アルバムレビュー:What a Time to Be Alive by Superchunk

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2018年2月16日

ジャンル:インディー・ロック、パンク・ロック、オルタナティブ・ロック、パワーポップ、ポリティカル・パンク

概要

Superchunkの11作目となる『What a Time to Be Alive』は、2010年代後半のアメリカ社会に対する怒り、失望、抵抗の感情を、彼ららしい高速でメロディアスなインディー・パンクとして鳴らした作品である。Superchunkは、1989年にノースカロライナ州チャペルヒルで結成され、Mac McCaughan、Laura Ballance、Jim Wilbur、Jon Wursterを中心に、1990年代USインディー・ロックの重要バンドとして活動してきた。さらにMac McCaughanとLaura Ballanceが共同設立したMerge Recordsは、Arcade Fire、Neutral Milk Hotel、Spoon、The Magnetic Fields、M. Wardなどを世に送り出し、アメリカのインディー・シーンに大きな影響を与えた。

Superchunkの音楽は、初期から一貫して、パンクのスピード、ノイズ・ポップのざらつき、キャッチーなメロディ、Mac McCaughanの甲高く切迫したヴォーカルによって成立している。『No Pocky for Kitty』や『On the Mouth』では若いバンドの疾走感が際立ち、『Foolish』では失恋と内省が重く刻まれ、『Here’s to Shutting Up』ではより成熟したソングライティングが見られた。2010年代に入ってからの『Majesty Shredding』や『I Hate Music』では、ベテラン・バンドとしての生命力と喪失感が共存していた。

その流れの中で『What a Time to Be Alive』は、Superchunkの作品の中でも特に政治的な性格が強いアルバムである。タイトルは「生きるにはなんという時代だ」という意味を持ち、驚き、皮肉、怒り、絶望が混ざった言葉として響く。2016年以降のアメリカ政治の混乱、排外主義、権威主義的な空気、差別的言説の広がり、社会の分断が、本作の背景にある。だが、Superchunkはそれを重苦しいプロテスト・フォークや説教的なロックとして表現するのではなく、むしろ彼らの最も得意とする高速インディー・パンクへ変換している。

本作は、全体的に非常に短く、速く、鋭い。曲の多くは3分前後で、アルバム全体も一気に駆け抜ける。これは初期Superchunkへの回帰とも言えるが、単なる懐古ではない。ここでのスピードは若さの衝動ではなく、怒りを即座に音へ変えるための手段である。年齢を重ねたバンドが、世界の状況に対して再びパンク的な速度を必要とした結果として、このアルバムの形がある。

音楽的には、Superchunkらしい歪んだギター、タイトなドラム、勢いのあるベース、そしてMac McCaughanの切迫した声が中心である。Jon Wursterのドラムは相変わらず強力で、曲を前へ押し出す推進力を作る。Laura Ballanceは本作の録音にはフルタイムのベーシストとして参加していないが、Superchunkというバンドの精神的な核には彼女の存在が残っている。ゲストにはSabrina Ellis、Katie Crutchfield、Stephin Merritt、David Bazanらも参加し、アルバムの政治的・共同体的な響きを補強している。

歌詞の面では、怒り、抵抗、うんざりした感情、無力感、連帯、喪失、未来への不安が中心となる。Superchunkは、政治的なメッセージを抽象的なスローガンとしてではなく、日常の怒りや疲労として描く。ニュースを見て感じる吐き気、権力者への嫌悪、無関心への苛立ち、誰かを守らなければならないという焦り。これらが、速いギターと叫ぶようなメロディに乗せられる。

『What a Time to Be Alive』は、Superchunkが長いキャリアを経てもなお、インディー・ロックにおけるDIY精神とパンク的な反応速度を失っていないことを示す作品である。若い頃のように自分の心の中だけを歌うのではなく、社会全体の異常さを前にして、音を鳴らさずにはいられない。これは、ベテラン・バンドによる単なる回顧的パンクではなく、現在に対する緊急の応答としてのパンクである。

全曲レビュー

1. What a Time to Be Alive

表題曲「What a Time to Be Alive」は、アルバムの怒りと皮肉を凝縮したオープニングである。タイトルの言葉は、現代的な感嘆表現として使われる一方で、ここでは明らかに祝福ではなく、うんざりした驚きとして響く。こんな時代に生きることになるとは、という皮肉と怒りが込められている。

サウンドは高速で、ギターは鋭く歪み、ドラムは一気に曲を押し出す。Superchunkの初期を思わせる勢いがあるが、そこにある感情は若者の混乱ではなく、社会状況への明確な怒りである。Mac McCaughanの声は年齢を重ねてもなお切迫しており、むしろその声の少しのかすれが、時代への疲労感を強めている。

歌詞では、現代社会の異常さや、権力者の醜悪さに対する嫌悪が短く鋭いフレーズで表現される。Superchunkはここで、問題を丁寧に解説するのではなく、怒りの温度そのものを曲にする。アルバムの冒頭にふさわしい、宣言的で即効性の高いパンク・ナンバーである。

2. Lost My Brain

「Lost My Brain」は、情報過多、政治的混乱、怒りと疲労によって頭が壊れてしまうような感覚を描く楽曲である。タイトルは「頭を失った」「正気を失った」という意味で、現代社会における精神的な圧迫を非常に分かりやすく示している。

サウンドは短く、激しく、切迫している。ギターのノイズは混乱した思考のように鳴り、ドラムは容赦なく前へ進む。Macのヴォーカルは、冷静な分析というより、もう限界だという叫びに近い。Superchunkはこうした感情を重く沈めるのではなく、あえて高速で吐き出すことで、混乱を身体的なエネルギーへ変える。

歌詞では、ニュース、政治、社会の醜さにさらされ続けることで、判断力や精神の安定が崩れていく感覚がある。これは2010年代後半以降、多くの人が感じた政治的疲労とも重なる。怒り続けることは必要だが、怒り続けること自体が人を消耗させる。この曲は、その矛盾をSuperchunkらしい短距離走のようなパンクとして表現している。

3. Break the Glass

「Break the Glass」は、タイトル通り「ガラスを割れ」という直接的な行動のイメージを持つ楽曲である。ガラスは、透明でありながら人を隔てるものでもある。社会の中にある見えない壁、制度、沈黙、無関心を破ることが、この曲の中心にある。

音楽的には、疾走感とメロディの両方が強い。Superchunkらしいギター・ロックの推進力がありながら、サビは非常にキャッチーである。怒りを歌いながらも、曲としての明快さを失わない点がこのバンドの特徴である。

歌詞では、黙っていることへの拒絶が感じられる。状況が悪化している時に、ただ見ているだけでは足りない。ガラスを割るという行為は、暴力そのものというより、受動性を破る比喩として機能している。Superchunkはここで、抵抗の第一歩としてのノイズを鳴らしている。

4. Bad Choices

「Bad Choices」は、タイトル通り「悪い選択」をテーマにした楽曲である。個人の失敗というより、社会全体が誤った選択を重ねてきたことへの怒りと後悔が感じられる。政治的な選択、倫理的な選択、沈黙する選択、見て見ぬふりをする選択。そうしたものが積み重なって、現在の状況を作っているという認識がある。

サウンドは力強く、リフは鋭い。曲は短くまとまり、言いたいことを言ったらすぐ次へ進むような構造である。パンクの機能性が強く、無駄な装飾は少ない。Macの声は、相手を責めるだけでなく、自分たちもその時代の中にいるという苦さを含んでいる。

歌詞では、悪い選択をした者たちへの非難が中心にある一方で、その結果を生きなければならない人々の苛立ちも描かれる。政治的な怒りが、個人の日常に入り込んでくる。『What a Time to Be Alive』の重要な点は、政治を遠い制度の話ではなく、生活の感情として鳴らしていることである。

5. Dead Photographers

「Dead Photographers」は、本作の中でもやや印象的なタイトルを持つ楽曲である。死んだ写真家たちという言葉は、記録する者、目撃する者、歴史を残す者の不在を連想させる。誰がこの時代を記録するのか、誰が真実を見せるのかという問いが浮かぶ。

サウンドは勢いがありながら、どこか暗い影を持つ。ギターのざらつきとドラムの直線的なビートが、タイトルの不穏さを支える。Superchunkの曲は明るいメロディを持つことが多いが、この曲ではその明るさが完全には解放されない。

歌詞では、目撃、記録、死、消えた声のようなテーマが読み取れる。写真家は現実を写す存在だが、その写真家が死んでいるということは、記録そのものが失われる危機を示しているとも考えられる。政治的な混乱の時代において、誰が証拠を残すのか、誰が現実を見続けるのか。この曲は、そうした重い問いを短いロック・ソングに凝縮している。

6. Erasure

「Erasure」は、「消去」「抹消」を意味するタイトルを持つ楽曲であり、本作の政治的な核心に近いテーマを扱っている。歴史の消去、少数者の存在の消去、記憶の消去、権力者に都合の悪い事実の消去。そうしたものへの抵抗が、この曲には込められている。

サウンドは強靭で、コーラスには連帯感がある。ゲスト・ヴォーカルの参加もあり、曲はMac一人の怒りではなく、複数の声による抵抗として響く。これは本作全体の重要な特徴でもある。政治的な危機に対して、個人の怒りだけでなく、共同体の声が必要になる。

歌詞では、消されていくものへの危機感が示される。権力はしばしば、都合の悪い人々や出来事をなかったことにしようとする。しかし、音楽はその消去に抗う記憶の装置にもなり得る。「Erasure」は、忘れないこと、消させないことをパンク・ロックの形で宣言する楽曲である。

7. I Got Cut

「I Got Cut」は、タイトル通り「切られた」「傷つけられた」という感覚を持つ楽曲である。身体的な傷だけでなく、社会や権力、人間関係によって傷を負わされることも含まれる。Superchunkの音楽では、感情的な傷がしばしばギターのざらつきとして表現されるが、この曲もその系譜にある。

サウンドは速く、攻撃的で、非常にSuperchunkらしい。短い時間で一気に感情を吐き出す構造になっている。Macの声は、傷ついたことを嘆くというより、その傷を見せつけるように響く。パンクにおいて傷は弱さであると同時に、怒りの証拠でもある。

歌詞では、傷つけられた事実を隠さずに示す態度がある。権力や社会によって切られた者が、その傷を黙って受け入れるのではなく、声にする。これは個人的な痛みであると同時に、政治的な痛みでもある。アルバムの中で、怒りの身体性をよく示す楽曲である。

8. Reagan Youth

「Reagan Youth」は、タイトルから1980年代アメリカの政治状況とパンク・カルチャーを連想させる楽曲である。Reagan時代に若者であった世代、あるいはその時代の保守的な政治空気への反発が背景にある。Superchunkのメンバーは、その時代のアメリカを経験した世代であり、本作の2010年代後半の怒りは、1980年代への記憶とも重なる。

サウンドは非常にパンク色が強く、短く、速く、鋭い。タイトルが示す通り、古いパンクの記憶を呼び起こすような勢いがある。ただし、それは懐古ではない。過去の保守政治と現在の状況を重ねることで、同じような怒りが再び必要になっていることを示している。

歌詞では、Reagan時代を経験した若者たちが、現在また別の政治的悪夢を目撃しているような感覚がある。歴史は単純に進歩するわけではなく、何度も似たような反動を繰り返す。この曲は、その循環への苛立ちをパンクの速度で表現している。

9. Cloud of Hate

「Cloud of Hate」は、タイトルが非常に直接的で、「憎悪の雲」を意味する。現代社会を覆う差別、怒り、排外主義、オンライン上の攻撃性、政治的な憎悪の拡散を思わせる言葉である。個人の感情ではなく、社会全体を覆う気候としての憎悪が描かれる。

サウンドは暗く、圧迫感があるが、曲はだらだらと沈まず、短く鋭く進む。Superchunkは重いテーマを扱っても、音楽を停滞させない。むしろ、憎悪の雲を突き抜けようとするように、ギターとドラムが前へ向かう。

歌詞では、憎悪が空気のように広がり、人々の生活や思考を覆っていく感覚がある。雲は広がり、視界を遮り、光を隠す。しかし、雲は永遠ではない。この曲には、憎悪の重さを認識しながらも、それを音で切り裂こうとする意志がある。

10. All for You

「All for You」は、タイトルだけを見ると献身的なラブソングのようにも見えるが、本作の文脈では、より皮肉や怒りを含んだ言葉として響く。「すべては君のため」というフレーズは、権力者や支配的な存在が自分の行動を正当化する時にも使われる。誰のための政治なのか、誰のための犠牲なのかという問いが浮かぶ。

サウンドはメロディアスで、Superchunkらしいポップ・パンクの魅力がある。怒りのアルバムでありながら、曲としてのフックはしっかりしている。これは、政治的なメッセージを聴き手に届かせるうえで重要である。怒りが音楽として魅力的でなければ、長く聴かれることは難しい。

歌詞では、献身や正当化の言葉に潜む嘘が感じられる。誰かのためと言いながら、実際には権力や利益のために動いている者たちへの不信がある。この曲は、甘い言葉の裏にある暴力性を、軽快なインディー・ロックとして暴く。

11. Black Thread

アルバムを締めくくる「Black Thread」は、終曲として比較的重い余韻を残す楽曲である。タイトルは「黒い糸」を意味し、人生や社会の中を縫うように走る暗い連続性を連想させる。ばらばらに見える出来事をつなぐ黒い糸。過去と現在、個人と政治、怒りと悲しみを結ぶものとして響く。

サウンドはアルバムの最後にふさわしく、疾走感だけでなく重みもある。Superchunkは最後までエネルギーを失わないが、ここでは単なる怒りの放出ではなく、より深い疲労と覚悟が感じられる。Macの声は、怒り続けることの難しさを知ったうえで、それでも声を出すように響く。

歌詞では、暗いものが社会や記憶の中をつないでいる感覚がある。憎悪、差別、権力、無関心は突然現れたものではなく、長い歴史の中で続いてきた。その黒い糸を見つけ、断ち切る必要がある。終曲としての「Black Thread」は、本作の怒りを一時的な反応ではなく、長い抵抗の一部として位置づける。

総評

『What a Time to Be Alive』は、Superchunkが長いキャリアの中で再びパンク的な速度と政治的な怒りを前面に出したアルバムである。1990年代の彼らが、インディー・ロックの独立性と個人的な感情を結びつけたバンドだったとすれば、本作の彼らは、その独立性を社会的な抵抗のために使っている。これは若さの衝動ではなく、年齢を重ねたからこそ生まれた怒りのアルバムである。

本作の最大の特徴は、政治的なテーマを扱いながらも、音楽が重苦しくなりすぎない点にある。曲は短く、速く、メロディアスで、Superchunkらしいエネルギーに満ちている。怒りを語るだけでなく、怒りを身体的に鳴らす。これはパンク・ロックの本質でもある。聴き手は歌詞の意味を理解する前に、まずその速度と勢いによって巻き込まれる。

歌詞の面では、非常に明確な政治的怒りがある。権力者への嫌悪、歴史の消去への抵抗、憎悪の拡散への危機感、悪い選択を重ねた社会への失望。だが、Superchunkはそれを抽象的な理想論としてではなく、日常的な苛立ちや精神的な疲労として描く。ここに本作のリアリティがある。政治は新聞やテレビの中だけにあるのではなく、生活、身体、睡眠、会話、友情、記憶に入り込んでくる。本作はその侵入に対する反応である。

音楽的には、初期Superchunkの高速インディー・パンクへの回帰としても聴ける。『Foolish』のような内省的な重さや、『Here’s to Shutting Up』のような落ち着いた成熟よりも、本作は明らかに前のめりである。しかし、単なる昔の再現ではない。演奏は引き締まっており、曲は無駄なく構成されている。ベテラン・バンドだからこそ、怒りを短く的確な曲に圧縮できている。

Mac McCaughanのヴォーカルは、本作でも非常に重要である。彼の声は若い頃から甲高く、切迫していたが、2018年のこの作品では、その声に時間の重みが加わっている。若者の不満ではなく、何度も政治的失望を経験してきた人間が、それでも叫ばずにはいられない声である。この声があるからこそ、本作は単なる時事的な抗議アルバムではなく、Superchunkのキャリア全体に連なる作品として成立している。

また、本作には共同体の感覚もある。ゲスト・ヴォーカルの参加は、政治的な怒りが一人のものではないことを示している。特に「Erasure」のような曲では、複数の声が重なることで、消されることへの抵抗がより強く響く。SuperchunkはDIYインディー・シーンの中で長く活動してきたバンドであり、その背景には常に仲間、レーベル、ファン、地域の共同体があった。本作では、その共同体が政治的な意味を持つ。

一方で、『What a Time to Be Alive』は、時代への即時的な反応であるがゆえに、非常に特定の政治的文脈に結びついている。そのため、普遍的な内省や抽象的な感情を求めるリスナーには、やや直接的に感じられる可能性がある。また、全体的に速く短い曲が多いため、アルバムとしての陰影よりも、怒りの連続が前面に出る。しかし、それは本作の意図でもある。これは熟考のアルバムというより、緊急の反応であり、警報であり、抗議の音である。

日本のリスナーにとって本作は、アメリカの政治的文脈をすべて知らなくても、現代社会に対する苛立ちや疲労感として聴くことができる。権力への怒り、差別への嫌悪、ニュースに疲弊する感覚、無力感を振り払って声を出す必要性は、アメリカだけの問題ではない。Superchunkはそれを、難解な言葉ではなく、速いギターと叫ぶメロディで伝える。

『What a Time to Be Alive』は、Superchunkが2010年代後半に鳴らすべき音を鳴らしたアルバムである。長いキャリアを持つインディー・バンドが、今この時代に何をするべきか。その答えが、ここでは非常に明快である。速く、短く、怒り、忘れず、消させず、鳴らし続けること。生きるにはひどい時代だ。しかし、だからこそ音を出す必要がある。本作は、その姿勢を刻んだパンク・アルバムである。

おすすめアルバム

1. Foolish by Superchunk

Superchunkの代表作の一つであり、失恋や人間関係の痛みをインディー・ロックのざらついた音で表現した作品である。『What a Time to Be Alive』が社会的怒りのアルバムだとすれば、『Foolish』は個人的な傷のアルバムであり、両作を比較することでバンドの感情表現の幅がよく分かる。

2. No Pocky for Kitty by Superchunk

初期Superchunkの疾走感とDIY精神が凝縮された作品である。Steve Albiniによる録音もあり、荒々しいギター、速いテンポ、Mac McCaughanの切迫したヴォーカルが強く響く。『What a Time to Be Alive』のスピード感の原点を知るうえで重要である。

3. Majesty Shredding by Superchunk

2010年の復帰作で、長い活動休止を経たバンドが再びエネルギッシュなインディー・ロックを鳴らした作品である。明るさと勢いがあり、『What a Time to Be Alive』へ続く後期Superchunkの活力を理解するうえで重要なアルバムである。

4. I Hate Music by Superchunk

2013年の作品で、喪失や加齢、音楽を続けることへの複雑な感情が込められている。『What a Time to Be Alive』の政治的怒りとは異なり、より個人的で死生観を含む内容だが、後期Superchunkの成熟したソングライティングを知るうえで重要である。

5. The Woods by Sleater-Kinney

ベテランのインディー/パンク・バンドが怒りと音圧を最大限に高めた作品である。Superchunkとは音楽的な質感は異なるが、長いキャリアを持つバンドが時代や社会への違和感を激しいロックとして表現する点で関連性が高い。

コメント

タイトルとURLをコピーしました