Underground的なミニマリズムと、都会の深夜にふさわしい静けさを融合させ、90年代のインディー・ロックの中でも特に“文学的なロック”の代表格としての地位を確立した。
「This Time Around」はその中でも地味ながら深く印象に残るトラックであり、アルバムのミッドテンポな流れの中にあって、感情の“澱(おり)”のような重みを感じさせる一曲である。Warehamの歌詞はいつも通り饒舌ではなく、むしろ余白を大事にしており、聴き手はその隙間に自分の感情を投影することになる。
楽曲の雰囲気は、恋愛における「もう一度やり直す」ことへの願望と、それがどこか無力で空虚にさえ感じられるリアリズムとのせめぎ合いを象徴している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
This time around
You won’t be coming back
今回ばかりは
君は戻ってこないだろうI can’t believe
What it is you lack
信じられないよ
君にあんな“欠落”があったなんてAnd now I miss you
This time around
なのに、今は君が恋しい
今回ばかりはねThis time around
I find myself alone
今回ばかりは
僕は本当にひとりなんだ
※ 歌詞引用元:Genius – Luna “This Time Around”
このフレーズ群から伝わってくるのは、言葉にできない未練と、諦めきれない希望の混じった矛盾した感情である。「君はもう戻ってこない」と言いながら、「でも恋しい」と感じる。その反復の中に、語り手の心の中でまだ終わっていない物語が見えてくる。
Warehamの歌詞は、まるで誰かの手紙の断片のようで、全体の構造は明らかではない。それゆえ、行間にある感情がより際立つ。この曖昧さこそがLunaの最大の美点であり、聴き手に「余白の想像力」を強く促す。
4. 歌詞の考察
「This Time Around」は、“もう終わったと分かっていても、心がまだそこにいる”という状態を、極限まで抑制された筆致で描いた楽曲である。ここには絶叫も悲嘆もない。あるのは、感情を言語化することをすでに諦めたような、静かな沈黙の美学だ。
語り手は過去の失敗を反芻しているが、それを悔やむわけでもなく、美化するわけでもない。むしろ「今回は、もう戻ってこないだろう」という達観に近い感情と、「でもまだ恋しい」という未練が、反復されるメロディに乗って行き場のないまま漂っている。
この曲は、“希望と絶望のちょうど中間”に存在する曲だ。そしてその中間を描くために、Lunaはあえて何も強く語らない。それが逆に、深い共鳴を呼び起こすのだ。聴き手はこの静けさの中に、自分自身の過去の誰かとの“別れきれない記憶”を見出すことになる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Alameda by Elliott Smith
別れた相手に対する複雑な感情を静かに歌い上げる、珠玉のスロー・ナンバー。 - It’s a Crime by Galaxie 500
恋と記憶が曖昧になる瞬間を、倦怠とともに表現したローファイ・バラード。 - These Days by Nico
過去への後悔と静かな受容を、乾いた声で描いた名曲。 - Mistaken for Strangers by The National
感情を誤解されることへの疲弊と不安を、都会的な孤独として描いた作品。 - Half a Person by The Smiths
“あの頃”の自分に対する未練と、失われた時間への挽歌。
6. 言葉にならない別れの、その後ろ姿を見つめて
「This Time Around」は、Lunaというバンドの詩的な沈黙、そして音楽的に抑制された感情表現の頂点のひとつである。恋が終わるというのは、ある日突然のことではない。それは、幾つかの“諦め”が静かに積み重なっていった結果なのだ。
この曲には、その“過程”が描かれている。怒りでも、涙でもなく、ただじっと残された感情に耳を傾けるような音楽。その静けさの中にこそ、最も深い痛みと誠実さがある。
Lunaはいつも、都市の片隅でささやくようにして、失われた愛の記憶を掘り起こしてくれる。
「This time around」――それが最後かもしれない。でも、まだ心はそこに残っているのだ。
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