1. 歌詞の概要
「This Corrosion」は、The Sisters of Mercyが1987年に発表したセカンド・アルバム『Floodland』の先行シングルとしてリリースされた楽曲であり、バンド最大のヒットのひとつである。この曲は、宗教的なイメージ、政治的な隠喩、裏切りと腐敗といったテーマを壮大な音像で描き出し、ポストパンクやゴシックロックという枠を超えた文化的存在感を放っている。
タイトルにある「Corrosion(腐食)」とは、比喩的に心の中の腐敗、社会の堕落、そして人間関係における裏切りの象徴とも読み取れる。この曲が持つ力強いコーラスと叩きつけるようなリズム、重厚なシンセサイザーの波に乗せて、エルドリッチの冷徹な語りは、まるで時代そのものを断罪するかのようだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「This Corrosion」は、The Sisters of Mercyの分裂と再生を象徴する一曲である。1985年、バンドの創設メンバーであるウェイン・ハッセイとクレイグ・アダムスが脱退し、彼らは新バンドThe Missionを結成。これに対して、アンドリュー・エルドリッチは新たなプロジェクトとして『Floodland』の制作に着手し、その中で誕生したのがこの曲である。
制作には、大物プロデューサーのジム・スタインマン(Meat Loafの『Bat Out of Hell』で知られる)が参加。彼の手腕によって、ゴシック・ロックにオペラティックなスケール感とドラマティックな構成が加わり、唯一無二の楽曲に仕上がっている。
特徴的なのは、ニューヨークのグループ「New York Choral Society」による圧倒的なゴスペル・コーラスである。それはあたかも終末を迎える教会で響く讃美歌のように、荘厳でありながらも世俗的な不安を伴っている。この曲における宗教的な雰囲気と諷刺的な言葉のコントラストは、まさにエルドリッチの世界観の真骨頂だと言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は歌詞の一部である。引用元:Genius
Hey now, hey now now, sing this corrosion to me
なあ、今すぐ、この腐敗を俺に歌ってくれGive me the ring, kissed and told
指輪をくれ、口づけと秘密とともにGive me something that I missed (Give me the ring)
俺が見失っていたものをくれ(その指輪を)A hand to hold, wild and what it seems (Give me the ring)
握りしめるべき手をくれ、荒々しくも真実のように見える何かを
この「ring(指輪)」というモチーフは、契約、絆、あるいは呪縛を象徴しており、それを「kissed and told」と続けることで、信頼と裏切り、神聖とスキャンダルが交錯する。
4. 歌詞の考察
「This Corrosion」の歌詞には、復讐心、シニシズム、そして自己の再構築といったテーマが入り組んでいる。特に注目すべきは、「腐敗(Corrosion)」という言葉に込められた二重の意味合いである。それは単なる物理的な劣化ではなく、信仰、政治、愛情、あるいは音楽シーンそのものの内部崩壊を暗喩している。
この曲の成立背景にあるThe Missionとの確執を鑑みれば、「腐敗」とは自ら去っていったかつての仲間たちへの痛烈な批判とも解釈できる。「指輪」や「コーラス」といった象徴性の強いモチーフが繰り返されることで、宗教儀式のような荘厳さを纏いながらも、実はそれがすでに堕落した構造に基づいているというアイロニーが浮かび上がる。
また、この曲では愛と宗教、忠誠と裏切り、欲望と虚無といった対立構造が随所に現れる。エルドリッチの歌唱は、感情の起伏というよりもむしろ預言者的であり、怒りよりも冷静な観察眼を感じさせる。彼は神殿の中から外の腐敗を歌っているのではなく、腐敗した神殿そのものを讃えることで、聴き手にその異様さを悟らせるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Dominion / Mother Russia by The Sisters of Mercy
本作と同じ『Floodland』に収録された、政治と宗教を交差させた壮大な楽曲。 - Black Planet by The Sisters of Mercy
初期のサウンドにして、終末的なビジョンを持つ歌詞が特徴。 - Tower of Strength by The Mission
The Sisters of Mercy脱退組による代表作。対照的なメロディとスピリチュアルな雰囲気がある。 - Requiem by Killing Joke
腐敗と終焉のムードを持つインダストリアル・ロックの先駆け的存在。 - All Tomorrow’s Parties by The Velvet Underground
カルト的で神秘的な歌詞が、ポップと虚無を同時に体現している。
6. ゴシック・オペラとしての「This Corrosion」
「This Corrosion」は、単なるロック・ソングではなく、ある種の「音の儀式」として位置付けるべき作品である。ジム・スタインマンのプロダクションによって、楽曲はオペラティックな構成を持ち、壮大なシンフォニーのように展開する。
この曲のMVでは、エルドリッチが巨大な教会の前に立ち、黒いローブを身にまとって歌う姿が印象的だ。まるで失われた信仰を嘆きながらも、その破片の中から新たな神話を生み出そうとしているようである。
そして、楽曲そのものが持つ「腐食」のイメージ――それは、かつてあったはずの美しさや誠実さが時間と共に崩れていく過程そのものであり、同時にそれを「讃える」ことへの倒錯的な快感でもある。この曲を聴くことは、まるで朽ちかけた大聖堂の中で、荘厳な祈りを聞くような体験なのだ。
それは恐ろしくもあり、しかし抗いがたい魅力をもって、聴く者を引きずり込んでいくのである。
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