1. 歌詞の概要
「Song About Love(ソング・アバウト・ラブ)」は、イングランド・リーズを拠点とするバンド English Teacher(イングリッシュ・ティーチャー) による2024年の楽曲であり、デビュー・アルバム『This Could Be Texas』の中でもひときわ異彩を放つ、静謐で詩的なバラードトラックである。
タイトルは一見シンプルだが、それ自体がアイロニカルな意図を含んでいる。
なぜなら、これは恋愛そのものよりも、“恋愛について語ることの難しさ”を扱った曲であり、まさに“愛についての歌”をどう語るべきかに苦しむ、その葛藤そのものを描いているからである。
ボーカルの Lydia Peckham は、過去のEnglish Teacher作品で多用されていた冷ややかな観察やウィットに富んだ語り口を抑え、ここではより個人的で、脆く、静かに震えるようなトーンで「愛」という言葉の持つ重さに向き合っている。
恋愛の幸福や高揚ではなく、むしろ**“愛という概念に自分がどう関われるのか”という、不器用で内省的な問いかけ**が、淡いギターの余白ににじんでいく。
2. 歌詞のバックグラウンド
English Teacherは、ポストパンクやアートロックの影響を受けた構築美と、Lydiaの文学的リリックによって、UK新世代バンドの中でも最も“知的かつ感情的なバランス感覚”に優れたバンドとして注目されてきた。
そんな中で「Song About Love」は、バンドの音楽的レンジを広げた決定的な楽曲として機能している。
過去作に見られる社会的アイロニーや皮肉から一歩引き、ここでは極めてパーソナルな“心のスケッチ”としての愛が描かれている。
この曲の制作についてLydiaは、「自分が“愛している”と言えることに戸惑ったり、それを言う意味を見失ったりすることが、愛の本質に一番近いと感じた」と語っている。
つまり、これは愛を語れないことへの歌なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳(意訳)
“I tried to write a song about love / But every line felt like a lie”
「愛についての歌を書こうとした/でもどの一行も嘘のように感じた」“It’s not like in the movies / It’s awkward, quiet, and shy”
「映画みたいにはいかない/不器用で、静かで、臆病なんだ」“I wish I could tell you plainly / But I don’t know what it means”
「素直に言えたらいいのに/でも“それ”が何を意味するのかわからない」“So this is a song about love / Or what I think it might be”
「だからこれは愛についての歌/あるいは、私がそう“思いたい”ものについて」
これらのリリックには、言葉にならない感情と、それを言葉にしようとする葛藤がまっすぐに刻まれている。
English Teacherらしい比喩的・メタ的な文体を取りながら、「語ることの不可能性」をあえて語るという、非常に現代的で知的なアプローチが光っている。
4. 歌詞の考察
「Song About Love」は、愛をロマンティックに美化するのでも、シニカルに拒絶するのでもない。
むしろそのあいだに漂う、“何を感じているのか自分でもよくわからないけれど、たしかにそこにある何か”を探るプロセスそのものを歌っている。
恋愛というテーマは、しばしば感情の劇場として、過剰に飾られて描かれがちである。
だがLydia Peckhamは、そうした型にはまった表現を慎重に避け、むしろ“愛を語るという行為そのものがすでに演技かもしれない”という疑いを抱きながら、それでもなお語ろうとする。
この曲には、恋愛だけでなく、自己認識、表現、言語という問題系への深い問いかけが含まれており、それはEnglish Teacherというバンドがただのポストパンク・リバイバルではなく、現代文学的な視座をもった音楽ユニットであることを改めて示している。
特に「愛していると言えない私」に焦点を当てるこの曲は、「感情を言語化することに対する違和感」や「表現の限界」に悩むすべての人に向けられたラブソングの裏面とも言えるだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Punisher” by Phoebe Bridgers
静かな声で不安と感情を見つめる手つきが共通する、現代インディの詩的傑作。 - “Don’t Delete the Kisses” by Wolf Alice
ロマンスへの不信と希望を行き来する語り口が、Lydiaのスタイルに重なる。 - “Motion Sickness” by Phoebe Bridgers
感情の残骸と関係の距離感を、淡々と歌い上げるバランスが共鳴。 - “Chaise Longue” by Wet Leg
皮肉と不安を同居させる女性的視線のポップネスが似ている。 -
“She’s in Parties” by Pale Waves
愛とアイデンティティの間を揺れるポップロック。陰影と軽さが共存する。
6. 「これは愛の歌、たぶん」——語れないものへの、静かな祈り
「Song About Love」は、「愛」と名づけられる何かを、まだよくわからないまま抱きしめようとする試みである。
そしてその試みは、間違っていても、不完全でもいい。
むしろ、その不器用さや言いよどみの中にこそ、
“愛の本当の姿”が潜んでいるのかもしれない。
English Teacherは、この曲で初めて、
声を大にして語るのではなく、小さな声で、けれど確かに“愛について”話し始めた。
それはまだ形にならない感情。
それでも、音楽としてなら、そっと触れられる。
そして私たちは、その曖昧さのなかに、自分自身の“愛”を見出してしまうのだ。
コメント