
1. 楽曲の概要
「This Corrosion」は、The Sisters of Mercyが1987年に発表した楽曲である。セカンド・アルバム『Floodland』に収録され、同作からのリード・シングルとして同年9月にリリースされた。作詞作曲はAndrew Eldritch、プロデュースはJim Steinmanが担当している。シングルは全英チャートで上位に入り、The Sisters of Mercyの代表曲のひとつとして定着した。
The Sisters of Mercyは、1980年代のゴシック・ロックを代表するバンドである。ただし「This Corrosion」が発表された時点で、バンドは初期のギター中心のポストパンク的サウンドから大きく変化していた。1985年の『First and Last and Always』の後、Wayne HusseyとCraig Adamsが脱退し、The Missionを結成した。Andrew EldritchはThe Sisters of Mercy名義を継続し、Patricia Morrisonを迎えて『Floodland』を制作する。
「This Corrosion」は、その再編後のThe Sisters of Mercyを強烈に印象づけた楽曲である。ドラムマシン「Doktor Avalanche」のビート、巨大な合唱、低く響くEldritchのボーカル、長大な構成、ゴシック・ロックを超えたロック・オペラ的なスケールが特徴である。アルバム版や12インチ版は長尺で、7インチ・シングル版では短く編集されている。
この曲は、The Sisters of Mercyのカタログの中でも特に異様な存在感を持つ。暗いロック・ソングでありながら、ほとんど祝祭的な合唱を備えている。ゴシックでありながら、Jim Steinmanらしい過剰な演劇性もある。沈鬱さと大仰さ、皮肉とカタルシス、冷たさと熱量が同時に存在する点が、「This Corrosion」の核心である。
2. 歌詞の概要
「This Corrosion」の歌詞は、明確な物語を順番に語るものではない。断片的なフレーズ、宗教的な語彙、肉体や腐食を思わせる言葉、対立する人物への皮肉が並ぶ。歌詞は抽象的に聞こえるが、背景にはThe Sisters of Mercyの分裂と、脱退メンバーへの反応があるとされる。
タイトルの「corrosion」は「腐食」「侵食」を意味する。金属が少しずつ錆びていくように、関係、信念、言葉、音楽の様式が内側から崩れていく感覚を示している。曲中で繰り返される「this corrosion」という言葉は、特定の相手だけでなく、ロック・シーンの虚飾、過剰なロマン主義、ゴシック的な身振りそのものへの皮肉としても響く。
Eldritchはこの曲を、以前のバンドメンバーが作る音楽や言葉遣いへのパロディとして構想したと語られている。つまり、曲は自分たちの過去や、The Missionに引き継がれたゴシック・ロック的な感傷を、あえて巨大で過剰な形に膨らませることで風刺している。皮肉なことに、その過剰さこそが曲をThe Sisters of Mercy最大級の代表曲にした。
歌詞には、宗教的なイメージや終末的な響きが多い。ただし、これは信仰の歌ではない。むしろ、救済や浄化の言葉が、腐食や崩壊のイメージと同時に置かれることで、聖なるものと俗なるものが混ざり合う。The Sisters of Mercyの歌詞に特有の、神話化された言葉を冷たく扱う態度がよく表れている。
3. 制作背景・時代背景
「This Corrosion」が収録された『Floodland』は、1987年に発表された。前作後のバンド分裂を経て、Andrew EldritchはThe Sisters of Mercyをほぼ自身のプロジェクトとして再構築した。Patricia Morrisonはベースおよびヴィジュアル面で重要な存在となり、アルバム全体の黒く重いイメージを支えた。
制作面で最も重要なのは、Jim Steinmanの参加である。SteinmanはMeat Loaf『Bat Out of Hell』やBonnie Tyler「Total Eclipse of the Heart」などで知られ、ロック、ミュージカル、オペラ的な大仰さを結びつけるプロデューサー/ソングライターである。The Sisters of Mercyの冷たいゴシック性と、Steinmanの過剰な劇場性は、一見すると正反対に見える。しかし「This Corrosion」では、その衝突が曲の異常なスケールを生んだ。
この曲には大規模な合唱が導入されている。ゴシック・ロックに合唱を加えること自体は珍しいが、ここでは単なる装飾ではない。合唱は曲を教会的、軍隊的、あるいはカルト的な空間へ押し広げる。Eldritchの低い声が冷たく中心にあり、その周囲を巨大な声の壁が取り囲む構造になっている。
1980年代後半のロック・シーンでは、ゴシック・ロックが地下的な暗さを保ちながら、より大きなプロダクションへ向かう動きもあった。The Cure、Siouxsie and the Banshees、The Mission、Fields of the Nephilimなどがそれぞれ異なる形で暗いロックの可能性を広げていた。『Floodland』はその中でも、ゴシック・ロックをスタジオ作品として巨大化させた代表的なアルバムである。
「This Corrosion」は、そのアルバムの象徴的な曲である。初期The Sisters of Mercyの鋭く乾いた音像とは異なり、ここでは音が大きく、厚く、演劇的である。だが、単に派手になったわけではない。Eldritchの皮肉、冷笑、自己演出が、Steinmanの過剰なプロダクションと結びつき、ゴシック・ロックのパロディでありながら、同時にゴシック・ロックの到達点にもなっている。
4. 歌詞の抜粋と和訳
Hey now, hey now now, sing this corrosion to me
和訳:
さあ、今だ、この腐食を私に歌ってくれ
このフレーズは、曲の中心的な反復である。「corrosion」は本来、崩壊や劣化を意味する言葉だが、ここでは歌われる対象になっている。腐食を止めるのではなく、むしろそれを歌わせる。ここに、The Sisters of Mercyらしい倒錯した美学がある。
Gimme the ring, kissed and toll’d
和訳:
指輪をよこせ、口づけられ、鐘を鳴らされたものを
この一節には、婚姻、契約、儀式、弔鐘のようなイメージが重なる。愛や結合を示すはずの指輪が、同時に死や終わりの感覚を帯びている。The Sisters of Mercyの歌詞では、ロマンティックな言葉がしばしば破滅や皮肉と結びつく。この曲でも、儀式的な言葉は祝福ではなく腐食の一部として響く。
歌詞引用は批評・解説に必要な最小限にとどめている。歌詞の権利は各権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「This Corrosion」のサウンドは、The Sisters of Mercyの中でも最も巨大である。曲は合唱で始まり、通常のロック・バンドの演奏というより、儀式や劇場の幕開けのように展開する。聴き手は最初から、普通のギター・ロックとは違う空間に置かれる。
Jim Steinmanのプロデュースは、この曲の性格を決定づけている。Steinmanは、ロックを過剰なドラマとして扱う作家である。彼の作品では、愛、死、欲望、破滅がしばしば大きな身振りで提示される。「This Corrosion」でも、合唱、長尺構成、段階的な盛り上がりによって、ゴシック・ロックが一種のロック・オペラへ変換されている。
一方で、Andrew Eldritchの声は、Steinman的な熱狂とは距離を取っている。彼のボーカルは低く、冷たく、感情を露骨に爆発させない。周囲の合唱がどれほど大きくなっても、Eldritchはその中心で乾いた声を保つ。この対比が重要である。曲の外側は熱狂しているが、中心は冷めている。そこに、The Sisters of Mercyらしい皮肉がある。
ドラムマシン「Doktor Avalanche」の存在も大きい。人間のドラマーによる揺れではなく、機械的に進むビートが曲の土台を作る。合唱やシンフォニックな要素が過剰に盛り上がる一方で、リズムは冷たく反復される。この組み合わせによって、曲は宗教的な熱狂にも、軍隊的な行進にも、クラブ的なダンスにも聞こえる。
ベースは、曲に重心を与えている。『Floodland』期のThe Sisters of Mercyでは、低音が非常に重要である。「Lucretia My Reflection」ほど明確なベース主導ではないが、「This Corrosion」でも低音は巨大な音像を支える土台になっている。Eldritchの声の低さとベースの重さが結びつき、曲全体を暗い方向へ引き戻している。
歌詞とサウンドの関係で見ると、この曲は「腐食」を祝祭化している。腐食とは本来、壊れていくこと、弱っていくこと、内部から失われることである。しかし「This Corrosion」では、それが合唱によって大きく歌われる。崩壊が小さく静かに進むのではなく、壮大な儀式として提示される。この倒錯が曲の面白さである。
「This Corrosion」は、The Missionへの皮肉として語られることがあるが、単なる個人的な攻撃にとどまらない。むしろ、ゴシック・ロックが持つ大げさな言葉遣い、神秘性、ロマン主義を、さらに大げさにして見せることで、その様式を内側から暴露している。だが同時に、曲はその大げささに本気で身を委ねてもいる。パロディと本気の境界が曖昧である。
同じ『Floodland』の「Dominion / Mother Russia」と比較すると、「This Corrosion」はより演劇的で、より合唱的である。「Dominion / Mother Russia」が冷戦的なスケールと地政学的な緊張を持つのに対し、「This Corrosion」はもっと宗教儀式やロック・オペラに近い。「Lucretia My Reflection」と比べると、低音の反復よりも、声の壁と長大な展開が中心になる。
この曲の聴きどころは、過剰さそのものにある。通常なら、過剰な合唱や長尺構成は曲を重くしすぎる可能性がある。しかし「This Corrosion」では、その過剰さが主題と一致している。腐食、崩壊、儀式、皮肉を扱うには、むしろこの大きすぎる音像が必要だったといえる。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Lucretia My Reflection by The Sisters of Mercy
『Floodland』収録の代表曲で、反復するベースラインとドラムマシンの推進力が強い。「This Corrosion」の演劇性に対して、こちらはより低音主導で身体的である。『Floodland』期のThe Sisters of Mercyを理解するうえで欠かせない。
- Dominion / Mother Russia by The Sisters of Mercy
同じ『Floodland』収録曲で、冷戦的なイメージと帝国的なスケールを持つ。巨大なプロダクションと政治的・神話的な言葉遣いが、「This Corrosion」と共通している。アルバム全体の世界観をつかむために重要である。
- More by The Sisters of Mercy
1990年のアルバム『Vision Thing』収録曲で、Jim Steinmanが関わった楽曲である。「This Corrosion」の過剰なロック・オペラ性を、よりハードロック寄りに発展させた曲として聴くことができる。EldritchとSteinmanの相性を考えるうえでも興味深い。
- Tower of Strength by The Mission
The Sisters of Mercyを脱退したWayne HusseyとCraig AdamsによるThe Missionの代表曲である。「This Corrosion」がしばしばThe Mission的なゴシック・ロックへの皮肉として語られることを踏まえると、比較対象として重要である。よりロマンティックでギター・ロック的なゴシック性を持つ。
- Total Eclipse of the Heart by Bonnie Tyler
Jim Steinmanが作曲・プロデュースした代表的な楽曲である。ジャンルは異なるが、巨大な構成、劇的な合唱、愛と破滅を結びつける感覚は「This Corrosion」と共通している。Steinman的な過剰さを理解するために聴きたい曲である。
7. まとめ
「This Corrosion」は、The Sisters of Mercyの1987年作『Floodland』を象徴する楽曲であり、バンドの再編後のイメージを決定づけた代表曲である。Andrew Eldritchの冷たい声と、Jim Steinmanによる巨大なプロダクションが衝突し、ゴシック・ロックをロック・オペラ的なスケールへ拡張している。
歌詞は、腐食、儀式、宗教的な言葉、過去のバンド関係への皮肉を含みながら、明確な物語には収まらない。腐食を止めるのではなく、それを歌わせるという発想が、この曲の倒錯した魅力である。壊れていくものが、巨大な合唱によって祝祭のように鳴らされる。
サウンド面では、大規模な合唱、ドラムマシン、重い低音、Eldritchの低い声が一体となっている。ゴシック・ロックの暗さを保ちながら、同時にポップ・シングルとしての強いフックも持つ。長大で過剰でありながら、サビの反復は非常に記憶に残る。
「This Corrosion」は、The Sisters of Mercyの音楽が持つ皮肉と本気の境界を最もよく示す曲である。ゴシック・ロックを笑っているようで、同時にその美学を最大限に拡張している。『Floodland』の中心的な楽曲であり、1980年代後半のゴシック・ロックを語るうえで避けて通れない一曲といえる。
参照元
- Discogs – The Sisters Of Mercy – This Corrosion
- Discogs – The Sisters Of Mercy – Floodland
- Pitchfork – The Sisters of Mercy: Floodland Review
- The Sisters of Mercy Official Site
- SistersWiki – This Corrosion
- SistersWiki – Floodland
- Jim Steinman Song Archive – The Sisters of Mercy “This Corrosion”
- Discogs – The Sisters Of Mercy – This Corrosion 1987 Vinyl

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