発売日: 2018年6月1日
ジャンル: トリップホップ、ダウンテンポ、エレクトロポップ、サイケデリック・ソウル
概要
『Blaze Away』は、Morcheebaが2018年にリリースした9作目のスタジオ・アルバムであり、
スカイ・エドワーズとロス・ゴディマンのデュオ体制に再編された後の、再始動的作品として注目を集めた。
前作『Head Up High』から5年の歳月を経て完成したこのアルバムでは、
原点回帰的なトリップホップの質感と、サイケデリックな遊び心、そして現代的なビートの融合が試みられている。
そのサウンドは、Morcheebaがかつて築き上げた音の世界を思わせつつ、
新しい世代にも通用する洗練と深みを湛えている。
アルバムタイトルの“Blaze Away（突き進め）”が象徴するように、
本作は過去を懐かしむのではなく、Morcheebaの“これから”を照らす力強い一歩として位置づけられるべき作品なのだ。
全曲レビュー
1. Never Undo
メロウでサイケなオープニング。
“決して取り消せない”というフレーズに、過去と向き合う静かな決意が滲む。
2. Blaze Away (feat. Roots Manuva)
UKヒップホップの重鎮Roots Manuvaを迎えた異色のコラボ。
タイトル曲にふさわしいエネルギッシュなトラックで、闘志と挑戦のスピリットが爆発する。
3. Love Dub
ダブ／レゲエの影響が色濃いグルーヴィーな一曲。
エコーとリバーブが生み出す空間性が、リラックスと陶酔をもたらす。
4. It’s Summertime
アコースティック・ギターが主導する軽やかなサマーチューン。
スカイの歌声が爽やかに抜け、夏の光と記憶をそのまま音に閉じ込めたような曲。
5. Sweet L.A.
西海岸のドライブを思わせる、シンセ主体のスロウジャム。
ロマンティックで都会的な雰囲気が漂う。
6. Paris Sur Mer
フランス語と英語を交えた幻想的なトラック。
「海辺のパリ」という夢のような地名に象徴される、曖昧で官能的な空気が漂う。
7. Find Another Way
ややダークなコード進行と、前向きな歌詞が対照的な一曲。
“別の道を見つけよう”というリリックが、再出発を促すように響く。
8. Set Your Sails
航海をモチーフにしたスローバラード。
“帆を張って進め”というタイトルは、不確かな未来への希望と覚悟の象徴。
9. Free of Debris
ほぼインストに近いアンビエント的ナンバー。
“瓦礫から解き放たれる”というコンセプトが、再生と浄化の感覚をもたらす。
10. Mezcal Dream
ラストは、メスカル（蒸留酒）に酔った夢のようなサウンド。
チルアウトとサイケデリアの極致をゆったりと描き切る。
総評
『Blaze Away』は、Morcheebaが自身の歴史とスタイルを踏まえつつ、新たな息吹を吹き込んだ“円熟と再生のアルバム”である。
90年代トリップホップの象徴として始まり、ポップスやフォークを経てきた彼らの音楽は、
今作で再び“ビートの中に揺れる静けさ”へと回帰しているように感じられる。
ただし、それは単なる懐古ではなく、ヒップホップやダブ、エレクトロの今的感覚を吸収した成熟の成果である。
スカイ・エドワーズの声は、年齢とともにより深みを増し、
ロス・ゴディマンのプロダクションは、余白と密度のバランスを心得た絶妙な手腕を見せる。
このアルバムは、“変わらないこと”と“変わり続けること”の美しい共存を示しており、
長年のファンにとっては安心感を、初めて聴くリスナーには新鮮な発見を提供するだろう。
おすすめアルバム
- Nightmares on Wax / Shape the Future
チルとダウンテンポの今的進化形として共鳴。 - Massive Attack / Mezzanine
ダークでビート主導のサウンドが根底で通じる。 - Tricky / False Idols
ポスト・トリップホップの現在地として聴く価値あり。 - Air / Pocket Symphony
ドリーミーで洗練されたサイケポップとの共通性。 -
Beck / Morning Phase
メロウで内省的な再出発という文脈での接点。
歌詞の深読みと文化的背景
『Blaze Away』のリリックには、自己再生、逃避、希望、そして愛への信頼といった普遍的テーマが通底しており、
「Find Another Way」や「Set Your Sails」では、壊れた関係や停滞した心の中で、新たな航路を探す姿勢が描かれる。
また、「Paris Sur Mer」や「Mezcal Dream」のような楽曲では、地名や酒を象徴にした“現実逃避の詩学”が展開され、
聴き手にとっての“理想の旅”や“夢の風景”を音と詞で提示する役割を担っている。
『Blaze Away』は、Morcheebaという名前が意味する“海を渡る音楽”の精神を、現代に蘇らせた一作と言えるだろう。
静かに、しかし確実に、私たちの中の風景を変えていくような音楽である。
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