1. 歌詞の概要
「Chance」は、Red Lorry Yellow Lorry（レッド・ローリー・イエロー・ローリー）が1985年に発表したデビュー・アルバム『Talk About the Weather』に収録された楽曲であり、その硬質な美学と抑制された激情が印象的なナンバーである。
タイトルの「Chance（チャンス）」という言葉は、可能性や選択肢を意味する一方で、「偶然」や「運命のいたずら」といった不確定性も孕んでいる。本曲ではその二面性を背景に、チャンスというものが人間にとっていかに不確かで儚く、時に苦悩や破滅さえも招くものであるかを、冷ややかかつ繊細に描いている。
この楽曲は、感情の高まりを爆発的なサウンドで表現するのではなく、冷静な語りと繰り返しの中に潜む焦燥と憂鬱で聴く者を包み込む。その姿勢は、ポストパンクというジャンルの核心にある“抑圧された叫び”そのものであり、1980年代の英国の荒涼とした空気をそのまま音に封じ込めたような作品である。
2. 歌詞のバックグラウンド
Red Lorry Yellow Lorryは、1981年にイングランド・リーズで結成されたポストパンク／ゴシックロックバンドであり、Joy DivisionやThe Sisters of Mercy、Killing Jokeらと共鳴しながら、より無骨で即物的な音作りに特化した存在だった。
「Chance」が発表された1985年という時代は、サッチャー政権下のイギリスにおける社会的緊張や、労働者階級の不安が高まっていた時期でもあり、若者たちは未来への“チャンス”を見出せずにいた。そのような時代背景の中、この楽曲の冷たくも焦がれるような語り口は、夢の不在と機会の喪失を象徴するものとして強く響いた。
また、この曲は単なる個人的内省を超え、集団的疎外や希望なき時代に生きる人々の感情を象徴的に映し出す装置でもある。メロディは単調で重く、しかし言葉のひとつひとつが鋭利に研がれており、むしろ音数の少なさが、語られぬ感情の多さを際立たせている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Red Lorry Yellow Lorryの楽曲はしばしば言葉数が少なく、反復が中心となる構成が多いが、「Chance」もその例に漏れない。以下は印象的なラインである：
Take a chance
チャンスを掴めTake a chance
賭けてみろ
この一見シンプルなリフレインには、命令にも懇願にも似た響きがある。冷たく投げかけられるこの言葉は、世界の不確かさの中で「賭けるしかない」という絶望的状況を示唆しているようにも思える。
If you lose
負ければIt’s the end
それで終わりだ
ここには、選択と責任が一体となったプレッシャーが込められている。“チャンス”が与えるのは希望ではなく、むしろ一発勝負の残酷さなのだ。
（出典：Genius Lyrics）
4. 歌詞の考察
「Chance」における“チャンス”とは、明るい未来への扉ではない。むしろそれは、追い詰められた者が最後に賭ける“ギャンブル”のようなものとして描かれている。そして、その賭けが失敗すれば「終わり」──そこにあるのは希望ではなく、“選ばざるを得ない状況”に陥った者の悲痛な現実である。
このように「Chance」は、“可能性”の語義を極限まで反転させる。通常ならば希望や前進の象徴であるこの言葉が、ここではほとんど絶望の同義語として機能している。それは、1980年代のポスト産業社会の若者たちが抱いた“可能性の不在”という心理を代弁していると言えるだろう。
また、語り手は決して叫ばない。感情を露わにするのではなく、抑えた声で「Take a chance」と繰り返すことで、かえってその言葉に強い“警告”のような響きを与えている。感情の高ぶりではなく、感情を押し殺した先にある諦念──それこそがこの曲の本質であり、ポストパンク的絶望の美学なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Twenty Four Hours by Joy Division
人生の終末感と孤独を静かに描く楽曲。反復と感情の抑制という点で「Chance」と共通する。 - Marian by The Sisters of Mercy
硬質で冷たい音の中に秘められた苦悩と官能性が魅力。ゴシックロックの名曲。 - Repetition by The Fall
言葉とリズムの執拗な反復によって、都市生活の異常性を露呈する知的パンク。 - Follow the Leaders by Killing Joke
同調圧力と選択の自由の幻想を、攻撃的なサウンドで描いたポストパンクの鉄板。
6. 絶望の中の選択肢：反復と沈黙の哲学
Red Lorry Yellow Lorryの「Chance」は、選択と逃避の狭間に立たされた人間の心情を、最小限の語彙と最大限の緊張感で表現した、極めて完成度の高いポストパンク楽曲である。
“チャンス”はここでは「祝福」ではなく、「試練」あるいは「罠」として立ちはだかる。何もしないこともできず、何をしても報われない。それでも一歩踏み出すしかない──この不条理な構造が、冷たいギターとタイトなリズムの上で反復されることで、聴き手に強烈な“生の不確かさ”を突きつけてくる。
「Chance」は、無表情な声と硬質なサウンドの中に、時代の焦燥と個人の絶望を宿した傑作である。そこには“希望”の欠片すらないかもしれない。それでも、“立ち止まれない者たち”の心にとって、この曲の冷たい光は、確かに何かを照らしてくれる。その何かが希望か、それとも最後の絶望か──それは、聴く者自身が“賭ける”ことによって初めて分かるのかもしれない。
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