
楽曲の概要
「This Love」は、Taylor Swiftが2014年に発表した5作目のアルバム『1989』に収録された楽曲である。作詞・作曲はSwift単独、プロデュースはSwiftとNathan Chapmanが担当した。『1989』の多くがMax Martin、Shellback、Jack Antonoff、Ryan Tedderらとの共同制作によるシンセポップで構成される中、「This Love」はSwiftの以前の作品にも通じるギターと生楽器の感触を残しながら、深いリバーブによって幻想的な音像を作っている。
歌詞では、一度離れていった恋愛が再び自分のもとへ戻ってくる過程を、海や波のイメージを使って描く。別れを完全な終点と考えるのではなく、愛する相手を手放すことと、その相手が戻ってくる可能性を受け入れることが同時に存在している。『1989』には不安定な恋愛を扱う曲が多いが、「This Love」はその中でも静かで、相手を追いかけるより時間の流れに任せようとする姿勢が目立つ。
歌詞の概要
語り手は、かつて親しかった相手が自分から離れていく経験をしている。その別れには痛みがあるものの、相手を無理に引き止めようとはしない。海へ流れていくものを岸から見送るように、いったん関係を手放す。その後、時間が経ったところで相手が再び現れ、失われたと思っていた関係にもう一度可能性が生まれる。
海はこの物語を支える中心的なイメージである。波は岸から離れていくが、やがて戻ってくる。人間が完全には制御できないその動きを恋愛に重ねることで、語り手は別れと再会を一続きの出来事として捉えている。相手が離れたことだけを失敗と考えるのではなく、距離を置いた時間まで含めて二人の関係だったと理解しようとしているように読める。
ただし、再会したからすべてが解決したという歌ではない。タイトルの「This Love」に対して、歌詞ではこの愛に良い面と悪い面の両方があることが認められている。幸福と苦痛をきれいに分けるのではなく、同じ関係の中に両方が存在する。そこに『1989』全体で繰り返される、不安定な恋愛を冷静に振り返ろうとする視点が表れている。
制作背景・時代背景
「This Love」は2012年10月17日にロサンゼルスで書かれた作品で、『1989』収録曲の中でも早い時期に成立した曲の一つである。Swiftはこの曲を当初、曲ではなく詩として書き始めたことをアルバム発表時の解説で明かしている。頭の中にメロディが浮かんだことで、その詩が楽曲へ変化していった。この成り立ちのためか、歌詞は具体的な会話や場面を細かく追うより、海、夜、暗闇、光といったイメージを連続させる作りになっている。
プロデュースを担当したNathan Chapmanは、Swiftの初期から『Red』まで長く制作を共にしてきた人物である。『1989』ではMartinやShellbackをはじめとするポップ系の制作者が大きな役割を持つため、Chapmanとの「This Love」はアルバムの中では例外的な組み合わせとなった。録音ではSwiftがアコースティック・ギターとバックグラウンド・ボーカル、Chapmanがベース、ドラム、エレクトリック・ギター、キーボードを担当している。
この曲が興味深いのは、『Red』から『1989』への移行を一曲の中で聞けることである。演奏には以前のSwift作品にもあった生楽器が残っている一方、それらを前面へ出すのではなく、残響の深いミックスによって輪郭をぼかしている。カントリー的な演奏を捨てて電子音へ置き換えるだけではなく、以前から使っていた楽器を別の聞こえ方へ変えることで、『1989』のポップな世界へ接続している。
歌詞の抜粋と和訳
「This Love」では海と波が最も重要なモチーフになっている。海へ出ていったものが再び岸へ戻る自然の動きと、一度離れた恋人が戻ってくる物語が重ねられている。重要なのは、語り手自身がその流れを完全に支配しているわけではないことである。相手を手放すという選択には、戻ってこない可能性も含まれている。
また、愛を単純に「良いもの」と決めない言葉も重要である。この関係は語り手に幸福だけでなく苦痛も与えてきた。それでも戻ってきた愛を受け入れることで、恋愛の価値を成功か失敗かという二択では判断しない姿勢が表れている。
サウンドと歌詞の考察
「This Love」を特徴づけるのは、まず音の遠さである。ギター、キーボード、ドラムといった楽器は使われているが、どれも耳のすぐ近くで鳴っているようには聞こえない。リバーブと呼ばれる残響を深く加えることで、一つの音が鳴った後にも響きが長く残り、楽器同士の境界がぼやけていく。霧の中や広い海辺で音を聞いているような空間が作られている。
この残響は、海を繰り返し描く歌詞とよく合っている。音が鳴って消えるのではなく、遠ざかりながら残り、別の音と重なる。その動きは、相手が語り手の人生から完全に消えるのではなく、離れている間も記憶として残り続ける状況に似ている。曲の音響そのものが、別れた相手との距離を表しているように聞こえる。
リズムも『1989』の他の代表曲とはかなり違う。「Shake It Off」や「Blank Space」ではビートの輪郭が明確で、曲を前へ押し出す力が強い。一方「This Love」のドラムは存在感を抑え、テンポを示しながらも音楽を急がせない。語り手が相手を追いかける物語ではないため、曲にも目的地へ急ぐような運動がない。
Nathan Chapmanのギターも、カントリー・ポップ的なストロークを前面へ出さない。エレクトリック・ギターは長い残響の中へ溶け込み、コードの輪郭より空間を作る役割が大きい。Swift自身のアコースティック・ギターも曲を支えているが、『Fearless』や『Speak Now』期のように演奏そのものを中心へ置くのではなく、複数の音の層の一つとして扱われている。
Swiftのボーカルも抑制されている。大きな声で失った相手を呼び戻すのではなく、出来事を少し離れたところから振り返るように歌う。息を多く含んだ柔らかな声と長い残響によって、歌詞が現在進行形の会話というより記憶の中の出来事に聞こえる。この距離感が、感情を直接爆発させる「All Too Well」のような曲との大きな違いである。
サビではバックグラウンド・ボーカルが増え、Swiftの声が複数の方向から聞こえるようになる。しかし音量を急激に上げて大きな解放感を作るわけではない。むしろ同じ声が波のように重なることで、静かなまま空間だけが広がっていく。サビを「爆発」ではなく「拡張」として作っている点が、この曲の幻想的な印象につながっている。
歌詞とアレンジの関係で特に重要なのは、反復である。波が何度も岸へ寄せては戻るように、曲も同じ旋律や言葉へ繰り返し戻ってくる。大きな転調や劇的なリズム変更によって新しい場所へ移動するより、同じ場所を少しずつ異なる響きで見せる。そのため、時間は進んでいるのに記憶だけが繰り返されるような感覚が生まれる。
「This Love」の物語も同じ構造を持っている。一度終わった関係が、直線的に過去へ遠ざかるのではなく、再び現在へ戻ってくる。通常なら別れから立ち直ることは相手との距離を広げることとして描かれやすいが、この曲では「手放すこと」と「戻ってくること」が矛盾しない。相手を自由にすることが、結果的に再会の可能性を作っている。
そのため、曲の静けさは単なる悲しさではない。語り手は完全に絶望しているわけでも、再会を確信して待っているわけでもない。自分では制御できないものを受け入れる状態にいる。波を止められないのと同じように、人の気持ちや関係の変化も完全には支配できないという感覚が、ゆっくり揺れる演奏から伝わってくる。
『1989』というアルバムの中では、この曲が持つ曖昧さも重要である。同作は一般にSwiftが本格的なポップ・アルバムへ移行した作品として知られるが、「This Love」はその変化が単純な「アコースティックからシンセへ」という交代ではなかったことを示す。Nathan Chapmanとの以前からの制作関係やギター中心の作曲を残しながら、音の処理を変えることで新しい世界を作っているからである。
2022年には「This Love (Taylor’s Version)」として再録音版も発表された。こちらはChristopher RoweとSwiftがプロデュースし、新たな演奏で原曲を再構築している。原曲が『Red』期から『1989』へ移っていく途中の記録だったのに対し、再録音版はその曲を後年のSwiftが改めて見つめる作品になった。過去へ流れていったものが別の形で戻ってくるという意味では、再録音という出来事自体が偶然にも「This Love」のテーマと重なっている。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「Clean」 by Taylor Swift
『1989』の最終曲で、恋愛が終わった後に少しずつ自分を取り戻す過程を描く。「This Love」と同じく水のイメージが重要だが、こちらでは戻ってくる愛より、過去から解放されることへ重点が置かれている。
「Wildest Dreams」 by Taylor Swift
残響の深いボーカルと幻想的なシンセによって、終わる可能性を含んだ恋愛を描く。「This Love」より官能的でドラマティックだが、現在の幸福をすでに記憶として眺めているような時間感覚が共通している。
「You Are in Love」 by Taylor Swift
『1989』デラックス版収録曲。大きな事件ではなく、沈黙や日常の小さな瞬間から恋愛を描く。「This Love」と同様に音数を抑えた空間的なプロダクションが、感情を直接説明しすぎない歌詞を支えている。
「The Blue」 by Gracie Abrams
静かなボーカルと広がりのあるポップ・プロダクションの中で、予想していなかった恋愛の到来を描く。「This Love」のように、強いビートより声の距離感と空間によって感情を大きく見せるタイプの作品である。
「Supercut」 by Lorde
終わった恋愛が記憶の中で美しく編集されてしまう感覚を描いた曲。「This Love」よりビートは強いが、現在と過去が混ざり合い、恋愛の記憶が何度も戻ってくるという時間の扱いに共通点がある。
まとめ
「This Love」は、一度離れた恋愛が戻ってくる物語を、海と波の循環によって描いた曲である。重要なのは再会そのものより、相手を手放すことと愛し続けることが同時に成立している点にある。Nathan Chapmanとの生楽器中心の録音にはSwiftの初期作品との連続性が残る一方、深いリバーブ、遠くに配置されたギター、重なるボーカルによって、『1989』らしい幻想的なポップへ変化している。別れから再会までを劇的な物語として説明するのではなく、離れては戻る音の反復として聞かせることで、恋愛を自分では完全に制御できない自然の流れのように表現した作品である。
参照元
- Taylor Swift公式サイト
- Taylor Swift『1989』作品・クレジット情報
- MusicBrainz『1989』リリース・クレジット情報

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