
- 発売日: 2019年4月26日
- ジャンル: アート・ポップ、グラム・ロック、インディー・ポップ、ソフト・ロック、シンセ・ポップ、チェンバー・ポップ
概要
Foxygenの5作目のスタジオ・アルバム『Seeing Other People』は、バンドのキャリアにおいて、過剰なレトロ趣味と演劇的なロック・ショウを通過した後の、冷めた自己観察と終幕感が強く漂う作品である。前作『Hang』では、40人規模のオーケストラを導入し、ミュージカル、グラム・ロック、ソウル、バロック・ポップを大仰に組み合わせた華麗な舞台を作り上げた。対して本作は、音数こそ依然として豊かだが、全体のトーンはより軽く、皮肉っぽく、時に空虚で、ポップ・スターを演じることの疲労をにじませている。
タイトルの『Seeing Other People』は、恋愛関係において「他の人とも会う」「別の相手を見る」という意味を持つ表現である。これは一見すると恋人同士の距離や別れを示す言葉だが、Foxygenの文脈では、バンドと聴き手、アーティストと音楽業界、過去のロック幻想と現在の自分たちの関係にも重なる。つまり本作は、Foxygenが自分たちの作り上げてきたロックスター像、60〜70年代ポップへの執着、インディー・シーン内での立ち位置と距離を取り始めたアルバムとして聴くことができる。
Foxygenの音楽は、常に「引用」と「演技」によって成立してきた。The Rolling Stones、The Kinks、David Bowie、Todd Rundgren、The Velvet Underground、Elton John、The Beach Boys、ブリル・ビルディング・ポップ、グラム・ロック、ミュージカル、サイケデリック・ロック。彼らはそれらを単に模倣するのではなく、仮面として身にまとい、舞台上で過剰に演じてきた。『Seeing Other People』でも、その引用性は残っている。しかし本作では、過去の音楽への陶酔よりも、「その仮面をいつまで被り続けるのか」という疲れた問いが強くなる。
サム・フランスのヴォーカルは、本作でも非常に演劇的である。彼は甘く歌い、ふざけ、叫び、脱力し、時に自分自身を茶化す。だが『Hang』のように舞台の中央で華麗に振る舞うというより、本作ではスポットライトの下に立ちながら、その光の空虚さを自覚しているように聞こえる。ロックスターを演じることはできる。しかし、その演技が本物の感情を保証するわけではない。本作の多くの曲には、その醒めた自己認識がある。
音楽的には、前作のオーケストラルな豪華さを部分的に引き継ぎながらも、よりシンセ・ポップ、ソフト・ロック、80年代的なポップ、グラム的な軽薄さへ接近している。ストリングスやピアノの劇場性は残るが、サウンドはより滑らかで、時に意図的に安っぽく、人工的である。これは作品の主題と深く関わっている。『Seeing Other People』は、ポップ・ミュージックの美しさだけでなく、その表面性、商品性、消耗性を音として示すアルバムでもある。
歌詞面では、恋愛、別れ、名声、自己演出、業界への皮肉、若さの終わり、成功後の空虚さ、そして「Foxygenであること」そのものへの距離感が中心となる。過去のFoxygen作品では、60年代的な理想やロックンロール幻想への没入が大きな魅力だったが、本作ではその幻想から半歩引いている。夢を見せる側が、夢の仕組みを知ってしまった後のアルバムである。
キャリア上の位置づけとして、『Seeing Other People』はFoxygenの終幕的な作品として理解できる。公式にすべてを閉じる宣言というよりも、バンドというプロジェクトがひとつの輪を描き終えた感覚が強い。若い過剰さ、混沌、レトロな夢、壮大なショウを経て、最後に残るのは、薄い笑いと寂しさと、ポップ・ソングとしての妙な軽さである。Foxygenらしい派手さは残っているが、その派手さは祝祭というより、終わりかけのパーティーの照明のように響く。
全曲レビュー
1. Work
オープニング曲「Work」は、本作の自己批評的な性格を最初から明確に示す楽曲である。タイトルの「Work」は、労働、作業、機能すること、あるいは芸能活動そのものを意味する。ロック・ミュージックはしばしば自由や快楽の象徴として語られるが、実際には作品制作、ツアー、宣伝、自己演出、期待への対応という「仕事」でもある。Foxygenはこの曲で、その現実を軽やかに、しかし皮肉を込めて提示する。
音楽的には、明るくキャッチーで、グラム・ポップ的な軽さがある。ピアノやシンセサイザーの跳ねるような響き、サム・フランスの芝居がかった歌唱、整理されたリズムが、アルバムの幕開けにふさわしいショウの感覚を作る。しかし、その明るさの裏には、働き続けることへの疲労や、ポップ・スターとして機能しなければならない自分への皮肉がある。
歌詞では、働くこと、期待に応えること、何かを成立させることがテーマとなる。これは単なる労働賛歌ではない。むしろ、創造性さえも仕事として消費される音楽産業への批評として響く。Foxygenは、ロックの自由なイメージを演じながら、その裏側で「働いている」自分たちを見せる。「Work」は、本作が華やかなポップ・アルバムであると同時に、華やかさを維持することの疲労を描く作品であることを示している。
2. Mona
「Mona」は、古典的な女性名をタイトルにした、Foxygenらしいレトロな香りのある楽曲である。ポップ・ミュージックの歴史において、女性名を冠した曲は数多く存在し、しばしば理想化された恋人、失われた相手、あるいは象徴的なミューズとして機能してきた。Foxygenはその伝統を意識しながら、「Mona」という名前をどこか空虚な記号としても扱っている。
サウンドは、ソフト・ロックとグラム・ポップの中間にある。メロディは親しみやすく、アレンジも華やかだが、過去作のような爆発的な混沌は抑えられている。曲全体は滑らかで、軽い。しかし、その軽さが本作においては重要である。恋愛や名前、ロマンティックな対象さえも、ここでは少し人工的で、映画のセットの中に置かれた小道具のように感じられる。
歌詞では、Monaという人物への呼びかけが中心となるが、その人物像は明確には描かれない。むしろ、名前だけが反復されることで、実在の相手というより、過去のポップ・ソングに登場する「女性名」の記号として響く。Foxygenはロマンティックな形式を使いながら、その形式がどれほど使い古され、演技的なものになっているかも同時に示す。この曲は、愛の歌であると同時に、愛の歌という形式への距離を持つ楽曲である。
3. Seeing Other People
タイトル曲「Seeing Other People」は、アルバム全体の主題を最も直接的に担う楽曲である。恋愛関係の終わりや距離を示す言葉でありながら、バンドの自己解体的な感覚にもつながっている。「他の人を見る」ということは、ひとつの関係に閉じこもらず、別の可能性へ向かうことでもある。しかし同時に、それは親密さの終わり、特別でなくなること、置き換え可能になることでもある。
音楽的には、軽快でポップだが、どこか醒めた質感がある。Foxygenらしいメロディの良さは保たれているが、曲は大仰に爆発せず、比較的コンパクトにまとまっている。サウンドには70年代ポップの影響がある一方で、滑らかなプロダクションには現代的な人工性もある。
歌詞では、関係の変化が描かれる。相手が他の人を見る、自分も別の人を見る。これは恋愛の話として読めるが、同時にFoxygenとリスナーの関係にも重なる。バンドはもう以前のような幻想を提供できないのかもしれない。リスナーもまた、別の音楽、別の夢を探しているのかもしれない。この自己言及性が本曲の奥行きを作っている。
タイトル曲でありながら、この曲は劇的な宣言というより、軽い別れ話のように響く。その軽さが残酷である。別れはいつも大げさな悲劇として訪れるわけではない。むしろ、何気ない会話の中で、関係がすでに終わっていることに気づく場合がある。「Seeing Other People」は、その薄い痛みをポップに処理した曲である。
4. Face the Facts
「Face the Facts」は、本作の中でも特に直接的なタイトルを持つ楽曲である。「事実に向き合え」という意味であり、幻想や演技を得意としてきたFoxygenにとって、非常に重要なフレーズである。彼らの音楽は、過去のロックやポップの夢を再演することで成り立っていた。しかし本作では、その夢の終わりや限界に向き合う必要がある。
サウンドは、ややファンキーで、軽快なポップ感覚を持つ。ピアノやリズムの跳ね方には、70年代のシンガーソングライターやグラム・ポップの影響が感じられる。だが、曲全体には明るい諦念がある。事実に向き合えと言いながら、曲は深刻に沈み込みすぎず、むしろ軽やかにその事実を受け流そうとする。
歌詞では、現実を認めること、自己欺瞞をやめること、関係やキャリアの状態を直視することがテーマとなる。Foxygenの場合、その「事実」とは、バンドが若い混沌の中に永遠にはいられないこと、過去の音楽様式をまとい続けることにも限界があること、そしてロックスターの仮面がいつか古びることかもしれない。
この曲の面白さは、現実を直視せよという内容を、あくまで軽く、演劇的に歌っている点にある。Foxygenは本気なのか冗談なのかを曖昧にするバンドであり、その曖昧さが本曲にも表れている。事実に向き合うことさえ、彼らにとっては一つの演技なのかもしれない。
5. Livin’ a Lie
「Livin’ a Lie」は、Foxygenの本作における自己認識を非常に分かりやすく示す楽曲である。タイトルは「嘘を生きている」という意味であり、ロックスターとしての生活、恋愛関係、自己演出、音楽産業、あるいはポップ・ミュージックの虚構性そのものに向けられた言葉として読める。
音楽的には、親しみやすいメロディと明るいアレンジが印象的である。曲は軽快で、サビも耳に残る。しかし、タイトルが示す通り、その明るさの背後には深い自己欺瞞への意識がある。Foxygenは、嘘を暴露するために暗く沈むのではなく、むしろその嘘をポップなショウとして見せる。
歌詞では、嘘の中で生きることが繰り返し示される。これは個人的な恋愛の不誠実さとしても読めるし、芸能的な自己演出としても読める。Foxygenは過去の音楽を演じ、ロックスターを演じ、時に自分たち自身のパロディを演じてきた。では、その演技は嘘なのか。それとも、演じ続けること自体が彼らの真実なのか。この曲はその問いを軽妙に投げかける。
「Livin’ a Lie」は、本作の中心的なテーマである「虚構を自覚したポップ・ミュージック」を象徴する。嘘であることを知りながら、それでも歌い、踊り、メロディを鳴らす。その開き直りと虚しさが曲の魅力である。
6. The Thing Is
「The Thing Is」は、会話の途中で何か重要なことを切り出すときの表現をタイトルにしている。「つまり問題は」「実は」というような曖昧な言い出し方であり、本作の脱力した自己分析に合っている。Foxygenは大げさな表現を得意とするバンドだが、このタイトルはむしろ日常会話的で、どこか肩の力が抜けている。
サウンドは軽やかで、ピアノやシンセサイザー、リズムの配置にポップな楽しさがある。曲調は明るいが、やはりどこか醒めている。大きな感情を爆発させるのではなく、軽い口調で本質的なことを言おうとしているような印象がある。
歌詞では、関係の問題や自己認識が示される。「問題は」と切り出しながら、明確な答えに到達するというより、言い訳や皮肉や本音が入り混じる。Foxygenの魅力は、このような曖昧な語り口にある。彼らは真正面から感情を告白するのではなく、冗談や芝居の中に本音を隠す。
この曲は、アルバム全体のトーンをよく表している。大げさなロック・オペラではなく、終わりかけた関係について軽く話しているようなポップ・ソング。その軽さの中に、Foxygenが過去の自分たちから距離を取り始めた感覚がある。
7. News
「News」は、情報、メディア、話題、噂、そして世界の変化を連想させる楽曲である。Foxygenはこれまで、過去のポップ文化を引用することで自分たちの世界を作ってきたが、本作では現代的なメディア環境への疲労や、情報の消費性も感じられる。「ニュース」は重要な出来事を伝えるものであると同時に、日々消費され、すぐに忘れられるものでもある。
音楽的には、比較的軽快で、ポップな構成を持つ。サウンドは過度に重くならず、むしろ情報が流れていくような軽さがある。Foxygenらしい演劇的なヴォーカルは残るが、曲全体はどこか乾いている。
歌詞では、ニュースとして扱われること、話題になること、情報として消費されることへの皮肉が感じられる。アーティストの人生やスキャンダル、バンドの状態もまた、ニュースとして消費される。Foxygenのようにキャラクター性の強いバンドにとって、自分たちの振る舞いが音楽以上に語られることもあった。この曲は、そうしたメディア化された自己への距離を示している。
「News」は、ポップ・スターが情報の一部になることへの軽い嫌悪感を含んだ曲として聴ける。何かが起こり、それがニュースになり、すぐに次の話題へ移る。その速度の中で、音楽や感情はどのように残るのか。この問いが曲の背景にある。
8. Flag at Half-Mast
「Flag at Half-Mast」は、弔意を示す半旗を意味するタイトルを持つ楽曲である。アルバム中盤以降の中でも、特に死や喪失、国家的・個人的な哀悼を連想させる曲名である。Foxygenの作品では、派手な舞台や冗談の裏に、不意に深い悲しみが現れることがあるが、この曲はその側面を担っている。
サウンドは、比較的ゆったりとしており、メロディには哀愁がある。過去のアメリカン・ポップを思わせる響きがありながら、タイトルによって、その懐かしさは単なる甘さではなく、喪失の感覚を帯びる。半旗は、何かが終わったこと、誰かが失われたことを示す記号である。
歌詞では、個人的な別れや、より広い文化的な喪失が重なっているように感じられる。Foxygenが愛してきたロックの神話、アメリカン・ポップの夢、若さの勢い、バンドとしての熱量。そうしたものが弔われているようにも聞こえる。半旗は国家のための記号だが、ここではFoxygen自身の終幕を示す旗のようにも響く。
この曲の重要性は、本作の軽薄さの裏にある寂しさを明確にする点にある。『Seeing Other People』は明るく、皮肉っぽく、ポップだが、実際には多くのものに別れを告げるアルバムでもある。
9. The Conclusion
「The Conclusion」は、タイトル通り「結論」を意味する楽曲であり、アルバム終盤で非常に自己言及的に響く。Foxygenは常に、アルバムを一つのショウや物語として扱うバンドだったが、この曲名はその終幕を直接的に示す。結論とは、物語の終わりであり、議論のまとめであり、舞台の幕引きでもある。
音楽的には、劇的でありながら、どこか脱力している。大仰なフィナーレというより、フィナーレを演じながら、その演技を自分たちで見ているような距離がある。メロディはFoxygenらしく華やかだが、そこにはやはり寂しさと皮肉がある。
歌詞では、これまでの関係、嘘、演技、音楽活動の行き着く先が示唆される。結論を出すということは、曖昧さを終わらせることでもある。しかしFoxygenの本質は曖昧さにあるため、この「結論」もまた完全な結論ではない。むしろ、結論らしく見えるものを提示することで、ポップ・アルバムの形式を演じている。
この曲は、Foxygenが自分たちの物語を閉じようとしているように聞こえる。だが、その閉じ方は真剣であると同時に冗談めいている。終わりを告げることさえ、一つのショウになる。それがFoxygenらしさである。
10. Brooklyn Police Station
ラスト曲「Brooklyn Police Station」は、アルバムを奇妙な余韻で締めくくる楽曲である。タイトルは非常に具体的で、都市、権力、現実の場所、そしてどこか不穏な状況を連想させる。Foxygenの音楽がしばしば幻想的で演劇的な舞台を作ってきたことを考えると、最後に「ブルックリンの警察署」という現実的で硬い場所が現れることは印象的である。
サウンドは、アルバムの終曲らしい余韻を持ちながらも、完全な感動的フィナーレにはならない。Foxygenらしいメロディと装飾はあるが、曲全体にはどこか現実に引き戻される感覚がある。華やかなショウが終わり、舞台裏を出ると、そこには都市の警察署がある。そうした落差が曲に独特の力を与えている。
歌詞では、都市生活、権力、トラブル、現実への回帰が示唆される。ロック・スターの幻想や恋愛の演技、ポップ・ミュージックの夢がどれだけ膨らんでも、最後には現実の制度や場所に戻らざるを得ない。警察署という場所は、自由なロックの幻想とは対極にある。そこには管理、規律、記録、拘束がある。
アルバムの最後にこの曲が置かれることで、『Seeing Other People』は単なる別れのポップ・アルバムではなく、幻想から現実へ引き戻される作品として閉じられる。Foxygenのショウは終わり、観客は帰り、演者は都市の現実へ戻る。その終わり方は華やかではないが、非常に彼ららしい皮肉を含んでいる。
総評
『Seeing Other People』は、Foxygenのディスコグラフィにおいて、最も軽く、最も自己皮肉に満ち、そして最も終幕感のある作品である。『We Are the 21st Century Ambassadors of Peace & Magic』の若いサイケデリックな熱狂、『…And Star Power』の混沌、『Hang』の豪華なミュージカル的構築を経て、本作では彼らがそのすべてから距離を置こうとしているように聞こえる。
本作の中心にあるのは、演技の終わりである。Foxygenは常に演じるバンドだった。ロックスター、グラム・アイコン、60年代の伝道師、70年代のスタジオ職人、ミュージカル俳優、酔った道化。彼らは多くの仮面をまとい、それを過剰に演じることで独自の魅力を作ってきた。しかし『Seeing Other People』では、その仮面を被り続けることの疲労が表面化する。演じることは楽しいが、永遠には続かない。むしろ、演技を続けるほど、自分が何者なのか分からなくなる。
音楽的には、前作『Hang』よりもコンパクトで、オーケストラルな豪華さは抑えられている。その代わり、シンセ・ポップ、ソフト・ロック、グラム的な軽さが強まり、全体に滑らかで人工的な質感がある。これは作品のテーマとよく合っている。Foxygenはここで、ポップ・ミュージックの表面性を肯定しながら、その表面性の空虚さも見せている。
歌詞面では、恋愛の終わりとバンドの終わりが重なっている。「Seeing Other People」「Livin’ a Lie」「Face the Facts」「The Conclusion」といったタイトルだけを見ても、本作が関係の清算、自己欺瞞の認識、結論への到達を扱っていることが分かる。だが、その語りは重々しくない。むしろ、軽い冗談やポップなフックの中に本音が隠れている。この本気と冗談の境界の曖昧さこそ、Foxygenの本質である。
本作は、Foxygenの最高傑作と呼ばれるタイプのアルバムではないかもしれない。『Hang』のような圧倒的な構築美や、『We Are the 21st Century Ambassadors of Peace & Magic』のような奔放な魅力を期待すると、やや肩透かしに感じられる可能性もある。だが『Seeing Other People』には、別の重要性がある。それは、Foxygenというプロジェクトが自分自身を相対化し、自分たちの神話を笑いながら解体している点である。
日本のリスナーにとって本作は、Foxygenの過去作を知った上で聴くほど味わいが深い作品である。初めて聴くアルバムとしては、彼らの魅力のすべてが分かりやすく出ているわけではない。しかし、過去のサイケデリックな熱狂やミュージカル的な過剰を知っていると、本作の軽さや醒めた感じが、単なる弱さではなく、意図的な終幕の表現として見えてくる。
後の音楽シーンへの影響というより、本作は2010年代インディー・ロックにおけるレトロ趣味のひとつの結末として興味深い。2010年代には、多くのアーティストが過去のポップ、サイケ、ソフト・ロック、グラム、AORを再解釈した。Foxygenはその中でも特に過剰で演劇的な存在だったが、『Seeing Other People』では、その再演の限界を自ら示している。過去を演じ続けた先に何があるのか。本作はその問いへの、皮肉で寂しい回答である。
総じて『Seeing Other People』は、Foxygenの終わりのパーティーのようなアルバムである。音楽は明るく、軽く、時に滑稽である。しかし、その明るさの裏には、関係の終わり、嘘を生きることへの疲れ、ロックスターの仮面の消耗、そして夢から覚める瞬間の寂しさがある。華やかなショウの後、照明が落ち、現実の街へ戻る。そのときに鳴っているのが、このアルバムである。
おすすめアルバム
1. Foxygen – Hang
2017年発表の前作。オーケストラを大々的に導入し、グラム・ロック、ミュージカル、バロック・ポップ、ソウルを壮麗に組み合わせた作品である。『Seeing Other People』の終幕感を理解するには、その直前にFoxygenがどれほど大きな舞台を作っていたかを知ることが重要である。
2. Foxygen – We Are the 21st Century Ambassadors of Peace & Magic
2013年発表の代表作。60年代サイケデリック・ロックやクラシック・ロックへの愛情が、若々しく奔放な形で表れている。『Seeing Other People』で距離を置かれるFoxygenの原初的な魅力を確認できる作品である。
3. Ariel Pink – Pom Pom
2014年発表のアート・ポップ作品。過去のポップ文化を歪んだ形で引用し、ローファイ、グラム、ニューウェイヴ、奇妙なユーモアを組み合わせた作品である。Foxygenの自己意識の強いレトロ趣味や、ポップの虚構性への関心と親和性が高い。
4. Todd Rundgren – A Wizard, a True Star
1973年発表の実験的ポップ作品。短い断片、急激な場面転換、ソウル、サイケ、スタジオ実験が混在する。Foxygenの過去作全体に影響を与えた重要な参照点であり、『Seeing Other People』のポップな自己解体を理解するうえでも関連性が高い。
5. David Bowie – Young Americans
1975年発表のアルバム。ロック・スターがソウルやアメリカン・ポップの形式を取り込みながら、自身の仮面を更新していく作品である。Foxygenのグラム的な演技性、アメリカ音楽への距離感、自己変身のテーマと強くつながる。

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