1. 歌詞の概要
「Like Clockwork（まるで時計仕掛けのように）」は、The Boomtown Rats（ブームタウン・ラッツ）が1978年にリリースしたセカンド・アルバム『A Tonic for the Troops』に収録された楽曲であり、同年のシングルとしても発表された。テンポの早いニューウェーブ／パンク色の強いこの曲は、当時のロンドンの若者文化の空気感を鋭く捉えつつ、「機械的な生活」「制度の中で感情を失った現代人」というテーマを内包している。
タイトルの“Like Clockwork”は、直訳すれば「時計仕掛けのように」となり、「規則正しく、無感情に、予定調和のごとく」というニュアンスを含んでいる。本作では、まさにその“自動的に生きる感覚”、すなわち感情の希薄化と予測可能な人生のむなしさを、スピーディーなビートと焦燥感に満ちたボーカルで表現している。
パンクの怒りを踏襲しながらも、そこに文学的かつ都市的な批評性を加えたこの曲は、The Boomtown Ratsが“ただのパンクバンドではない”ことを示すターニングポイントとなった一曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲が作られた1978年当時、イギリスは経済の停滞と社会の閉塞感の中にあり、特に若者たちは未来を見失い、無感動とアイロニーを抱えて日々を送っていた。The Boomtown Ratsはアイルランド・ダブリン出身ながら、早い段階でロンドンに進出し、UKの若者文化の渦中に飛び込んでいった。
「Like Clockwork」は、そうした状況下における“機械化された自己”と“システムに組み込まれた存在”に対する気づきと不安を描いた曲であり、特定の政治的主張ではなく、もっと個人のレベルでの感情麻痺をテーマにしている点が注目に値する。
これは同時代に発表されたJoy Divisionの「She’s Lost Control」や、The Clashの「Lost in the Supermarket」などと並び、自己と社会の境界線がぼやける不安をポップソングに落とし込んだ先駆的な作品である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Up tight, don’t feel right
I’ve got to get out of this rat trap
締めつけられてる、気持ち悪い
このネズミの罠（Rat Trap）から抜け出さなきゃ
序盤では、不安定な精神状態と閉塞的な環境が重ね合わされている。“Rat Trap”は、バンドの別楽曲でも使われる象徴的な言葉で、ここでは“逃れられない日常”を指している。
Every day is the same old story
It’s like clockwork
毎日が、決まりきった繰り返し
まるで時計仕掛けみたいなんだ
この部分が曲の主題である。“Like clockwork”とは、感情も思考もないままルーティンを生きていくことへの疑念と嫌悪を意味している。人間であるはずの自分が、機械的な振る舞いに飲み込まれていくことの恐怖が、軽快なリズムの下に隠れている。
You can’t switch it off
The whole damn system’s stuck
止めることなんてできやしない
だって、クソみたいなこのシステムが完全に固まってるからさ
ここでは、感情的にも社会的にも“停止不可能な状態”に陥っていることが告げられている。何かがおかしいと気づいていても、システムは止まらない──という現代人特有の無力感が凝縮されている。
（出典：Genius Lyrics）
4. 歌詞の考察
「Like Clockwork」は、パンク以後の音楽が向き合い始めた“内面の停滞”と“構造化された絶望”を描いた初期の傑作である。
ボブ・ゲルドフの描く世界は、決して爆発的な怒りや革命的な衝動によって打ち壊されるものではない。むしろ、じわじわと自我を侵食していく“機械的日常”の恐ろしさが描かれており、それは現代におけるメンタルヘルスやアイデンティティの希薄化といった問題にも先駆的に接続している。
また、歌詞の随所にみられるユーモアと皮肉の混在は、The Boomtown Ratsの特徴でもあり、単なる悲観主義ではない。自分たちがその構造の一部であることを認識しながらも、そこに一筋の“問いかけ”を投げかける視線が宿っている。
「Like Clockwork」は、今を生きる私たちにとっても、自動的に繰り返される日々に“気づく”ための警鐘のような一曲なのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Making Plans for Nigel by XTC
計画された人生に押し込められた若者の不安と機械化された社会を描いた名作。 - She’s Lost Control by Joy Division
感情が逸脱していく過程を冷静に観察した、都市の絶望を映す名曲。 - Private Lives by Ultravox
公と私、自己と他者の境界が失われることへの不安を美学的に表現。 - Subdivisions by Rush
サバービアに押し込まれる若者の“どこにも居場所がない”感覚を叙情的に描いた一曲。
6. 音楽という機械が吐き出す“自動化された人生”への異議申し立て
「Like Clockwork」は、単なる若者の怒りや苛立ちを描いたパンクソングではない。それは人間が無意識のうちに“機械”として生きてしまうことの恐怖と、その気づきの瞬間を描いた、鋭利な文明批評でもある。
The Boomtown Ratsは、その鋭い観察眼と語彙で、システムの中に押し込められた“個”を取り戻そうとする問いを投げかけた。それは1978年のロンドンでも、2020年代のどこかの都市でも、まったく同じように響く。
The Boomtown Ratsの「Like Clockwork」は、何も感じなくなってしまった自分にハッとする瞬間のサウンドトラックである。もし日々があまりにも予定通りすぎるなら、それは「壊れている」のではなく、「よくできすぎている」のかもしれない。その時、人間は時計仕掛けの一部になるのだ。気づいた今こそ、巻き戻すか、歯車を壊すか――選ぶべき時なのかもしれない。
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