1. 歌詞の概要
「Shove(シャヴ)」は、L7が1990年にリリースした2ndアルバム『Smell the Magic』に収録された楽曲であり、バンドにとって本格的な注目を集めるきっかけとなった代表曲の一つである。この曲のタイトル“Shove”は「押しのける」「突き飛ばす」といった意味を持ち、その通り、抑圧的なものに対する拒絶、そして“押し返す”強さをテーマにしている。
L7の持つフェミニズム的な怒りとユーモアが色濃く反映されており、「Shove」は80年代から90年代にかけてのロック・シーンにおいて、“女性がステージに立って怒る”ことの政治性と必然性を体現するような曲となった。歌詞は個人的なフラストレーションと社会的な違和感が交差する内容で、家庭、職場、文化的規範など、あらゆる“女性を押し込めるもの”に対して、中指を立てるような反骨精神に満ちている。
「Shove」は、そのストレートな怒りと爆発的なエネルギーによって、後の“Riot Grrrl”ムーブメントにも先駆けるような、骨太でノイジーなフェミニズムの表明として位置づけられる。
2. 歌詞のバックグラウンド
1980年代後半から90年代初頭のアメリカでは、ロック・シーンは依然として男性中心で、女性バンドはフェティッシュな対象かポップ的要素として捉えられがちだった。そんな中、L7はハードでグランジ色の強いサウンドと、真正面からの怒りと自嘲に満ちた歌詞で、固定された“女性らしさ”の型を破壊してみせた。
「Shove」はDonita Sparks(ギター・ヴォーカル)によって書かれた楽曲で、彼女の過激で挑発的なパフォーマンススタイルとも共鳴する、“自己主張の爆弾”のような存在感を放っている。
また、L7はこの曲を通じて、音楽業界や社会で繰り返される“女は黙ってろ”という態度に真っ向から対抗しており、フェミニズムという言葉を使わずとも、その怒りは十分に政治的であった。彼女たちがのちに立ち上げる「Rock for Choice」(中絶の権利を支援する音楽フェス)といった運動の精神は、すでにこの曲の中に込められている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Where I come from, there’s a place called heaven
That’s the place where all the good children go
私の出身地では「天国」って場所があって
そこは“いい子”たちが行く場所だってさThe houses are clean, the people are nice
And the music is always playing
家はキレイで、人々は礼儀正しくて
音楽もいつだって流れてるらしいAnd the kids, they never fight
And the flowers are much too bright
子どもたちは決してケンカしない
花は、まるで不自然なくらい鮮やかでWell, I tried to find a place inside
Someone shove me, shove me, shove me aside
私はその中に居場所を探してみた
でも誰かが私を…突き飛ばしてきたのよ
※ 歌詞引用元:Genius – L7 “Shove”
ここで描かれる「天国」は、アメリカ的な“理想の暮らし”や“お行儀の良さ”のメタファーであり、語り手はその中に馴染もうとしても、結局は「突き飛ばされる」存在でしかない。社会にとって“型にハマらない者”は排除される――それがこの曲の核にある冷ややかな現実認識である。
そして「shove me aside(私を押しのける)」という言葉が、やがて「shove YOU back(あんたを押し返す)」という反転へと繋がっていく予感を抱かせる。
4. 歌詞の考察
「Shove」は、典型的なアメリカの家族像や社会規範に対して、“その外にいる私”を自覚することから始まる。そしてその異物感、排除される感覚は、“女性であること”“異なる意見を持つこと”“従わないこと”といったあらゆる“ノイズ”に起因している。
語り手はその天国=社会が提示する理想に魅力を感じながらも、そこには絶対に入れてもらえないことを知っている。だからこそ、この曲は受け身の被害者のまま終わらない。“押しのけられるなら、押し返せばいい”という姿勢が、重くうねるギターと一体となって叫ばれる。
Donita Sparksの荒々しいヴォーカルは、痛みを抱えながらも諦めずに立ち向かう姿を映し出しており、そこには悲しみと怒りと、そしてどこか爽快な潔さがある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fast and Frightening by L7
スピードと怒りの塊のような、L7流フェミニズムの爆弾。 - Rebel Girl by Bikini Kill
“彼女は私のヒーロー”と歌う、フェミニスト・パンクの代表作。 - Violent Femmes by Babes in Toyland
予測不能な展開と咆哮で暴力とジェンダーを問い直す異色のロック。 - Miss World by Hole
「私はミス・ワールド、だから愛して」という皮肉に満ちた名曲。 - Oh Bondage Up Yours! by X-Ray Spex
“しばりつけなんかクソ食らえ”という精神を放つ、パンクの原点。
6. 型にハマらない者の、声にならない怒り
「Shove」は、L7というバンドがなぜ90年代オルタナティブ・ロック史において特別な存在だったかを象徴する楽曲である。それはただ“女がロックしている”という意味ではない。“型にハマらない者たち”の怒りを、真正面から、しかも笑いと共に提示した稀有な存在だったからだ。
この曲が伝えるのは、“居場所を奪われた人間の叫び”であり、同時に“それでも生きてやる”という宣言でもある。
「押しのけられるのはもうゴメンだ」
そう言って立ち上がるための、最初の一歩が、この曲には刻まれているのだ。
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