1. 歌詞の概要
「The Tears and Music of Love（ザ・ティアーズ・アンド・ミュージック・オブ・ラブ）」は、Deerhoof（ディアフーフ）が2007年に発表したアルバム『Friend Opportunity』の収録曲であり、そのタイトルからして既に矛盾と詩情を孕んだ、まさに“Deerhoof的”な一曲である。
この曲において語られるのは、「愛の音楽」と「涙」という、非常に感情的で普遍的なモチーフ。しかしその語り口は決して直線的ではなく、むしろ崩壊寸前のリズム、断片化されたギターリフ、そして日本語アクセントのあるサトミ・マツザキの歌声によって、“言葉が意味を越えて響く”ような、象徴的で多義的な表現へと昇華されている。
歌詞の構造自体が抽象的であり、明確な物語や登場人物を持たない。それでも、言葉の断片――「I will not fight」「Music of love」「I surrender」など――が、音楽そのものと絡み合うことで、“戦い”と“降伏”、“愛”と“痛み”という両極の感情を浮かび上がらせていく。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Friend Opportunity』は、Deerhoofにとって9作目のアルバムにあたり、ポストパンク的な実験精神と、メロディックなポップ性が奇妙なバランスで融合された、転機ともいえる作品である。「The Tears and Music of Love」はその中でも、特にダイナミックかつ構造的に挑戦的な楽曲として知られており、ファンの間でも根強い人気を誇る。
この曲では、Greg Saunier（グレッグ・ソーニア）の変則的かつ爆発的なドラムが中心に据えられており、まるで「涙」と「愛の音楽」の混線した感情そのものをリズムで表現しているかのようだ。ギターリフはノイズと旋律のあいだを揺れ動き、ポリリズムが聴覚を攪乱しながらも、どこか心地よい統一感を生み出している。
歌詞を書いたのは主にサトミ・マツザキで、彼女のボーカルは“幼さ”と“決意”の両方を宿しており、特にこの曲では「私は戦わない」と繰り返しながらも、どこか不敵な響きを感じさせる。その矛盾こそが、Deerhoofというバンドの表現の核なのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I will not fight
I will not fight
私は戦わない
私は戦わない
Music of love
Tears are fallin’ down
愛の音楽
涙がこぼれ落ちていく
My war is gone
I surrender
私の戦いは終わった
降伏するわ
引用元：Genius Lyrics – Deerhoof “The Tears and Music of Love”
このように、歌詞は非常にシンプルな言葉で構成されているが、それゆえに“意味”というより“響き”の力が前面に出る。リスナーは、それを詩として理解するというより、音楽とともに“体験する”ことになるのだ。
4. 歌詞の考察
「The Tears and Music of Love」は、“戦いを拒むこと”自体が、最も強い意思表明であると語っているように思える。
歌詞で繰り返される「I will not fight」というフレーズは、一見すると自己放棄や逃避のように聞こえるかもしれない。しかし、この曲全体にみなぎる緊張感とカオスの中にあって、その“戦わない”という選択はむしろ意志的で、逆説的な「自己決定」の表現となっている。
この“戦いの拒否”は、恋愛関係における衝突を避ける態度かもしれないし、あるいは社会や権力に対して非暴力的に抗する姿勢にも読み取れる。Deerhoofは明確な政治的メッセージを前面に押し出すことは少ないが、その音楽には常に「抵抗」と「ユーモア」、「混沌」と「秩序」といった両義的な力が同居しており、それが彼らの魅力の根源となっている。
そして注目すべきは、“降伏”の先にある“音楽”である。つまり「私は戦わない、でもその代わりに音楽がある」。涙とともに流れるのは、無言の悲しみではなく、“愛の音楽”なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Tokyo by Deerhoof
日本語のフレーズも交えつつ、異国情緒とポップのねじれた融合を見せる曲。 - Paper Tiger by Spoon
最小限の構成ながら、深い心理をえぐるような抒情を持ったミニマル・ロック。 - Idioteque by Radiohead
人間の感情と社会的緊張を冷たくもリズミカルに表現した、ポストモダン・ダンスミュージック。 - Atlas by Battles
ポリリズムと異化された音の遊戯。Deerhoof的リズム感覚に通じる実験精神。
6. “戦わないという意志、その音楽のゆくえ”
「The Tears and Music of Love」は、暴力的な時代の中で“非戦”を選ぶという美学を、抽象的な言葉と爆発的なサウンドによって体現した名曲である。
それは“叫び”ではなく“静かな選択”であり、
“降伏”ではなく“変換”――痛みを、涙を、愛の音楽へと変える作業なのだ。
Deerhoofの音楽は、時に意味不明で、予測不能で、壊れていて、でもどこかやさしい。
この曲はその最たる例であり、戦いの代わりに音楽を選ぶ人々のための、ささやかな讃歌なのである。
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