アルバムレビュー：Blackest Blue by Morcheeba

アルバムレビュー

2025.05.08

発売日: 2021年5月14日
ジャンル: ダウンテンポ、トリップホップ、エレクトロニカ、サイケデリック・ポップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景

概要

『Blackest Blue』は、Morcheebaが2021年に発表した10作目のスタジオ・アルバムであり、
30年近いキャリアの中で確立した“モーチーバらしさ”を、静かに、深く、そしてしなやかに更新した成熟の結晶である。

2018年の『Blaze Away』では、再構築されたデュオ体制での意欲的なアプローチが印象的だったが、
本作ではそこからさらに一歩進み、過去と現在、音と沈黙、感情と風景のすべてを溶かし込んだような柔らかくも芯のあるサウンドが展開されている。

“最も深い青”を意味するタイトルが示すように、
本作は決して派手ではないが、内面へ深く潜っていくような静謐さと陶酔感に満ちている。
トリップホップ〜チルアウトの原点回帰を感じさせながらも、
今この瞬間の空気を吸ったMorcheebaが鳴らす音として、現代性と普遍性の両方を兼ね備えた作品となっている。

全曲レビュー

1. Cut My Heart Out

オープニングにふさわしい、内省的で美しいミッドテンポ。
“心を抉り取る”という強い言葉が、感情の浄化と再生を暗示する。

2. Sounds of Blue

本作を象徴するタイトル的トラック。
サウンドは極限まで削ぎ落とされ、スカイの囁きが静かな海の波のように広がる。

3. Namaste

レゲエとサイケが混ざり合う異国情緒漂う一曲。
“ナマステ”という言葉が、内なる調和やスピリチュアルな受容の姿勢を想起させる。

4. The Moon

スペーシーな音像が印象的な幻想的ナンバー。
月＝静かなる観察者としての視点が、世界の混沌を俯瞰するような哲学性を帯びている。

5. Falling Skies (feat. Duke Garwood)

ジャジーでスモーキーなサウンドに、Duke Garwoodのダークなブルース・ヴォーカルが絡む。
タイトルの“落ちゆく空”が、世界の終焉と再構築の狭間を描く。

6. Blackest Blue

タイトル曲。
ゆったりとしたビートの中に、自己の深淵を見つめるような瞑想的なサウンドスケープが広がる。

7. Say It’s Over

スカイの包容力ある歌唱が際立つ、切なさに満ちた別れの歌。
“終わったと言って”というリリックが、未練と自立の間にある複雑な情感を表現する。

8. Sulphur Soul

グルーヴィーなリズムと妖しいメロディが印象的な中毒性ある楽曲。
“硫黄の魂”という比喩が、不穏さと快楽の交差点を浮かび上がらせる。

9. Oh Oh Yeah

チルでラウンジーな雰囲気を持つ軽やかな一曲。
自然体のスカイが聴ける、肩の力が抜けた安らぎの瞬間。

10. Night Train

アルバムを締めくくる旅の歌。
“夜行列車”というモチーフが、過去から未来への移行、あるいは夢と現実のはざまを象徴する。

総評

『Blackest Blue』は、Morcheebaが自らの音楽人生を深く見つめ直し、“語らないこと”で語る表現の到達点とも言える作品である。

90年代から続くトリップホップの旗手としての顔も、ポップス／フォークを通過した探求者としての顔も、
すべてがここでは溶け合い、声と音が一体化したような“静かな結晶”として聴き手の心に降り積もる。

本作には激しさも奇抜さもない。
しかし、“深く呼吸すること”そのものがアートになるような、繊細で瞑想的な音楽が貫かれている。

スカイ・エドワーズの声は、かつてないほどに透明で、
どの曲でも彼女は“歌う”というよりも“存在している”という印象を与える。

『Blackest Blue』は、騒がしすぎる現代において、静けさの美徳と深さを思い出させてくれる稀有なアルバムであり、
“音楽で深呼吸をしたい”すべての人に捧げられた作品なのだ。

歌詞の深読みと文化的背景

『Blackest Blue』のリリックは、過去の痛み、別れ、癒し、そして再生のプロセスを、
詩的で控えめな表現を通じて語るものが多い。

「Cut My Heart Out」や「Say It’s Over」では、愛することの苦しさと強さを静かに語り、
「Sounds of Blue」や「Night Train」では、旅や空、自然といった大きな存在に寄り添いながら自分を見つめ直す態度が描かれる。

また、「Namaste」や「Blackest Blue」のような曲では、スピリチュアルな観点からの自己探求と浄化のプロセスがにじみ出ており、
アルバム全体を通じて、“聴くことで心が静かになっていく”ような体験を提供している。

『Blackest Blue』は、Morcheebaの音楽が到達した、静かで深い“癒し”の境地であり、
その青の深みは、リスナーの内面へとやさしく差し込む灯火なのだ。