
発売日:2017年1月20日
ジャンル:Art Pop / Baroque Pop / Glam Rock
概要
Hangは、Sam FranceとJonathan RadoによるFoxygenが2017年にJagjaguwarから発表したスタジオ・アルバムである。2014年の前作…And Star Powerは24曲を詰め込み、ローファイ、サイケデリア、ガレージ・ロックを意図的に散漫な形で横断していた。それに対して全8曲のHangは構成を大幅に絞り込み、ロック・バンドの音を中心にするのではなく、大編成のオーケストラを使った緻密なアレンジへ方向転換している。
録音には40人規模のオーケストラが用いられ、Matthew E. Whiteがアレンジに参加したほか、The Lemon TwigsのBrian D’AddarioとMichael D’Addarioも演奏に加わっている。ピアノ、弦楽器、金管・木管楽器、打楽器が細かく組み合わされ、1970年代のシンガーソングライター作品、グラム・ロック、ブロードウェイやハリウッドのミュージカルを思わせる華やかなサウンドが作られた。Sam Franceのヴォーカルも、ささやきから大げさな叫びまで役柄を演じるように変化する。
ただし、豪華な編成を使ったことでFoxygenが端正なポップ・バンドになったわけではない。曲は突然テンポや雰囲気を変え、明るいメロディの中へ不安や皮肉を忍ばせる。成功や自己像、孤独、アメリカ的な夢への距離を扱う歌詞と、ショービジネスを思わせる華麗な伴奏の間には意図的なずれがある。以前から持っていた過剰さを、ノイズや曲数ではなくアレンジの密度へ置き換えた作品である。
全曲レビュー
1. 「Follow the Leader」
弾むピアノとホーン、ストリングスが次々と加わり、幕が上がるような華やかさでアルバムが始まる。リズムにはソウルや1970年代ポップの軽快さがある一方、Sam Franceは「指導者についていく」という題材を無邪気な肯定として歌わず、集団へ同調することへの違和感を残す。サビではコーラスと管弦楽が一気に広がり、個人の不安を巨大なショーへ変えてしまう。その皮肉な落差が、本作の基本的な方法を最初の一曲で示している。
2. 「Avalon」
ピアノを中心にした軽やかな導入から、ストリングスや管楽器が細かなフレーズを交換しながら展開する。「Avalon」という理想郷を思わせる言葉に対して、歌にはそこへ本当に到達できるのか分からない距離感がある。Franceは滑らかに歌った直後に発声を崩すことがあり、整然としたオーケストラへ人間的な不安定さを持ち込む。美しい旋律をそのままロマンティックに完結させず、少し奇妙な演劇へ変えるFoxygenらしさがよく出ている。
3. 「Mrs. Adams」
古典的なポップソングを思わせるピアノとストリングスを使いながら、人物を眺める視線にはどこか居心地の悪さがある。Sam Franceは一人の安定した語り手として歌うより、声色や勢いを変えることで人物との距離を揺らす。アレンジもヴォーカルを単に支えるのではなく、歌の一節ごとに管楽器や弦が応答し、舞台上の場面転換のように曲を動かしていく。バンドの演奏をオーケストラで飾ったというより、管弦楽そのものを作曲の中心に置いた曲である。
4. 「America」
約5分半の中で複数の場面を行き来する、本作でも特に野心的な曲である。軽快なピアノ、ミュージカル風の管弦楽、突然の速度変化や強いアクセントが連続し、一つの安定したグルーヴへ落ち着かない。「America」という巨大な題材も単純な愛国歌や抗議歌には整理されず、繁栄への憧れとその裏側にある混乱を同時に眺めているように聞こえる。音楽そのものが過剰なアメリカ像を演じることで、歌詞だけに社会的な意味を背負わせない構成が巧みだ。
5. 「On Lankershim」
ロサンゼルスのLankershim Boulevardを題名に取り、前曲の大きな「America」から具体的な都市の風景へ視点を移す。ピアノとストリングスを中心とする柔らかなサウンドには1970年代の西海岸ポップを思わせる明るさがあり、Franceの旋律も本作では特に素直だ。しかし、街を移動する感覚の背後には孤独や所在なさが残り、景色の明るさと人物の内面は完全には一致しない。複雑な転換を抑えたことで、Foxygenのメロディメーカーとしての強さが際立っている。
6. 「Upon a Hill」
ピアノと声から始まる親密な感触を、オーケストラが徐々に大きな場面へ変えていく。丘という高い場所のイメージには、現在いる場所から別の世界を眺めるような距離があり、歌詞にも現実と理想の間で揺れる感覚が漂う。弦楽器は長い音で背景を塗るだけでなく、ヴォーカルの動きに合わせて上昇したり途切れたりするため、伴奏自体が語りに参加している。短い曲ながら、静かな導入から演劇的な高揚までを圧縮している。
7. 「Trauma」
題名の重さに対して、演奏は暗い音だけに閉じない。明るく整えられた管弦楽と、Franceの不安定で時に大げさなヴォーカルを重ねることで、傷ついた経験を美しい音楽で覆い隠しているような二重性が生まれる。途中で演奏の強弱や密度が急に変わるため、感情が一定の形に整理されないことも重要だ。本作の華麗なプロダクションが単なる装飾ではなく、語り手の不安や自己演出を表現する手段になっていることがよく分かる。
8. 「Rise Up」
最終曲はタイトル通り上昇を促すような言葉を持ち、アルバム中でも特に大きなフィナーレを作る。ピアノ、ドラム、ホーン、ストリングス、コーラスが段階的に重なり、ミュージカルの終幕のような高揚へ向かう。しかしFranceの歌唱には、すべての問題が解決したと断言するような安定感はない。前曲まで繰り返された不安や自己疑念を消すのではなく、それらを抱えたまま立ち上がろうとする歌として聞くことで、華やかなアレンジにも少し苦い余韻が残る。
総評
Hangの面白さは、Foxygenがそれまでの「過剰さ」を捨てず、その表現方法だけを変えたことにある。…And Star Powerでは曲数、ノイズ、録音の粗さ、唐突な展開によって混沌を作っていた。本作では逆に演奏と録音を精密に整え、40人規模のオーケストラという大きな編成を使う。整然として聞こえるにもかかわらず、その内部では楽器やテンポ、Sam Franceの人格まで目まぐるしく変化している。
特に優れているのは、オーケストラを単なる豪華な背景にしていない点だ。ストリングスが感傷を付け足し、ホーンがサビだけを盛り上げるという使い方ではなく、各楽器がヴォーカルへ応答し、曲の途中で雰囲気を切り替え、ときにはリズムそのものを動かす。だからHangは「ロック曲にオーケストラを加えた作品」ではなく、最初から管弦楽を前提に作曲されたポップ・アルバムとして聞こえる。
Sam Franceのヴォーカルも、この豪華さを安定した美しさへ着地させない重要な要素である。彼は甘く歌ったかと思えば、突然声を荒らしたり芝居がかった発声へ移ったりする。そのため、成功、理想郷、アメリカ、心の傷といった題材は、きれいな結論へ整理されない。ショービジネス的な華やかさそのものが、登場人物が不安を隠すための衣装のようにも聞こえてくる。
全8曲に絞ったことも効果的で、以前の作品にあった意図的な散漫さはかなり減った。その代わり、一曲ごとの情報量が非常に多いため、気軽なロック作品としては過密に感じられる瞬間もある。しかし、その密度は本作の狙いと一致している。1960〜70年代のバロック・ポップ、グラム、ソウル、シンガーソングライター、ミュージカルの語法を借りながら、それらを懐古趣味で終わらせず、Foxygen特有の不安定な人物像へ結びつけた。バンドのディスコグラフィーでも特に構成が引き締まり、スタジオでのアレンジ能力が前面に出た作品である。
おすすめアルバム
###…And Star Power by Foxygen
2014年の前作。24曲を使ってガレージ、サイケデリア、ローファイ・ポップを散漫なほど広げている。そこからHangが曲数を絞り、過剰さを精密なアレンジへ変えたことがよく分かる。
We Are the 21st Century Ambassadors of Peace & Magic by Foxygen
2013年作。1960〜70年代のロックを引用する感覚と強いポップ・メロディが最も直接的に結びついている。Hangの華麗なサウンドへ発展する以前のFoxygenを知るのに適した一枚だ。
Paris 1919 by John Cale
ピアノを中心とする歌曲へストリングスや管楽器を精密に組み込み、親しみやすい旋律と奇妙な歌詞を共存させた1973年作。Hangの室内楽的なポップと特に相性がよい。
Propaganda by Sparks
演劇的なヴォーカル、急激な展開、グラム・ロックと複雑なポップの作曲を結びつけた1974年作。華麗な表面の内側に皮肉と落ち着かなさを忍ばせる点で、Foxygenとの共通点が見える。
Go to School by The Lemon Twigs
2018年発表のコンセプト・アルバム。BrianとMichael D’AddarioはHangにも参加しており、1970年代風のロック、ミュージカル的な構成、芝居がかった歌唱をさらに物語性の強い方向へ発展させている。

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