イントロダクション
乾いた風が吹き抜ける荒野、赤茶けた地平線、孤独と希望が交差する無名の町。
The Triffids(ザ・トリフィッズ)の音楽は、まるでオーストラリアの広大な風景をそのまま音にしたようだった。
それはゴシックでもあり、フォークでもあり、ポストパンクでもある。
ジャンルの定義では収まらない“情景の音楽”として、彼らは静かに、しかし深くリスナーの心に爪痕を残した。
バンドの背景と歴史
The Triffidsは1978年、西オーストラリア州パースでデヴィッド・マクコンビー(David McComb)を中心に結成された。
初期はカセットテープによる自主制作など、DIYスピリットを貫くインディーバンドとして活動。
1980年代に入ると本格的な音源制作を始め、1983年のミニアルバム『Treeless Plain』でその名を広める。
1984年、拠点をロンドンに移したことで、ヨーロッパのメディアからも注目を集めるようになる。
そして1986年、代表作『Born Sandy Devotional』を発表。
このアルバムは英メディアや音楽ファンから高い評価を受け、The Triffidsは“アウトバックの詩人たち”として神話化されていく。
しかし1989年に活動を停止。
中心人物であったマクコンビーはその後ソロや別ユニットでも活動するが、1999年、36歳という若さで急逝。
彼の死後、The Triffidsの音楽は“失われた宝石”として、再評価の機運が世界的に高まった。
音楽スタイルと影響
The Triffidsの音楽は、フォーク、カントリー、ポストパンク、サイケデリック、そしてオーストラリア特有の空間感覚を融合させたハイブリッドなスタイル。
楽器編成はギター、バイオリン、ピアノ、アコーディオン、スライドギターなど多彩で、
荒涼とした風景を描きながらも、センチメンタルでリリカルな表現が前面に出ている。
そして何より、デヴィッド・マクコンビーの詞と声。
彼の歌声は、沈んだ語り口とドラマティックな熱量が同居する独特のもので、
歌詞には土地、記憶、信仰、家族、恋愛、喪失といったテーマが、まるで詩集のように綴られていた。
Nick Cave & the Bad SeedsやThe Go-Betweensと並び、**“オーストラリアン・ゴシック”**と称される精神性を体現した存在である。
代表曲の解説
Wide Open Road(1986)
彼らの代表曲にして、永遠の名曲。
イントロのピアノとギターが呼応し、広がる空と果てしない道を描き出す。
〈I lost track of the wide open road〉というフレーズが繰り返されるたびに、旅の孤独と希望が交錯する。
そのサウンドは一見地味だが、聴くほどに染み入り、まるで人生そのものを辿るような深さを持つ。
The Triffidsを知らずとも、この曲だけで彼らの本質に触れることができる。
Bury Me Deep in Love(1987)
荘厳なオルガンとマクコンビーの声が絡むバラード。
まるでゴスペルのようなスピリチュアルな雰囲気を持ち、愛と祈りの歌でもある。
後にテレビドラマなどで使われるなど、彼らの作品の中でもとりわけ感情に訴える一曲。
生の儚さと愛の永続性を並列に歌い上げている。
Raining Pleasure(1984)
エモーショナルでポエティックな佳曲。
ピアノとストリングスがゆっくりと情景を描き、マクコンビーの詞がまるで短編小説のように展開していく。
物語性と音楽性の融合が見事で、“読むように聴く”という表現がしっくりくる。
アルバムごとの進化
『Treeless Plain』(1983)
バンドの初期衝動と土地への愛着が詰まったデビュー作。
フォークとカントリーを軸にしつつ、すでに物語性の強い世界観が立ち上がっている。
『Born Sandy Devotional』(1986)
名実ともに彼らの代表作。
「Wide Open Road」「Lonely Stretch」など、荒野と都市、夢と現実を行き来するようなサウンドスケープ。
イギリスのNMEやMelody Makerでも絶賛され、80年代のオルタナティヴ名盤として位置づけられる。
『Calenture』(1987)
より壮大で叙情的な音像へ。
「Bury Me Deep in Love」など、信仰や人間の本質に迫るような内省的な楽曲が並ぶ。
プロダクションは洗練されつつも、詩的な核はより深まっている。
影響を受けたアーティストと音楽
Bob Dylan、Leonard Cohen、The Velvet Undergroundといった詩的で精神性の強いアーティストからの影響が濃い。
また、アメリカーナ、トラディショナル・カントリー、英国ポストパンク(特にEcho & the Bunnymen、The Teardrop Explodes)などの要素も見受けられる。
影響を与えたアーティストと音楽
Nick Cave、The Go-Betweens、Courtney Barnett、The Drones、Rolling Blackouts Coastal Feverなど、
オーストラリアのインディー・ロック/シンガーソングライターたちにとって、The Triffidsは精神的支柱となっている。
また、彼らの“土地と文学を音楽で描く”という手法は、The NationalやTindersticks、Midlakeといった海外バンドにも影響を与えている。
オリジナル要素
The Triffidsの核にあるのは、“音楽で風景を描く”という姿勢である。
その風景はいつも乾いていて広く、でも決して空虚ではなく、心の奥を照らす温もりと哀しみがある。
また、詩と音楽が完全に統合されたスタイルは、80年代のどのバンドとも一線を画す。
マクコンビーの死によって伝説化されたが、彼の遺した言葉は今も生きている。
まとめ
The Triffidsは、静かで強いバンドだった。
彼らの音楽は大声で何かを主張することはない。
でも、聴くたびに新しい景色が立ち上がり、自分の記憶や感情がそっと呼び起こされる。
もしあなたが、風景と物語が同時に流れる音楽を探しているなら――
The Triffidsはきっと、人生の旅路にそっと寄り添ってくれるだろう。
それは音楽というより、“心の中の風”そのものなのだ。
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