
発売日:2014年10月14日
ジャンル:オルタナティヴ・ロック、インディー・ポップ、エレクトロポップ、ダンス・ロック、シンセポップ
概要
OK Goの『Hungry Ghosts』は、2014年に発表された4作目のスタジオ・アルバムであり、バンドが初期のギター・ポップ/パワーポップ的な作風から、よりエレクトロニックで、ダンス・ポップ的で、現代的なサウンドへ大きく踏み込んだ作品である。OK Goは、音楽そのものと同じくらい、革新的なミュージック・ビデオで知られるバンドである。「Here It Goes Again」のランニングマシンを使った映像、「This Too Shall Pass」の巨大な仕掛け装置、「The Writing’s on the Wall」の錯視を使った映像など、彼らはインターネット時代における音楽と映像の関係を更新した存在だった。
しかし『Hungry Ghosts』を単に「ビデオで有名なバンドのアルバム」として片づけることはできない。本作では、OK Goが音楽面でも明確な変化を見せている。2002年のデビュー作『OK Go』や2005年の『Oh No』では、ギター・ロック、パワーポップ、ニューウェイヴ的な勢いが中心だった。2010年の『Of the Blue Colour of the Sky』では、Princeやニューウェイヴ、ファンク、サイケデリック・ポップへの接近が見られた。そして『Hungry Ghosts』では、その流れをさらに押し進め、シンセサイザー、電子ビート、ダンス・ポップ、インディー・エレクトロの質感を前面に出している。
タイトルの『Hungry Ghosts』は、仏教などで語られる「餓鬼」や「飢えた幽霊」を連想させる言葉である。満たされることなく求め続ける存在、欲望を抱えながらも決して充足できない存在である。このイメージは、アルバム全体のテーマと深く結びついている。本作の歌詞には、恋愛、欲望、喪失、執着、記憶、満たされない関係が繰り返し現れる。サウンドは明るく踊れる場面も多いが、その中心にある感情は、しばしば空腹で、未解決で、何かを求め続けている。
OK Goの音楽は、非常にポップである。メロディは明確で、フックも強く、曲ごとのアイデアも分かりやすい。しかし、そのポップさの裏には、感情を機械的なビートやシンセサイザーの光の中へ閉じ込めるような冷たさがある。『Hungry Ghosts』では、恋愛の痛みや関係の崩壊が、ギター・ロックの生々しい音ではなく、電子音の反復、硬いリズム、きらびやかなシンセの中で表現される。そのため、アルバム全体には、踊れるのに寂しい、明るいのに空虚という二重性がある。
本作は、2010年代のインディー・ポップがエレクトロニックな音響へ接近していく流れの中にも位置づけられる。Phoenix、Passion Pit、MGMT、Foster the People、Hot Chip、M83、Empire of the Sun、The Postal Service以後のエレクトロ・ポップ感覚と共振しながら、OK Goは自分たちらしいユーモア、構築性、メロディ志向を保っている。彼らの音楽は、クラブ・ミュージックそのものではなく、ロック・バンドがポップな実験として電子音を取り込んだものだと言える。
『Hungry Ghosts』は、OK Goのディスコグラフィの中でも、特に音楽的な変化が大きい作品である。ギター・バンドとしての輪郭は残しつつも、サウンドの中心はシンセとビートへ移っている。その結果、初期のパワーポップ的な即効性とは違う、都会的で、少し冷たく、しかし非常にキャッチーなアルバムになった。本作は、OK Goが映像だけでなく、音楽そのものでも時代の変化に対応しようとした重要な一枚である。
全曲レビュー
1. Upside Down & Inside Out
オープニング曲「Upside Down & Inside Out」は、『Hungry Ghosts』のエレクトロポップ路線をはっきり示す楽曲である。タイトルは「上下逆さまで、内側が外側に出ている」という意味を持ち、感情や関係がひっくり返ってしまう感覚を表している。恋愛や混乱の中で、自分の内面が外へ露出し、世界の見え方が変わるような状態である。
サウンドは非常に明るく、シンセサイザーとビートが前面に出ている。ギター・ロックのオープニングというより、ダンス・ポップとしての軽さと推進力がある。リズムは弾み、メロディもキャッチーで、アルバム冒頭から聴き手をポップな空間へ引き込む。
歌詞では、関係や感情の中で自分が制御不能になる感覚が描かれる。世界が逆さまになるという表現は、恋愛の高揚にも、混乱にも、破綻にも使える。この曲では、その二面性が重要である。明るいサウンドの中に、内面がかき乱される不安が含まれている。「Upside Down & Inside Out」は、本作の光と混乱を象徴するオープニング曲である。
2. The Writing’s on the Wall
「The Writing’s on the Wall」は、本作の代表曲のひとつであり、関係の終わりがすでに見えている状態を歌う楽曲である。タイトルは「壁に書かれている」という慣用句で、破局や失敗が明らかになっていることを意味する。つまり、この曲はまだ関係が続いているように見えても、終わりの兆候がすでに見えている瞬間を描いている。
サウンドは軽快で、シンセとギターがバランスよく配置されている。ポップなリズムと明るいメロディによって、歌詞の切なさは過度に重くならない。しかし、その明るさがかえって、関係の崩壊を受け入れきれない感覚を際立たせる。OK Goはここで、悲しい内容を悲しい音でそのまま鳴らすのではなく、ポップな表面の裏に痛みを隠している。
歌詞では、二人の関係がもう修復できないことを分かっていながら、まだその場にいる人物の感情が描かれる。壁に書かれたメッセージは消せない。見ないふりをしても、現実はそこにある。「The Writing’s on the Wall」は、OK Goのメロディ・センスと、恋愛における諦めの感情が見事に結びついた楽曲である。
3. Another Set of Issues
「Another Set of Issues」は、タイトル通り「また別の問題」を意味する楽曲である。人間関係や人生において、一つの問題が解決したと思っても、すぐに別の問題が現れる。その終わらない複雑さを、OK Goらしい軽妙なポップ・サウンドで描いている。
サウンドはエレクトロニックで、ビートは軽く跳ねる。曲は深刻に沈み込むのではなく、問題が次々に現れること自体を少し皮肉っぽく受け流すように進む。シンセの明るさとヴォーカルの軽さが、歌詞の不安をポップに変換している。
歌詞では、相手との関係や自分自身の内面に、また新しい問題が生じる感覚が歌われる。これは恋愛にも、現代生活にも当てはまる。問題は一度に終わらず、形を変えて戻ってくる。「Another Set of Issues」は、『Hungry Ghosts』における感情の未解決性を、軽快な形で表した楽曲である。
4. Turn Up the Radio
「Turn Up the Radio」は、アルバムの中でも特にキャッチーで、ポップ・ロック的な開放感を持つ楽曲である。タイトルは「ラジオの音量を上げろ」という意味で、音楽によって現実を上書きする、あるいは感情を解放する行為を示している。
サウンドは明るく、コーラスも大きく開ける。シンセポップ寄りのアルバムの中でも、この曲にはロック・バンドとしてのOK Goの感覚が比較的残っている。ビートは現代的だが、曲の骨格はアンセム的で、ライヴでも映えるタイプの楽曲である。
歌詞では、ラジオを大きく鳴らすことが、逃避であると同時に救いとして描かれる。つらい感情や複雑な関係を一瞬忘れるために、音楽の音量を上げる。これはポップ・ミュージックそのものの役割でもある。「Turn Up the Radio」は、OK Goが音楽の快楽を素直に肯定する楽曲であり、本作の中で特に聴きやすい一曲である。
5. Obsession
「Obsession」は、タイトル通り執着をテーマにした楽曲である。『Hungry Ghosts』というアルバム全体において、満たされない欲望や関係へのこだわりは重要なテーマであり、この曲はその中心的な感情を明確に扱っている。
サウンドは硬く、電子的な反復が強い。ビートは機械的で、執着が頭の中で繰り返される感覚を音として表している。メロディはポップだが、曲全体には少し圧迫感がある。OK Goのエレクトロポップは、単なる明るいダンス・ミュージックではなく、心理的なループを表現する手段にもなっている。
歌詞では、相手や感情から離れられない状態が描かれる。執着は愛と似ているが、より制御不能で、自分自身を支配する。相手を求めることが、次第に自分を失うことへ変わっていく。「Obsession」は、アルバム・タイトルにある飢えた幽霊のような欲望を、もっとも直接的に表す楽曲のひとつである。
6. I’m Not Through
「I’m Not Through」は、「まだ終わっていない」という強い意志をタイトルに持つ楽曲である。関係が終わりかけている、あるいは周囲から終わったと思われている中で、それでも自分はまだ終わっていないと宣言する。OK Goらしいポップな前向きさと、内側のしつこい感情が同居している。
サウンドは勢いがあり、ビートも前へ進む。シンセとギターが重なり、曲には強い推進力がある。ヴォーカルも比較的力強く、アルバムの中で感情が外へ向かう瞬間となっている。
歌詞では、終わりを受け入れない人物の姿が描かれる。これは恋愛の文脈でも、バンド自身の姿勢としても読める。まだ終わっていない、まだ言いたいことがある、まだ動き続ける。その姿勢は、タイトルの『Hungry Ghosts』が示す飢えとも重なる。「I’m Not Through」は、未練と抵抗をポップな形で表現した楽曲である。
7. Bright as Your Eyes
「Bright as Your Eyes」は、本作の中でも比較的ロマンティックで、柔らかな感触を持つ楽曲である。タイトルは「君の瞳のように明るい」という意味を持ち、恋愛の中にある光や魅力を歌うように見える。しかし、OK Goのロマンティックな曲は、しばしばその光の裏に不安や距離を含む。
サウンドは穏やかで、シンセの響きにも柔らかさがある。強いビートで押す曲ではなく、メロディと空気感を重視している。アルバムの中で少し呼吸を整える役割を持ち、エレクトロニックな音像の中に人間的な温度を与えている。
歌詞では、相手の瞳や光をめぐるイメージが描かれる。相手の存在が世界を明るくする一方で、その明るさは手の届かないものにも感じられる。輝きは魅力であり、距離でもある。「Bright as Your Eyes」は、『Hungry Ghosts』の中で愛の美しさと不確かさを穏やかに表現する楽曲である。
8. I Won’t Let You Down
「I Won’t Let You Down」は、本作の中でも特に明るく、ダンス・ポップとしての完成度が高い楽曲である。タイトルは「君をがっかりさせない」という誓いであり、ポップ・ソングとして非常に分かりやすいメッセージを持つ。OK Goの中でも代表的な楽曲のひとつとして知られている。
サウンドは軽快で、ディスコやファンクの要素も感じられる。ビートは跳ね、シンセは明るく、コーラスは開放的である。『Hungry Ghosts』の中でも最も踊れる曲のひとつであり、バンドがエレクトロポップ/ダンス・ロックの領域へ踏み込んだ成果が明確に表れている。
歌詞では、相手を失望させないという約束が歌われる。ただし、この言葉は明るい決意であると同時に、不安の裏返しでもある。相手をがっかりさせる可能性があるからこそ、何度も誓う必要がある。「I Won’t Let You Down」は、陽気なサウンドの中に関係を守ろうとする切実さを込めた楽曲である。
9. The One Moment
「The One Moment」は、人生や関係の中にある一瞬の重要性をテーマにした楽曲である。タイトルは「その一瞬」を意味し、時間の流れの中で、決定的な瞬間がどれほど大きな意味を持つかを示している。OK Goの音楽は、しばしば映像的な構築性と結びつくが、この曲も一瞬を引き延ばすような感覚を持っている。
サウンドは広がりがあり、アルバム後半に感情的な深みを与える。ビートは明確だが、曲全体には少し叙情的な空気がある。シンセやギターの配置も、時間がゆっくり流れるような効果を生んでいる。
歌詞では、一瞬の中に人生の多くが詰まっているという感覚が描かれる。人は長い時間を生きるが、振り返ると決定的なのは限られた瞬間である。愛を伝える瞬間、失う瞬間、気づく瞬間。「The One Moment」は、OK Goのポップな構築性と、時間への感受性が結びついた楽曲である。
10. If I Had a Mountain
「If I Had a Mountain」は、仮定形のタイトルを持つ楽曲である。「もし山を持っていたら」という言葉は、大きな力や場所、あるいは障害を所有するような奇妙なイメージを生む。OK Goの歌詞には、こうした少し寓話的な表現がしばしば現れる。
サウンドはミドル・テンポで、やや落ち着いた雰囲気を持つ。アルバム後半において、激しいダンス・ポップの流れから少し距離を取り、内省的な余韻を加える曲である。電子音の質感は保たれているが、歌のメロディが中心に置かれている。
歌詞では、山という大きな象徴が使われる。山は障害であり、避難場所であり、見晴らしのよい場所でもある。もしそれを持っていたら何ができるのか。そこには、現実には持てないものへの願望や、関係を別の場所から見たいという感覚が含まれている。「If I Had a Mountain」は、本作の中で少し幻想的な内省を担う楽曲である。
11. The Great Fire
アルバムを締めくくる「The Great Fire」は、タイトル通り大きな火災、あるいは大きな破壊と浄化をテーマにした楽曲である。火は、すべてを燃やし尽くす破壊の象徴であると同時に、新しい始まりのための浄化の象徴でもある。『Hungry Ghosts』の最後にこの曲が置かれることで、アルバム全体の満たされなさや執着が、燃焼のイメージへと収束する。
サウンドは比較的ドラマティックで、終曲らしい余韻を持つ。派手に爆発するというより、火が広がり、残り火が残るような雰囲気がある。電子的な音像と叙情的なメロディが重なり、本作の明るさと寂しさを最後にまとめている。
歌詞では、大きな火が何かを終わらせる感覚が描かれる。関係、記憶、過去の自分、あるいは満たされない欲望が燃えていく。しかし、火は完全な解決ではない。燃えた後には灰が残る。「The Great Fire」は、『Hungry Ghosts』を痛みと浄化の余韻で締めくくる楽曲である。
総評
『Hungry Ghosts』は、OK Goがギター・ロック・バンドとしての出発点から、エレクトロポップ/ダンス・ロックへ大きく舵を切ったアルバムである。初期のパワーポップ的な勢いを求めるリスナーにとっては、シンセサイザーと電子ビートが前面に出た本作は大きな変化に感じられるだろう。しかし、その変化は表面的な流行追随ではなく、バンドの持つポップな構築性と、2010年代の音楽環境を結びつける試みとして理解できる。
本作の最大の魅力は、明るいサウンドと満たされない感情の対比にある。アルバムには踊れる曲が多く、メロディも非常にキャッチーである。しかし歌詞の中心には、終わりかけた関係、執着、逃避、未練、欲望、燃え尽きる記憶がある。タイトルの『Hungry Ghosts』が示す通り、ここにいる人物たちは何かを求めているが、完全には満たされない。ポップなビートは、その空腹を隠すための光でもある。
OK Goは、映像表現の革新性によって語られることが多いバンドである。もちろん本作の楽曲群も、映像作品と結びつくことでさらに広く認知された。しかし『Hungry Ghosts』を聴くと、彼らが単に映像アイデアのために音楽を作っているわけではないことが分かる。曲そのものに明確なメロディ、構成、感情の動きがあり、シンセポップ作品として十分に成立している。
音楽的には、PhoenixやPassion Pit、Hot Chip、MGMT、M83、Foster the Peopleなどと同時代的な感覚を共有している。だが、OK Goの個性は、どこか理系的とも言える構築性、ユーモア、そしてポップ・ソングとしての分かりやすさにある。彼らの音楽は、感情をむき出しにするより、仕掛けや構造の中に感情を置く。そのため、聴き心地は軽いが、奥には関係の崩壊や欲望の空洞がある。
本作は、OK Goのキャリアにおける中でも特に現代的なアルバムである。バンド・サウンドと電子音、ロックとダンス、映像と音楽、インターネット時代の拡散力とポップ・ソングの古典的な魅力が交差している。2010年代のポップ・ロックが、ギター中心の形式からシンセとビートを含む広い形へ変わっていったことを示す作品でもある。
日本のリスナーにとって本作は、OK Goの映像作品から入った後に、音楽面の完成度を確認するために聴く価値が高い。Phoenix、Passion Pit、Two Door Cinema Club、Foster the People、Hot Chip、The Postal Service、M83、Empire of the Sun、MGMTなどに関心がある場合、非常に聴きやすいだろう。また、明るいエレクトロポップの中に少し切ない歌詞がある作品を好むリスナーにも向いている。
『Hungry Ghosts』は、踊れるアルバムでありながら、満たされないアルバムでもある。光るシンセ、跳ねるビート、キャッチーなメロディの中に、恋愛の終わり、執着、未練、喪失が漂っている。飢えた幽霊たちは、明るい音の中をさまよい続ける。OK Goが映像時代のポップ・バンドであると同時に、音楽的にも柔軟で知的なグループであることを示した重要作である。
おすすめアルバム
1. Of the Blue Colour of the Sky by OK Go
2010年発表の前作。Prince、ニューウェイヴ、ファンク、サイケデリック・ポップの影響を取り込み、初期のギター・ロック路線から大きく広がった作品である。『Hungry Ghosts』のエレクトロポップ化へ向かう前段階として重要であり、OK Goの音楽的変化を理解するために欠かせない。
2. Oh No by OK Go
2005年発表のアルバム。「Here It Goes Again」を収録し、バンドを広く知らしめた作品である。ギター・ポップ/パワーポップとしてのOK Goの魅力が最も分かりやすく表れており、『Hungry Ghosts』とのサウンド変化を比較するうえで有効である。
3. Wolfgang Amadeus Phoenix by Phoenix
2009年発表のアルバム。インディー・ロックとシンセポップ、ダンス・ポップを洗練された形で融合した作品であり、『Hungry Ghosts』の都会的で軽快なポップ感覚と相性が良い。2010年代インディー・ポップの基準点として重要である。
4. Manners by Passion Pit
2009年発表のアルバム。高揚感のあるシンセ、明るいメロディ、しかし不安定な感情を内包したエレクトロポップ作品である。『Hungry Ghosts』と同様に、明るい音の中に満たされない感情を閉じ込める点で関連性が高い。
5. In Ghost Colours by Cut Copy
2008年発表のアルバム。ニューウェイヴ、シンセポップ、ダンス・ミュージック、インディー・ロックを滑らかに融合した作品であり、OK Goのエレクトロポップ路線をよりクラブ寄りの文脈で理解するうえで有効である。明るさと切なさのバランスも共通している。

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