1. 歌詞の概要
「Rattlesnakes（ラトルスネイクス）」は、Lloyd Cole and the Commotionsのデビュー・アルバム『Rattlesnakes』（1984年）からのタイトル・トラックであり、彼らの知的でシニカルな音楽スタイルを象徴する楽曲である。
歌詞は、大学生と思しき若い女性の姿を中心に、文学や哲学、映画といったカルチャーへの言及を織り交ぜながら、都会的で複雑な人物像を浮かび上がらせる。彼女はグロリアと呼ばれ、恋愛や自意識、知性と不安のあいだで揺れる存在として描かれている。
「Rattlesnakes」というタイトルは、文字通りの蛇ではなく、**恋愛や人生に潜む危うさ、感情の毒性、そしてそれに惹かれてしまう人間の性（さが）**のようなものを象徴している。美しく、聡明で、自立しているように見える彼女の姿の裏には、脆さと不安、そして“知っているつもりで何も知らない”若さがある。
物語は短く断片的ながら、映画の一場面のように鮮やかに切り取られており、リリックそのものが一篇の短編小説のような奥行きを持っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Lloyd Cole and the Commotionsは、1982年にスコットランド・グラスゴーで結成されたバンドで、1984年にアルバム『Rattlesnakes』でデビュー。文学的な歌詞、チェンバーポップ的なアレンジ、インテリジェンスとロマンの同居するスタイルで、当時のUKロックシーンにおいて独自の地位を築いた。
「Rattlesnakes」は、ヴォーカルであり作詞を担うロイド・コールが得意とする“文化的引用”の粋を集めたような作品で、Joan Didion、Eva Marie Saint、Norman Mailerなど、アメリカ文学・映画界の固有名詞が多数登場する。これらの引用は単なる飾りではなく、主人公グロリアの内面と外面を描き出すための重要な装置となっている。
この曲が発表された80年代初頭のイギリスは、サッチャー政権下にあり、ポストパンクやニュー・ウェイヴが台頭する中で、若者たちはしばしば“皮肉なロマンチシズム”を抱えていた。「Rattlesnakes」は、その空気感を文学と音楽の融合という手法で見事に表現している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
（引用元：Genius Lyrics）
She looks like Eva Marie Saint in On the Waterfront
彼女はまるで『波止場』のイヴァ・マリー・セイントのように見える
She reads Simone de Beauvoir in her American circumstance
アメリカの現実のなかで、ボーヴォワールを読んでいる
She’s less than sure if her heart has come to stay in San Jose
自分の心がサンノゼに根を下ろしたか、彼女にはまだ分からない
But she’s so, she’s so like a woman to me
でも彼女は——彼女は僕にとってまぎれもなく“女”なんだ
この冒頭部分は、「グロリア」という女性の姿を端的に描写する極めて映画的な描写である。知的でスタイリッシュ、しかしどこか現実と折り合いのつかない彼女。Eva Marie Saintは冷たくも柔らかな美を持つ女優であり、Simone de Beauvoirはフェミニズムの哲学者。その両方を内包するような女性として、グロリアは描かれている。
4. 歌詞の考察
「Rattlesnakes」の魅力は、リリカルな短編小説のような構成にある。語り手はグロリアという女性に魅了されているが、同時に彼女の“無防備さ”や“若さ”に対して、どこか達観した視点を持っている。恋に落ちた男の視線でありながら、それは決して盲目的なものではなく、どこか醒めた文学者の眼差しでもある。
この楽曲は、ポップソングのフォーマットでありながら、「女性のポートレート」「都会的な疎外感」「知識と感情の乖離」といった文学的主題を巧みに描き出している。グロリアは聡明だが脆く、恋に臆病で、それでも何かを“知っていたい”と願っている。その姿は、80年代の若者の理想と不安の結晶として響いてくる。
また、曲のタイトル「Rattlesnakes」は、グロリアが持っている「危うさ」そのものの比喩とも取れる。彼女が身にまとっている知識や美しさは、まるで毒をもった蛇のように、近づく者を魅了し、そして時に傷つける。ロイド・コールはその毒にあえて惹かれてしまう自分の姿を、ユーモアと自己批判を交えながら描いているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- There She Goes by The La’s
憧れと不安、距離感を繊細に描いたブリティッシュ・ポップの名曲。 - Perfect Skin by Lloyd Cole and the Commotions
「Rattlesnakes」と双璧をなす、皮肉と魅了のポートレート・ソング。 - The Boy with the Thorn in His Side by The Smiths
繊細な心を抱えた語り手の、自意識と恋愛のバランスが秀逸。 - Kathy’s Song by Simon & Garfunkel
知的で繊細な語り口による遠距離恋愛の哀しみ。 -
This Charming Man by The Smiths
ウィットと欲望が絡み合う、英国的恋愛のアイロニカルな視点。
6. “美しさと危うさ”が同居する文学的ポップソング
「Rattlesnakes」は、文学性、知性、そしてポップの魅力が三位一体となった稀有な楽曲である。Lloyd Coleはこの一曲で、映画、文学、哲学、恋愛、自己批評という複数のレイヤーを一つのメロディに凝縮させた。そしてそれを、あくまでポップとして、ユーモアと軽やかさをもって語りきった。
この曲に登場するグロリアは、現実の誰かかもしれないし、文化的アイコンの投影かもしれない。それゆえに、聴く者にとっての“記憶の誰か”とも簡単に重ね合わされる。その曖昧で、でも鮮やかな輪郭が、聴くたびに異なる印象を残すのだ。
知的で、皮肉屋で、どこかロマンチック。「Rattlesnakes」は、1980年代UKポップの中でも、もっとも文学的な傑作のひとつであると言って過言ではない。ポップソングが、時に小説や映画を越えて人の心を揺さぶることができることを、静かに証明している。
コメント