
1. 楽曲の概要
「I’m Not Getting Excited」は、ニュージーランド・オークランド出身のインディー・ロック・バンド、The Bethsが2020年に発表した楽曲である。収録作品は、2作目のスタジオ・アルバム『Jump Rope Gazers』。アルバムのオープニング・トラックとして配置されており、同作の入口であると同時に、The Bethsらしい緊張感と高揚感の矛盾を最初に提示する曲である。
The Bethsは、Elizabeth Stokes、Jonathan Pearce、Benjamin Sinclair、Tristan Deckを中心とするバンドである。2018年のデビュー・アルバム『Future Me Hates Me』で、明快なギター・ポップ、パワー・ポップ、ポップ・パンク由来のスピード感、そしてStokesの自己分析的な歌詞によって高い評価を受けた。「I’m Not Getting Excited」は、そのデビュー作の勢いを引き継ぎながら、2作目『Jump Rope Gazers』のより広い感情表現へ向かう導入として機能している。
『Jump Rope Gazers』は2020年7月10日にリリースされた。レーベルはCarpark Records。The BethsのBandcampでは、同作が2019年11月から2020年2月にかけて、オークランドにあるJonathan Pearceのスタジオで録音されたことが記されている。つまりこのアルバムは、世界的にライブ活動が制限される直前の時期に作られた作品でもある。
「I’m Not Getting Excited」は、曲名では「興奮していない」と言っているにもかかわらず、サウンドは明らかに興奮を隠しきれていない。速いテンポ、鋭いギター、細かく動くドラム、重なるコーラス、終盤へ向かうテンションの上昇があり、言葉と演奏が逆方向を向いている。このずれが曲の中心的な面白さである。
2. 歌詞の概要
「I’m Not Getting Excited」の歌詞は、期待しすぎないように自分を抑え込もうとする語り手を描いている。タイトルの通り、語り手は「自分は興奮していない」と言い聞かせる。しかし、その言葉は本当に落ち着いている人の発言というより、むしろ期待や不安が高まりすぎている人の自己防衛に聞こえる。
The Bethsの歌詞には、感情をそのまま肯定するのではなく、自分の反応を細かく観察し、時に皮肉る視点がある。「I’m Not Getting Excited」でも、語り手は自分の気持ちを完全には信用していない。何かを楽しみにしているが、その期待が裏切られることも知っている。そのため、先に自分へブレーキをかけようとする。
この曲の主題は、期待と失望の管理である。何か良いことが起こりそうなとき、人は自然に高揚する。しかし、その高揚が大きいほど、結果がうまくいかなかったときの落差も大きくなる。語り手は、その落差を避けるために「興奮していない」と繰り返す。だが、繰り返すほどに、実際にはかなり意識していることが伝わる。
歌詞は深刻な悲劇を扱っているわけではない。むしろ、日常的な感情の癖を拡大している。期待しすぎないようにすること、最悪の結果を想像して自分を守ること、うれしいはずの瞬間にも不安を混ぜてしまうこと。そうした心理が、軽快なギター・ロックの中で描かれる。The Bethsらしいのは、この内向的な自己分析を、暗く沈ませず、歌えるフックに変えている点である。
3. 制作背景・時代背景
The Bethsは、ニュージーランドのインディー・シーンから登場し、2018年の『Future Me Hates Me』で国際的な評価を得た。デビュー作は、明るいメロディと不安定な自己認識を結びつけるバンドとしての個性を強く示した作品である。『Jump Rope Gazers』は、その成功後に制作された2作目であり、バンドにとっては注目を受けた後の次作という意味で重要なアルバムだった。
The BethsのBandcampに記載されたアルバム紹介では、Elizabeth Stokesが長いツアーの合間に2作目の楽曲を書いていたことが説明されている。デビュー作の反響によって、バンドは地元オークランドの密接なシーンから、国際的なツアー生活へ移っていった。その変化は、『Jump Rope Gazers』の歌詞にも影響している。遠距離の関係、孤独、期待、距離感、不安が、前作よりも広いスケールで扱われるようになった。
「I’m Not Getting Excited」は、そうしたアルバムの冒頭に置かれている。『Jump Rope Gazers』全体は、デビュー作よりもテンポを落とした曲や、より内省的な曲も含む作品である。そのため、冒頭にこの曲があることで、The Bethsの従来のスピード感を保ちながら、歌詞の主題としてはより複雑な自己防衛を提示している。
Pitchforkのレビューでは、この曲について、Stokesが曲名を繰り返す一方で、音楽はまったく別のことを語っていると指摘されている。ギター・ソロが上昇し、緊張が高まり、曲は爆発する。つまり、言葉では「興奮していない」と言っているのに、演奏は明らかに興奮している。この矛盾は、The Bethsのソングライティングの特徴をよく表している。
AllMusicも『Jump Rope Gazers』の冒頭曲として「I’m Not Getting Excited」を取り上げ、エネルギッシュで楽しいポップ・パンク的な曲として位置づけている。この評価からも分かるように、この曲はアルバム全体の中で、The Bethsの速く明るい側面を担っている。一方で、歌詞の内容は単純な祝祭ではなく、期待を抑えようとする神経質な心理である。
4. 歌詞の抜粋と和訳
I’m not getting excited
和訳:
私は浮かれてなんかいない
この一節は、曲全体の主題をそのまま示している。語り手は、自分が期待していることを認めたくない。興奮してしまえば、そのぶん失望する可能性も大きくなる。だから先に自分へ言い聞かせるように、「浮かれていない」と繰り返す。
この言葉が面白いのは、曲のサウンドと明らかに矛盾している点である。演奏は速く、ギターは勢いを増し、ボーカルも抑えきれないテンションを帯びていく。つまり、歌詞は否定しているが、音楽は肯定している。語り手の理性は興奮を否定し、身体や演奏は興奮を露呈している。
I’m not getting my hopes up
和訳:
期待なんてしていない
この表現も、自己防衛の言葉である。期待を持つことは楽しいが、同時に危険でもある。語り手は、期待を持たないことで自分を守ろうとしている。しかし、わざわざそう言う時点で、すでに期待が生まれていることも伝わる。
歌詞の引用は、批評・解説に必要な最小限にとどめている。歌詞は著作権で保護されたテキストであり、ここでは楽曲の主題と表現方法を説明する目的で、ごく短い一部のみを扱った。
5. サウンドと歌詞の考察
「I’m Not Getting Excited」のサウンドは、The Bethsの得意とするパワー・ポップ/インディー・ロックの形を取っている。テンポは速く、曲の始まりから前へ進む力が強い。ギターはクリーンすぎず、適度に歪み、コードの刻みとリードのフレーズが曲を引っ張る。音の密度は高いが、重すぎず、メロディを聴かせる余白もある。
Jonathan Pearceのギターとプロダクションは、The Bethsのサウンドを理解するうえで重要である。ギターは単なる伴奏ではなく、曲の感情の変化を担当している。「I’m Not Getting Excited」では、歌詞が感情を抑え込もうとする一方で、ギターはどんどん高揚していく。特に曲が進むにつれて、ギター・ソロやリードの動きがテンションを押し上げる。この上昇感が、歌詞の否定を裏切っている。
リズム隊も曲の勢いを支えている。Benjamin Sinclairのベースは、ギターの明るいコード感を下から支えつつ、曲の疾走感を損なわない。Tristan Deckのドラムは、細かく動きながらも曲を散らさず、タイトにまとめている。The Bethsの演奏は、勢いだけでなく、かなり緻密に組み立てられている。ジャズを学んだメンバーたちによるバンドらしく、シンプルに聴こえる場面にも細かなアレンジがある。
Elizabeth Stokesのボーカルは、曲の中心である。彼女の声は、過度にロック的に叫ぶタイプではない。比較的明るく、はっきりした発音で、メロディを正確に届ける。しかし歌詞の内容は、自己不信や不安を含んでいる。この声の明るさと歌詞の神経質さの組み合わせが、The Bethsの魅力である。「I’m Not Getting Excited」でも、軽快に歌われるほど、語り手の不安が逆に見えてくる。
コーラスの使い方も重要である。The Bethsは、複数の声を重ねることで、メロディを強く記憶に残す。『Future Me Hates Me』でも、コーラスや掛け合いは大きな魅力だった。「I’m Not Getting Excited」では、タイトル・フレーズの反復が、自己暗示のようにも、バンド全体での叫びのようにも聞こえる。個人的な不安が、ポップな合唱に変わる瞬間である。
歌詞とサウンドの関係は、この曲の最も重要な部分である。歌詞は「興奮していない」「期待していない」と繰り返す。だが、曲は明らかに興奮している。テンポ、ギター、ドラム、コーラスはすべて前のめりで、抑制よりも放出へ向かっている。この矛盾によって、語り手の心理がよりリアルになる。人は本当に落ち着いているとき、自分に何度も「落ち着いている」と言い聞かせる必要はない。繰り返し否定すること自体が、期待の存在を証明している。
この構造は、The Bethsの多くの曲に共通する。彼女たちは、明るいギター・ポップの形式を使いながら、歌詞では自己嫌悪、不安、恋愛の失敗、過剰な思考を扱う。「Future Me Hates Me」では未来の自分に嫌われるという自己皮肉を歌い、「Happy Unhappy」では幸せと不安の混在を扱った。「I’m Not Getting Excited」は、その延長線上にありながら、より短く、速く、アルバム冒頭曲として即効性のある形に整理されている。
『Jump Rope Gazers』全体の中で見ると、「I’m Not Getting Excited」はやや特殊な役割を持つ。アルバムには、タイトル曲「Jump Rope Gazers」や「Out of Sight」のように、前作よりも柔らかく、感情をゆっくり見せる曲が含まれている。その中で「I’m Not Getting Excited」は、The Bethsの従来のエネルギーを最初に提示し、聴き手を引き込む役割を担う。ただし、アルバムが進むと、その勢いだけではないバンドの側面が見えてくる。
「Dying to Believe」と並べると、この曲の導入としての強さが分かる。『Jump Rope Gazers』の冒頭2曲は、The Bethsがまだ鋭いギター・ポップを鳴らせることを示している。一方で、その後の曲ではより落ち着いた表現へ広がっていく。つまり「I’m Not Getting Excited」は、前作からの橋渡しであり、同時に2作目のテーマである不安、距離、期待の管理を最初に提示する曲である。
この曲は、ライブでも強く機能するタイプの楽曲である。短く、速く、フックが明確で、サビを一緒に歌いやすい。The Bethsの音楽は、スタジオ録音の細かなハーモニーやアレンジも魅力だが、基本にはバンドとしての演奏の強さがある。「I’m Not Getting Excited」は、そのバンド感が非常にはっきり出ている。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Future Me Hates Me by The Beths
The Bethsの代表曲のひとつで、明るいギター・ポップと自己皮肉的な歌詞が結びついている。「I’m Not Getting Excited」の期待と不安の混在が好きな人には、同じバンドの核心をより分かりやすく示す曲である。
- Happy Unhappy by The Beths
幸せであることと不安であることが同時に存在する感覚を扱った楽曲である。軽快なメロディと内向的な歌詞の対比が「I’m Not Getting Excited」と近い。The Bethsの歌詞の巧さを理解しやすい曲である。
- Dying to Believe by The Beths
『Jump Rope Gazers』の2曲目で、「I’m Not Getting Excited」と並んでアルバム前半の勢いを作っている。よりギターの押し出しが強く、バンドのタイトな演奏を楽しめる。2曲続けて聴くと、2作目冒頭の設計がよく分かる。
The Bethsと同じく、明るいギター・ポップの中に複雑な感情を入れる現代インディー・バンドの例として聴きやすい。Alvvaysはよりドリーム・ポップ寄りだが、メロディの強さと歌詞の苦さに共通点がある。
- Pedestrian at Best by Courtney Barnett
オーストラリアのインディー・ロックにおける早口の自己分析とギターの勢いが魅力の曲である。「I’m Not Getting Excited」よりも荒く、怒りの成分が強いが、自分の思考を皮肉りながらロック・ソングに変える点で近い。
7. まとめ
「I’m Not Getting Excited」は、The Bethsの2作目『Jump Rope Gazers』の冒頭を飾る楽曲である。タイトルでは興奮を否定しているが、サウンドは速く、明るく、明らかに高揚している。この言葉と演奏の矛盾が、曲の中心的な魅力である。
歌詞では、期待しすぎないように自分を抑えようとする語り手が描かれる。何かに期待することは楽しいが、同時に失望の可能性も生む。その不安を避けるために、語り手は「興奮していない」と繰り返す。しかし、曲の勢いはその自己暗示を裏切り、抑えきれない期待を音で示している。
The Bethsらしい明快なメロディ、タイトなバンド演奏、重なるコーラス、自己分析的な歌詞が一曲の中に凝縮されている。「I’m Not Getting Excited」は、デビュー作の勢いを引き継ぎながら、『Jump Rope Gazers』のより複雑な感情表現へ入っていくための入口である。The Bethsのパワー・ポップ的な魅力と、不安を歌に変えるソングライティングの巧さを理解するうえで重要な一曲だといえる。
参照元
- The Beths Bandcamp「I’m Not Getting Excited」
- The Beths Bandcamp「Jump Rope Gazers」
- The Beths公式サイト「Videos」
- Apple Music「Jump Rope Gazers」
- Shazam「I’m Not Getting Excited」
- Pitchfork「The Beths: Jump Rope Gazers Album Review」
- AllMusic「The Beths: Jump Rope Gazers」
- The Fire Note「The Beths: Jump Rope Gazers Album Review」

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