1. 歌詞の概要
「Stutter（スタッター）」は、Elasticaが1993年にリリースしたデビュー・シングルであり、翌1995年のセルフタイトル・アルバム『Elastica』にも収録されている。バンドの鮮烈なデビューを飾るこの楽曲は、わずか2分弱という短さの中に、鋭利なユーモア、攻撃性、そして極めて率直な女性の視点が込められている。
歌詞は一見シンプルだが、実際には非常に挑発的なテーマを扱っている。端的に言えば、この曲は男性の性的不能＝勃起不全（いわゆる“スタッター＝どもり”のように行為がスムーズに進まないこと）をテーマにしており、しかもそれを嘆くのではなく、笑い飛ばし、呆れて突き放すようなトーンで語っている。
これは恋愛ソングでもセックス・ソングでもなく、「性の挫折」に対する女性側のシニカルなリアクションを描いた数少ないロック・ナンバーである。歌詞中に怒りや恨みがにじむことはなく、むしろ“もう慣れたよ”とでも言わんばかりの脱力とクールさが全体を支配しており、それがかえって痛烈な風刺として響くのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Elasticaの中心人物でありフロントウーマンのジャスティーン・フリッシュマン（Justine Frischmann）は、当時としては極めて稀な“フェミニンでラウド”な存在として、90年代UKロックシーンに新風を巻き起こした。「Stutter」は彼女のパーソナリティを強く反映した楽曲であり、ポストパンク〜ニューウェーブの文脈を受け継ぎながら、性の不均衡に鋭く切り込む歌詞を持っていた。
この曲はイギリスのインディーチャートでヒットし、アメリカではMTVでも盛んに流されたことでElasticaの存在感を一気に高めた。特に“女が男のセックスについて不満を口にする”という視点は、ロックの世界では極めて異例であり、当時の音楽シーンのジェンダー観に一石を投じることとなった。
音楽的には、短い尺の中で繰り返されるギターリフ、パーカッシブなドラム、そして吐き捨てるようなヴォーカルが特徴で、WireやThe Fall、Buzzcocksといったポストパンクの影響が色濃く感じられる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、印象的な一節を抜粋し、和訳を添えて紹介する。
Is there something you lack
When I’m flat on my back?
私が仰向けになってるとき、何かが“足りない”のかしら？Is there something that I can do for you?
私にできること、何かあるの？It’s always something you hate
Or it’s something you ate
いつも嫌なことがあったとか
何か変なもの食べたせいとかさTell me, is it the way that I touch you?
ねえ、私の触り方が悪いってわけ？
※ 歌詞の引用元：Genius – Stutter by Elastica
このように、歌詞は全編にわたって問いかけの形式で構成されており、直接的な批判ではなく“尋ねる”ことで逆説的に痛烈な風刺となっている。まるで乾いた会話のようなリズムが逆にリアルで、ユーモアと冷笑が交錯する。
4. 歌詞の考察
「Stutter」は、性的な機能不全にまつわる不満と、それに対する呆れと観察を、非常に巧妙に、そしてポップに描いた楽曲である。主題はデリケートであるはずなのに、ジャスティーンの描写には一切の気遣いも羞恥もない。それがこの曲の最大の美徳であり、聞く者に衝撃と爽快感を同時に与える。
また、“Is there something you lack when I’m flat on my back?”というラインは、従来のロックソングが女性の身体を歌うときの視点とは真逆の立ち位置を取っている。ここでの“私”は受け身ではなく、状況を冷静に観察し、問題の所在を分析する語り手であり、極めて能動的な女性像として描かれている。
この曲には、90年代のフェミニズム的な文脈――すなわち、性も恋もすべてを女性自身の目線から再定義しようというムーブメント――が詰まっている。だが同時に、あくまでそれを“ポップ”に、“短くシャープに”表現することによって、Elasticaは思想を過剰に押し付けることなく、自然に提示している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Connection by Elastica
性的緊張と距離感をスリムなリフとミニマルな詩で描いた代表作。 - Typical Girls by The Slits
「典型的な女の子」像を脱構築する、ポストパンク・フェミニズムの金字塔。 - Oh Bondage! Up Yours! by X-Ray Spex
フェティッシュと抑圧を叫びで破壊する、パンクの女王ポリー・スタイリンの名曲。 - Dress by PJ Harvey
女性の身体を通して語られる、視線と自己イメージの解体劇。 - Cannonball by The Breeders
女性主導のノイジーで快楽的なオルタナティブ・ロックの金字塔。
6. ロックにおける“彼女”の逆襲：Elasticaの起爆点
「Stutter」は、ロックという長年男性中心であった領域において、女性が“からかう者”として登場した稀有な例である。これまでのロックにおける“彼女”は、愛される対象、傷つく存在、あるいは官能のメタファーだった。だがこの曲では、彼女が冷静に状況を眺め、笑い、見切りをつける――それもユーモアを武器にして。
そしてこの「Stutter」が描く“情けない男”は、単なる個人ではなく、90年代以降の男性性全体に対する一種の風刺にもなっている。Elasticaはこの1曲で、女性アーティストのあり方、ロックの歌詞表現、そしてポップの限界を、すべて一歩先へと押し広げてみせた。
もしロックが誰かの“怒り”や“欲望”を代弁するものだとしたら、「Stutter」はその最も軽やかで痛烈な形として、今もなお響き続けている。
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