
1. 歌詞の概要
Zeplin Songは、Courtney Loveのソロ・デビュー・アルバムAmerica’s Sweetheartに収録された楽曲である。
America’s Sweetheartは2004年2月10日にVirgin Recordsからリリースされた作品で、Hole解散後のCourtney Loveにとって初の公式ソロ・アルバムだった。アルバムは2001年から2003年にかけて録音され、オルタナティブ・ロック、ハードロック、パンク・ロックの要素を持つ作品として紹介されている。(Wikipedia)
この曲のタイトルはZeplin Song。
正確なバンド名はLed Zeppelinだが、曲名ではZeplinと崩した表記になっている。
その時点で、すでに少しからかいが入っている。
歌詞の中では、Robert Plant、Jimmy Page、Stairway to Heaven、Les Paul、Sex Pistols、Son House、ブルースといったロック史の固有名詞や記号が次々に飛び出す。
だが、この曲はLed Zeppelinへの素直な賛歌ではない。
むしろ、毎晩同じギター・リフを弾き続ける男にうんざりする曲である。
ロックの神話をありがたがるふりをしながら、その神話の退屈さ、男臭さ、しつこさを笑い飛ばす曲である。
主人公は、最低賃金で働き、テーブルダンスもしているような生活感の中にいる。
家に帰れば、酔っぱらった男がベッドの上でギターを弾いている。
しかも、また同じLed Zeppelin風のリードだ。
かっこいいはずのロック・ギターが、ここでは迷惑な生活音になっている。
この転倒が、Zeplin Songの面白さだ。
ロック史におけるLed Zeppelinは、巨大な存在である。
ハードロックの神話、ギター・ヒーロー、重いリフ、セクシュアルなボーカル、神秘主義、ブルースの増幅。
しかしCourtney Loveは、その神話を部屋の中へ引きずり下ろす。
そこにいるのは、神々しいロック・スターではない。
ベッドで酔いつぶれ、同じフレーズを何度も弾く男だ。
だから主人公は言う。
黙って。
それがそんなにパンクだとは思わない。
そのZeppelinの曲、いったい何なの。
Zeplin Songは、ロックの伝統への愛憎の曲である。
Courtney Loveはロックの人間だ。
彼女自身もギター・ノイズ、パンク、グランジ、クラシック・ロック、セレブリティ神話の中を生きてきた。
だからこそ、この曲の皮肉は外側からの冷笑ではない。
内側からの苛立ちである。
好きだったものが、ある日うんざりする。
かっこいいと思っていた男が、ただ同じリフを弾くだけの退屈な人間に見える。
ロックの神話が、部屋のゴミと一緒に転がっている。
この感覚が、Zeplin Songの核にある。
2. 歌詞のバックグラウンド
Zeplin Songが収録されたAmerica’s Sweetheartは、Courtney Loveにとって非常に複雑な位置にある作品である。
HoleのCelebrity Skinから約6年後、彼女はソロ名義でこのアルバムを発表した。
そこには大きな期待があった。
NirvanaのKurt Cobainの死後、Courtney Loveはミュージシャンとしてだけでなく、ゴシップ、スキャンダル、メディア神話の中心人物として見られ続けた。
その状況で、ソロ・デビュー作は彼女の再出発として受け取られる可能性もあった。
しかし、America’s Sweetheartの評価は厳しかった。
Pitchforkはこのアルバムを、Courtney Loveの才能よりも彼女の公的イメージ、依存症、トラウマ、混乱の影が強く出た作品として扱い、Zeplin Songについても耳障りな曲として言及している。(Pitchfork)
一方で、後年にはこのアルバムを再評価する声もある。
完璧な作品ではない。
むしろ荒れている。
散らかっている。
過剰で、まとまりがなく、いかにも2000年代初頭のセレブリティ・ロックの混乱を背負っている。
しかし、その荒れ方こそがCourtney Loveらしいとも言える。
Zeplin Songは、その中でもかなり軽薄で、ふざけていて、毒のある曲だ。
アルバム全体には、Mono、But Julian, I’m a Little Bit Older Than You、Sunset Strip、All the Drugs、Life Despite Godなど、ロック・スターとしての自己神話やドラッグ、ハリウッド、セレブリティ文化を扱う曲が並んでいる。
Zeplin Songもその一部である。
ただし、この曲ではスケールが少し小さい。
大きな業界批判ではない。
壮絶な自己破壊の告白でもない。
むしろ、部屋の中の苛立ちに近い。
同じ曲を何度も弾く男がいる。
それが本当にロックなのか。
本当に反抗なのか。
それとも、ただの古い男の癖なのか。
この日常的な苛立ちの中に、ロック史への大きな皮肉が詰まっている。
DiscogsのAmerica’s Sweetheartのクレジットでは、Zeplin SongはCourtney LoveとLinda Perryによる楽曲として記録されている。別の盤情報では、歌詞がCourtney Love、音楽がLoveとPerryによるものとして掲載されている。(Discogs)
Linda Perryは、4 Non BlondesのWhat’s Up?で知られ、のちにP!nkやChristina Aguileraなどの楽曲制作でも成功したソングライター/プロデューサーである。
America’s Sweetheartでは多くの曲に関わっており、Courtney Loveの荒々しさに、よりポップな構成力を加える役割を担っていた。
Zeplin Songは、その共同作業の中でも、かなりコミカルでパンク寄りの曲だ。
音としては、ハードロックの記号を使いながら、その記号そのものをからかっている。
これは、Courtney Loveが得意としてきた方法でもある。
美しさを利用しながら、美しさを壊す。
ロックの男文化に乗りながら、その男文化を罵倒する。
自分自身も神話の中に入りながら、神話を茶化す。
Zeplin Songは、まさにその曲なのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は、歌詞掲載サービスで確認できる。ここでは権利に配慮し、短い一部のみを引用する。
引用元:Dork Zeplin Song Lyrics
作詞・作曲:Courtney Love、Linda Perry
収録アルバム:America’s Sweetheart
リリース:2004年
レーベル:Virgin Records
Will you accept a collect call from Robert Plant?
和訳:
Robert Plantからのコレクトコールを受けますか?
冒頭から、いきなり冗談のような一節である。
Robert Plantは、もちろんLed Zeppelinのボーカリストである。
その彼からコレクトコールが来るという設定は、ばかばかしくて、少し安っぽい。
ロックの神話的存在が、電話代を相手に払わせるコレクトコールで登場する。
この時点で、曲はLed Zeppelinを高い祭壇から引きずり下ろしている。
To get away from the Zeppelin song
和訳:
あのZeppelinの曲から逃げるために
この一節は、曲全体のユーモアを端的に表している。
普通なら、Led Zeppelinの曲は憧れの対象だ。
多くのギタリストがコピーし、ロック・ファンが崇拝してきた。
しかしここでは、逃げたいものとして扱われる。
名曲が、生活の中では騒音になる。
神話が、日常では迷惑になる。
この反転が痛快だ。
Sometimes I gotta say “Shut up!”
和訳:
ときどき私は「黙って」と言わなきゃいけない
これは、この曲の最も直接的な感情である。
難しい批評ではない。
音楽史の分析でもない。
ただ、うるさい。
しつこい。
黙ってほしい。
Courtney Loveの魅力は、こうした乱暴な言葉をためらわずに置けるところにある。
I don’t think that it’s so punk
和訳:
それがそんなにパンクだとは思わない
ここが重要である。
曲の主人公は、古いロックをただ嫌っているだけではない。
それをパンクと勘違いしている態度を嫌っている。
同じ古いリフを弾き、ロック神話に酔い、反抗的なつもりでいる。
でも、それは本当に反抗なのか。
それは本当に危険なのか。
ただの反復ではないのか。
この問いが、曲の奥にある。
Please don’t play that song on me again
和訳:
どうか私でその曲をまた弾かないで
この一節では、語り手は自分をギターに見立てる。
Les Paulのような身体。
弾かれる存在。
でも、同じ曲を弾かれるのはもう嫌だ。
ここには、女性の身体がロックの欲望や演奏の対象にされることへの皮肉も感じられる。
自分は楽器ではない。
男の古いリフを鳴らすための道具ではない。
そう読める一節である。
4. 歌詞の考察
Zeplin Songは、一見するとふざけた曲である。
Robert Plant。
Jimmy Page。
Stairway to Hell。
Les Paul。
Sex Pistols。
Son House。
クロスロードの悪魔の契約。
ロック史の記号が、雑多に、半分冗談のように並ぶ。
しかし、そのふざけ方の中には、かなり鋭い批評性がある。
この曲がからかっているのは、Led Zeppelinそのものだけではない。
もっと広く、ロックの男性的な神話である。
ギターを抱え、同じリフを弾き、ブルースの伝説を持ち出し、Stairway to Heavenをありがたがり、Jimmy Pageのような魔術的ギター・ヒーロー像に酔う。
そして、自分は危険で、反抗的で、セクシーで、パンクだと思っている。
Courtney Loveは、その姿を笑う。
それ、本当にパンクなの?
ただ同じ古い曲を弾いてるだけじゃない?
そのロック神話、もう臭ってない?
この曲の強さは、女性の視点からその退屈さを言い当てているところにある。
ロック史は長い間、男のギター・ヒーローの物語として語られてきた。
女はミューズ、グルーピー、恋人、ファム・ファタール、悲劇の女、ジャケットの中の身体として扱われることが多かった。
Zeplin Songの主人公は、その立場を拒む。
私はあなたのZeppelinごっこを支えるための観客ではない。
あなたのベッドで同じリードを聴かされるために生きているわけではない。
私をギターみたいに扱うな。
その怒りが、コミカルな形で出ている。
ここで面白いのは、Courtney Love自身もロック神話の一部であることだ。
Holeのフロントウーマン。
Kurt Cobainの妻。
Celebrity Skin期のハリウッド・ロックの象徴。
スキャンダルと音楽が常に混ざって語られる存在。
つまり彼女は、ロック神話の外側から安全に批判しているわけではない。
自分自身もその泥の中にいる。
だからこそ、Zeplin Songは単なる説教にならない。
泥の中から、泥を笑う曲なのだ。
また、この曲には「古い曲が消えない」という感覚がある。
Zeppelinの曲は、何度も戻ってくる。
同じリードが繰り返される。
やめてほしいのに、また鳴る。
これは、ロック史のしつこさそのものにも聞こえる。
新しい世代が出てきても、古い神話は消えない。
パンクが出ても、グランジが出ても、女性ロッカーが叫んでも、男のギター神話は何度も帰ってくる。
そして部屋の中でまた鳴る。
そのしつこさに対して、Courtney Loveは「Shut up」と言う。
この言葉の乱暴さがいい。
知的な批評よりも速い。
身体的な反応としての拒否である。
歌詞の終盤で、語り手は自分をLes Paulにたとえる。
Les Paulは、Led ZeppelinのJimmy Pageとも深く結びつくギターであり、ロックの象徴的な楽器である。
自分がそのギターだとしても、同じ曲は弾かれたくない。
むしろSex Pistolsでも、Son Houseでも、ブルースでも、何か違うものを鳴らしたい。
ここには、ロックの歴史を完全に捨てるのではなく、別の使い方をしたいという感覚がある。
Zeppelinだけがロックではない。
古いハードロックのリフだけが伝統ではない。
パンクもある。
ブルースもある。
Son Houseのようなさらに深い源流もある。
だからこの曲は、ただの反Led Zeppelinソングではない。
ロックの記憶をシャッフルし、汚し、からかい、別の方向へ弾き直そうとする曲である。
サウンド面では、曲自体がわざと荒っぽく、少し馬鹿馬鹿しい勢いで進む。
洗練されたCelebrity Skin的なグラム・ポップではない。
Live Through Thisの切迫したオルタナティブ・ロックとも違う。
America’s Sweetheart全体にある、過剰で、散らかっていて、少しやけっぱちなロックの質感がここにもある。
その粗さが、歌詞の内容とよく合っている。
完璧な批評曲ではない。
むしろ、酔った勢いで相手のギターを取り上げて怒鳴っているような曲である。
でも、その勢いの中に本音がある。
そこがCourtney Loveらしい。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Mono by Courtney Love
America’s Sweetheartのリード・シングルであり、アルバム冒頭を飾る楽曲。Pitchforkはアルバム全体には厳しい評価を与えたが、Monoはこの作品の代表的な攻撃的ロック曲として語られる。Zeplin Songのやけっぱちなロック感が好きなら、まず聴くべき曲である。(Pitchfork)
- But Julian, I’m a Little Bit Older Than You by Courtney Love
The StrokesのJulian Casablancasを連想させるタイトルを持つ、2000年代初頭のロック・リバイバルへの皮肉がにじむ曲。Zeplin Songが古いハードロック神話を茶化すなら、こちらは当時の若いロック・スター像をCourtneyらしく揺さぶる曲として聴ける。
- Celebrity Skin by Hole
Courtney Loveがロックの神話とハリウッドの表層を最も鮮やかに結びつけた曲のひとつ。Zeplin Songのような直接的な悪態よりも、こちらはより洗練された皮肉とグラム感がある。ロックのアイコン性を利用しながら、その空虚さを暴くという点でつながっている。
- Gutless by Hole
Live Through This収録曲。Zeplin Songよりもはるかに怒りが剥き出しで、男社会や偽りの強さへの攻撃性が強い。Courtney Loveの罵倒が単なるキャラクターではなく、鋭い批評性を持つことを理解するには欠かせない。
- Cherry Bomb by The Runaways
女性ロッカーが男性中心のロック文化を内側から爆破する系譜として聴きたい曲。Zeplin Songのようなロック神話への茶化しとは違い、こちらはもっと直線的なティーンエイジ・ロックの爆発だが、女の声がロックの舞台を奪い返す感覚が共通している。
6. ロック神話をベッドの上で笑い飛ばす曲
Zeplin Songは、Courtney Loveの曲の中でも、名曲として真っ先に語られるタイプではない。
America’s Sweetheart自体が、キャリアの代表作として受け入れられているわけでもない。
むしろ、混乱した作品、失敗作、荒れたソロ・デビューとして語られることも多い。
しかし、Zeplin SongにはCourtney Loveらしい面白さが詰まっている。
それは、ロックを愛しながら、ロックを信用していないところだ。
Led Zeppelinは偉大である。
Jimmy PageもRobert Plantも、ロック史の巨大な名前である。
Stairway to Heavenは、あまりにも有名な神話的楽曲である。
でも、そんなことは知ったうえで、Courtneyは言う。
もうその曲やめて。
黙って。
それ、そんなにパンクじゃない。
この距離感がいい。
彼女はロックを外から馬鹿にしているのではない。
ロックをよく知っているからこそ、ロックの退屈な部分を見抜く。
ギター・ヒーローのかっこよさは、部屋の中で繰り返されるとただの迷惑になる。
神話的なリフも、毎晩聞かされれば生活騒音になる。
反抗の記号も、何十年も繰り返されれば保守になる。
Zeplin Songは、そのことを笑っている。
この曲の主人公は、ただの被害者ではない。
相手のギターにうんざりし、自分で言葉を投げ返し、ロック史の名前を次々に持ち出して混ぜ返す。
その姿は、Courtney Loveそのもののようでもある。
彼女は常に、ロックの舞台で扱いにくい存在だった。
美しくあれと言われれば汚く振る舞う。
黙っていろと言われれば叫ぶ。
被害者として扱われれば加害的な言葉を吐く。
ミューズにされそうになれば、自分でマイクを奪う。
Zeplin Songにも、その態度がある。
ロックの男たちが築いた神殿に入り込み、祭壇の上に足を乗せて、同じ曲ばかり弾くなと怒鳴る。
それは下品かもしれない。
雑かもしれない。
でも、痛快である。
曲の中で使われる固有名詞も面白い。
Robert Plant、Jimmy Page、Sex Pistols、Son House。
これらはそれぞれ、ロックとブルースの別々の神話を背負っている。
Courtneyはそれらを厳かに扱わない。
むしろ、雑に並べ、茶化し、ぶつける。
そこに、彼女のロック観が出ている。
ロック史は博物館ではない。
ぐちゃぐちゃに使い、汚し、罵り、また鳴らすものだ。
だからZeplin Songは、Led Zeppelinを否定しているようで、実はロックの生々しさを取り戻そうとしている曲にも聞こえる。
崇拝ではなく、喧嘩。
保存ではなく、破壊。
ありがたい名曲ではなく、今この部屋でうるさく鳴る音。
ロックは本来、そういうものでもあったはずだ。
ただし、この曲には疲労もある。
主人公は最低賃金で働き、家に帰り、酔っぱらった男のギターを聞かされる。
その生活感はかなり重い。
ロックの神話は、ここでは夢を与えるものではなく、現実のしんどさに上乗せされる騒音になっている。
これも大事だ。
ロックが救いになることもある。
でも、誰かの自己陶酔になった瞬間、それは別の誰かを消耗させる。
Zeplin Songは、その消耗を笑いながら歌う。
笑いながら、かなり本気で怒っている。
America’s Sweetheartというアルバム自体が、Courtney Loveという人物の神話に飲み込まれた作品だった。
批評もリスナーも、しばしば音楽そのものより、彼女の公的イメージや混乱を見てしまった。Pitchforkのレビューも、彼女の音楽が個人的な神話やスキャンダルと切り離しにくいことを指摘している。(Pitchfork)
その意味で、Zeplin Songは皮肉にも、このアルバムの本質に近い。
ロックの神話にうんざりしているのに、自分も神話から逃れられない。
同じ古い曲を嫌っているのに、自分の曲も古いロックの記号でできている。
男のギター神話を茶化しているのに、自分もLes Paulやブルースやパンクの名前を使って歌っている。
この矛盾こそ、Courtney Loveである。
彼女は純粋な破壊者ではない。
純粋な信者でもない。
愛と憎しみの両方でロックに絡みつく人だ。
Zeplin Songは、その絡みつき方がもっとも馬鹿馬鹿しく、もっともわかりやすく出た曲のひとつである。
崇高ではない。
名曲然としていない。
でも、鋭い。
ロック史の巨大な影を、寝室のうるさい男にまで縮めてしまう。
その視点だけで、この曲には聴く価値がある。
最後に残るのは、やはりShut upという感覚だ。
もう黙って。
その古い曲をやめて。
その男の神話をやめて。
そのリフで私を弾かないで。
Zeplin Songは、その一言を、騒々しいロックソングとして投げつける。
そしてその乱暴さの中に、Courtney Loveの一番Courtney Loveらしい魅力がある。

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