
発売日:2001年9月3日
ジャンル:ポスト・パンク、オルタナティヴ・ロック、ネオ・サイケデリア、ゴシック・ロック、インディー・ロック
概要
The Chameleonsの『Why Call It Anything』は、1980年代英国ポスト・パンクの重要バンドが、長い空白を経て再びスタジオ・アルバムとして提示した復帰作である。The Chameleonsは、マンチェスター近郊ミドルトン出身のバンドで、1983年の『Script of the Bridge』、1985年の『What Does Anything Mean? Basically』、1986年の『Strange Times』によって、ポスト・パンク以降のギター・ロックに深い影響を与えた。彼らの音楽は、Joy Division以降の暗さを受け継ぎながらも、より広がりのあるツイン・ギター、内省的で詩的な歌詞、切迫したリズム、そしてMark Burgessの情熱的なヴォーカルによって、独自の美学を築いた。
『Why Call It Anything』は、オリジナル・アルバムとしては『Strange Times』以来、約15年ぶりの作品である。1980年代後半に解散した後、メンバーはそれぞれ別活動を行い、The Chameleonsという名前は長く伝説的な存在として語られていた。1990年代以降、ポスト・パンクやネオ・サイケデリア、ゴシック・ロック、シューゲイズ、インディー・ロックの文脈で彼らの評価は再確認され、Interpol、The National、Editors、White Lies、The Horrorsなどの後続バンドにもつながる影響源として位置づけられるようになった。本作は、その再評価の機運の中で、バンド自身が再び自分たちの音を鳴らした作品である。
The Chameleonsの最大の特徴は、Reg SmithiesとDave Fieldingによるギターの絡みである。彼らのギターは、ハードロック的なリフで押し切るものではなく、アルペジオ、ディレイ、コーラス、反復するフレーズによって、広く揺らめく音響空間を作る。そこにJohn Leverのドラムが緊張感を与え、Mark Burgessのベースとヴォーカルが曲の感情的な中心を担う。この構造は、1980年代の代表作で確立されたものだが、『Why Call It Anything』でも基本的には維持されている。ただし、録音やプロダクションの質感は2000年代初頭らしく、過去作よりも少し乾いた、硬い輪郭を持っている。
本作のタイトル『Why Call It Anything』は、直訳すれば「なぜそれに何か名前をつけるのか」といった意味になる。これは、The Chameleonsらしい哲学的でやや曖昧な問いである。名前をつけることは、物事を理解し、分類し、所有する行為である。しかし、感情や記憶、人生の不安、喪失、世界への違和感は、簡単に名前をつけられるものではない。The Chameleonsの音楽は常に、言葉にできない不安や高揚、世界との距離を音にしてきた。本作のタイトルもまた、そうした名づけられない感情へのこだわりを示している。
歌詞面では、過去作と同様に、個人的な内省と社会的な不安が交差している。The Chameleonsは政治的スローガンを直接掲げるバンドではないが、彼らの歌には、権力、戦争、メディア、欺瞞、個人の疎外といったテーマが常に影を落としている。『Why Call It Anything』でも、愛や孤独を歌いながら、その背後には現代社会への不信、時間の経過への恐れ、精神的な漂流がある。復帰作であるにもかかわらず、単なるノスタルジーに閉じないのは、バンドの不安が現在進行形で鳴っているからである。
ただし、本作はThe Chameleonsの最高傑作として語られる作品ではない。『Script of the Bridge』や『Strange Times』のような、若さゆえの切迫感、ポスト・パンクの時代的緊張、神秘的なギターの輝きに比べると、本作にはやや成熟した重さと、再結成作特有の慎重さがある。だが、それは単純な弱点ではない。15年の時間を経たバンドが、過去を完全に再現するのではなく、自分たちの核を維持したまま、再び音を鳴らそうとする姿がここにはある。その意味で『Why Call It Anything』は、The Chameleonsの神話の後日談であり、同時にその神話がまだ生きていることを示す作品である。
全曲レビュー
1. Shades
オープニングを飾る「Shades」は、The Chameleonsの復帰を告げる楽曲として、非常に象徴的な位置にある。タイトルの「Shades」は、影、色合い、濃淡、あるいは幽霊のような存在を示す言葉であり、The Chameleonsの音楽にふさわしい多義性を持っている。彼らの音楽は、明暗のはっきりしたロックというより、光と影の境界で鳴る音楽である。
サウンドは、冒頭から広がりのあるギターの層によって構成される。Reg SmithiesとDave Fieldingのギターは、過去作と同様に、互いに絡み合いながら空間を作る。リフで押し切るのではなく、旋律の断片が重なり、曲全体を揺らめかせる。その上にMark Burgessの声が乗ることで、楽曲は単なる復帰宣言ではなく、記憶の奥から立ち上がるような印象を与える。
歌詞のテーマは、過去の影、見えないもの、消えたはずの感情が現在に戻ってくることにある。再結成後のアルバム冒頭にこの曲が置かれることで、The Chameleons自身が自分たちの過去と向き合っているようにも聴こえる。かつてのバンドの影、若い頃の自己、失われた時間。それらは完全に消えたわけではなく、新しい光の中で別の濃淡を持つ。
「Shades」は、過去のThe Chameleonsを期待するリスナーに対し、彼らの核心がまだ残っていることを示す曲である。ただし、音には若い頃の焦燥だけではなく、時間を経た後の重さがある。復帰作の入口として、非常に効果的な楽曲である。
2. Anyone Alive?
「Anyone Alive?」は、タイトルからして強い問いかけを持つ楽曲である。「誰か生きているのか」という言葉は、単なる呼びかけではなく、精神的な孤立、社会の空虚さ、あるいはコミュニケーション不全を示している。The Chameleonsの音楽では、個人の不安がしばしば世界全体への問いへと広がるが、本曲はその特徴をよく示している。
音楽的には、緊張感のあるリズムとギターの反復が中心となる。ドラムは曲を前へ進めながらも、どこか切迫した空気を作る。ギターは広がりを持ちつつ、明るく開放されるのではなく、閉じ込められた空間の中で鳴っているように響く。The Chameleonsのギター・サウンドは、壮大でありながら閉塞感も持つ。その矛盾が、この曲の主題とよく合っている。
歌詞では、周囲の世界に生命感が失われていることへの不安が描かれる。人々は動いているが、本当に生きているのか。言葉は交わされているが、本当に意味はあるのか。こうした問いは、ポスト・パンク以降の都市的な疎外感と深く結びついている。The Chameleonsは、Joy Divisionのような冷たい絶望とは異なり、より情熱的で人間的な声によってその孤立を歌う。
本曲は、復帰作においてThe Chameleonsが単なる懐古のバンドではなく、現代的な不安をなお抱えていることを示す重要曲である。タイトルの問いは、リスナーにも向けられている。生きていることとは何か、世界と本当に接続しているのか。その不安が、曲全体を貫いている。
3. Indiana
「Indiana」は、タイトルから地名を連想させる楽曲であり、The Chameleonsの作品にしばしば見られる、現実の場所と心理的風景が重なるタイプの曲である。インディアナというアメリカ中西部の地名は、英国のバンドであるThe Chameleonsにとって、単なる土地というより、遠い場所、旅、記憶、あるいは映像的な想像力の対象として響く。
サウンドは、ギターの広がりとメロディの叙情性が印象的である。The Chameleonsの楽曲には、地理的な移動を感じさせるものが多いが、それはロード・ソング的な自由とは少し異なる。むしろ、遠くへ行っても自分の不安から逃れられない感覚がある。「Indiana」もまた、どこかへ向かう曲でありながら、精神的には内側へ沈んでいくように聴こえる。
歌詞のテーマは、距離、記憶、失われた関係、または自分が属していない場所への憧れとして解釈できる。遠い地名は、現実の目的地であると同時に、現在とは別の人生の可能性を象徴する。The Chameleonsの歌詞は具体的な物語を明確に語るより、聴き手に解釈の余地を残す。本曲も、その曖昧さが魅力である。
アルバムの序盤に置かれることで、「Indiana」は作品に広い空間感覚を与える。復帰作としての緊張だけでなく、The Chameleons特有の旅情とメランコリーがここで立ち上がる。ギターの響きが心象風景を描くバンドとしての力がよく表れた一曲である。
4. Lufthansa
「Lufthansa」は、ドイツの航空会社名をタイトルにした楽曲であり、移動、国境、空、現代的な交通、そしてどこにも定着できない感覚を連想させる。The Chameleonsの音楽では、都市や移動のイメージがしばしば精神的な不安と結びつく。本曲も、飛行機や旅のイメージを通じて、現代人の漂流感を描いているように響く。
音楽的には、比較的推進力のあるリズムと、空間的なギターが特徴である。飛行を思わせる浮遊感がある一方で、曲は軽やかに上昇するというより、どこか重い。空を飛ぶことは自由の象徴であるはずだが、The Chameleonsの手にかかると、それは不安定な移動、帰る場所の喪失、空中に宙づりにされた感覚へと変わる。
歌詞では、移動することの意味が問われているように感じられる。場所を変えれば人生が変わるのか。遠くへ行けば過去から逃れられるのか。The Chameleonsの世界では、その答えは簡単ではない。外の景色が変わっても、内面の影はついてくる。本曲のタイトルに航空会社名が用いられていることで、個人的な旅ではなく、現代的で機械的な移動の冷たさも加わっている。
アルバム全体の中で「Lufthansa」は、The Chameleonsの持つ都市的・国際的な不安を象徴する曲である。1980年代のポスト・パンクが都市の疎外を歌ったとすれば、2000年代の本作では、その疎外がより広い移動社会の中で鳴っている。
5. Truth Isn’t Truth Anymore
「Truth Isn’t Truth Anymore」は、本作の中でも特に社会的・哲学的なタイトルを持つ楽曲である。「真実はもはや真実ではない」という言葉は、メディア、政治、情報、個人の記憶の不確かさを強く示している。2001年という時代を考えると、このタイトルは非常に先鋭的に響く。真実が相対化され、情報が操作され、言葉の意味が不安定になっていく状況を予感させる。
サウンドは、暗く緊張感のあるギターと、切迫したリズムによって構成される。The Chameleonsのギターは、ここで美しいだけでなく、不穏な響きを持つ。反復するフレーズが、確かなものを探そうとしても同じ場所へ戻ってしまう感覚を生む。Mark Burgessのヴォーカルは、怒りと失望を含みながらも、単純な抗議ではなく深い疑念として響く。
歌詞の主題は、真実の喪失である。個人の関係においても、社会においても、人は何を信じればよいのか分からなくなる瞬間がある。The Chameleonsは、この不安を抽象的な哲学ではなく、感情的なロック・ソングとして表現している。だからこそ、曲は知的でありながら身体的な切迫感を持つ。
本曲は、『Why Call It Anything』というアルバム・タイトルとも深く響き合う。名前をつけること、真実を語ること、意味を固定すること。そのすべてが疑わしくなった世界で、なぜ何かを名づけるのか。この問いは、アルバム全体の思想的な中心に近い。
6. All Around
「All Around」は、周囲を取り巻くもの、逃れられない環境、あるいは全方位から迫る感情をテーマにした楽曲である。タイトルは一見シンプルだが、The Chameleonsの文脈では、包囲感や遍在する不安を示しているように響く。何かが自分の周囲にあり、どこへ行っても逃げられない。その感覚が曲全体に漂う。
音楽的には、広がりのあるギターが中心だが、明るく開放的というより、輪を描くように反復される。The Chameleonsのギターは、しばしば空間を広げながらも、聴き手をその空間の中に閉じ込める。本曲でも、音は四方へ広がるが、出口は簡単には見えない。
歌詞では、周囲の世界や人間関係に対する敏感さが描かれる。誰かの視線、言葉、過去の記憶、社会の騒音。それらは常に自分の周りにあり、完全には遮断できない。The Chameleonsの歌詞における主体は、世界から切り離された孤独な存在であると同時に、世界から過剰に影響を受けてしまう存在でもある。
アルバムの中盤に置かれることで、「All Around」は内面と外部の境界を曖昧にする役割を持つ。自分の中の不安なのか、世界から来る圧力なのか。その区別がつかなくなるところに、The Chameleonsの音楽の深い緊張がある。
7. Dangerous Land
「Dangerous Land」は、危険な土地というタイトルが示す通り、不安定な場所、敵意を含んだ世界、または精神的な荒地を描く楽曲である。The Chameleonsにとって「land」は、単なる地理的な土地ではなく、人間が生きる環境そのもの、あるいは心の中の風景として機能する。
サウンドは、緊張感のあるギターと重いリズムが中心で、アルバム中でも比較的硬質な印象を与える。曲全体に漂う危険な空気は、暴力的な爆発ではなく、いつ何かが起こってもおかしくない持続的な不穏さとして表現されている。The Chameleonsの音楽では、恐怖は瞬間的なショックではなく、空気中に漂い続けるものとして鳴る。
歌詞のテーマは、現代社会を生きることの危険、あるいは人間関係や記憶の中に潜む罠として読むことができる。安全だと思っていた場所が実は危険であり、見慣れた風景の中にも暴力や欺瞞が潜んでいる。The Chameleonsの世界では、安心できる場所は常に不確かである。
この曲は、アルバムに強い緊迫感を与える。復帰作としての落ち着きがある一方で、The Chameleonsが本質的に持つ暗い危機感がここでははっきりと表れる。ポスト・パンク的な不穏さを2000年代初頭に再び鳴らした楽曲である。
8. Music in the Womb
「Music in the Womb」は、本作の中でも特に詩的で象徴的なタイトルを持つ楽曲である。「子宮の中の音楽」という表現は、誕生以前の記憶、生命の原初的なリズム、母胎的な安心感、あるいはまだ言葉にならない音の状態を連想させる。The Chameleonsの歌詞世界において、これは非常に重要なイメージである。音楽が言葉より先に存在するという感覚が示されているからである。
音楽的には、幻想的で浮遊感のあるギターが目立つ。曲は外へ向かって進むというより、内側へ沈んでいくように展開する。The Chameleonsのギター・サウンドは、しばしば空間的と表現されるが、この曲ではその空間が外宇宙ではなく、身体の内側、記憶の奥のように感じられる。
歌詞のテーマは、言葉以前の感情、誕生以前の感覚、あるいは音楽が人間の存在にどれほど深く結びついているかという問いである。アルバム・タイトルが「なぜ何かと呼ぶのか」と問いかけるなら、この曲は名前を持たない音楽、まだ分類されない感情を描いている。名づけられる前の世界、意味になる前の響き。そこにThe Chameleonsの音楽の根源がある。
本曲は、アルバムの中でも特に内省的で、神秘的な役割を持つ。The Chameleonsが単なる暗いギター・ロック・バンドではなく、存在や記憶そのものを音にしようとするバンドであることを示している。
9. Miracles and Wonders
「Miracles and Wonders」は、奇跡と驚異を意味するタイトルを持つ楽曲であり、アルバム後半に比較的開かれた感覚をもたらす。The Chameleonsの音楽は暗いイメージで語られがちだが、実際には絶望だけでなく、希望や畏怖、美しいものへの感受性も強く含まれている。本曲はその側面を示す重要な一曲である。
サウンドは、ギターの広がりとメロディの高揚感が印象的である。暗い雲の間から光が差すような感覚があり、The Chameleons特有のメランコリックな美しさがよく表れている。完全な明るさではないが、重い不安の中に一瞬の開放がある。
歌詞では、世界の中に残る奇跡や驚きへの感覚が描かれる。これは単純な楽観ではない。むしろ、混乱した世界や痛みの中でも、なお人が何かに心を動かされる瞬間があるという認識である。The Chameleonsの歌における希望は、無邪気なものではなく、暗さを知った後にかろうじて見える光である。
アルバムの流れの中で、「Miracles and Wonders」は重要な呼吸の場となる。前半から中盤にかけて積み重なった不安や疑念に対し、ここでは世界を完全に否定しない視線が示される。そのため、本曲は本作の精神的なバランスを支える楽曲といえる。
10. Are You Still There?
「Are You Still There?」は、タイトルからして非常に切実な問いかけを持つ楽曲である。「まだそこにいるのか」という言葉は、失われかけた相手への呼びかけであり、同時に自分自身への問いでもある。The Chameleonsの楽曲には、他者との距離、応答の不在、声が届かない不安がしばしば現れるが、本曲はそのテーマを直接的に扱っている。
音楽的には、叙情的なギターとMark Burgessの感情的なヴォーカルが中心である。曲は大きく爆発するというより、問いかけを反復しながら感情を深めていく。The Chameleonsの音楽では、サビの派手な解放よりも、反復によって感情が増幅されることが多い。本曲もその構造を持っている。
歌詞では、相手の存在を確認しようとする不安が描かれる。これは恋愛や友情の歌としても読めるが、より広く、かつて信じていたもの、過去の自分、失われた理想への呼びかけとしても解釈できる。復帰作である本作において、この問いはバンド自身にも向かっているように響く。The Chameleonsはまだそこにいるのか。かつての精神はまだ残っているのか。
この曲は、アルバム後半の感情的な核心にあたる。個人的な問いでありながら、長い空白を経たバンドとリスナーの関係にも重なる。応答があるかどうか分からないまま呼びかけ続ける。その姿勢が、The Chameleonsの音楽らしい切実さを生んでいる。
11. Seriocity
「Seriocity」は、タイトル自体が造語的な響きを持つ楽曲である。「serious」と「city」を組み合わせたようにも見え、深刻さと都市性が重なった言葉として解釈できる。The Chameleonsの音楽において都市は、常に疎外、不安、過密、孤独の舞台であり、この曲もその系譜にある。
サウンドは、硬質なギターとリズムによって都市的な緊張を生む。曲全体には、機械的ではないが冷たい輪郭があり、人間の感情がコンクリートの中に反響しているような印象を与える。The Chameleonsのマンチェスター的な背景を考えると、都市の湿った暗さは彼らの音楽に深く刻まれている。
歌詞では、現代都市における深刻さ、言葉の重さ、あるいは人々が真剣さを失っていく状況への違和感が感じられる。タイトルが造語であること自体、既存の言葉では表現しきれない都市的な心理状態を示している。The Chameleonsは、都市を単なる背景ではなく、精神を形作る環境として扱う。
アルバム終盤に置かれることで、「Seriocity」は本作の社会的な不安を再び強調する。個人的な喪失や問いかけだけでなく、その背後には時代と都市の圧力がある。The Chameleonsのポスト・パンク的な核がよく表れた楽曲である。
12. Intrigue in Tangiers
「Intrigue in Tangiers」は、The Chameleonsの過去作『What Does Anything Mean? Basically』に収録されていた楽曲の再演として、本作に特別な意味を与える。タイトルは「タンジールの陰謀」を意味し、異国的な都市、スパイ映画的な緊張、謎めいた人間関係を連想させる。再結成後のアルバムにこの曲が収められていることは、バンドが自分たちの過去と意識的に向き合っていることを示す。
オリジナル版に比べると、本作での演奏はより成熟した響きを持つ。若い頃の切迫感は少し後退しているが、その代わりに、時間を経た後の重みがある。ギターの絡みは依然として美しく、曲が持つエキゾティックで不穏な空気は保たれている。
歌詞のテーマは、陰謀、誤解、欲望、逃避、見知らぬ場所への投影として読むことができる。タンジールという都市名は、現実の地名であると同時に、欧米文化における異国的幻想の象徴でもある。The Chameleonsは、そのイメージを用いて、現実から離れた場所に潜む危険や魅力を描いている。
本曲の再録は、単なるファンサービスではない。The Chameleonsが過去の自分たちを現在の音で鳴らし直すことで、バンドの連続性が示される。『Why Call It Anything』という復帰作において、この曲は1980年代のThe Chameleonsと2000年代のThe Chameleonsを接続する橋のように機能している。
13. Miracles and Wonders / Outro的余韻としての終盤構成
一部の版や流通形態によって曲順やボーナス的な扱いが異なる場合もあるが、『Why Call It Anything』全体の終盤は、The Chameleonsの再生と回帰の感覚をまとめる役割を持っている。特に「Miracles and Wonders」以降の楽曲群では、暗い疑念の中に、まだ失われていない光を探すような姿勢が見える。
The Chameleonsは、絶望を描くバンドでありながら、完全な虚無に落ちることは少ない。彼らの音楽には、世界への怒りや不信と同時に、世界がまだ驚異を含んでいるという感覚がある。ギターの広がりは、閉塞だけでなく、遠くに開かれた地平線を示す。Mark Burgessの声もまた、打ちひしがれながらも、最後まで呼びかけをやめない。
この終盤の流れによって、アルバムは単なる再結成作ではなく、長い沈黙の後に再び意味を探す作品としてまとまる。タイトルが示すように、名前をつけることは難しい。真実も不確かで、記憶も曖昧で、世界は危険である。それでも音楽は鳴る。The Chameleonsにとって、その事実自体がひとつの奇跡であり驚異なのだといえる。
総評
『Why Call It Anything』は、The Chameleonsのディスコグラフィにおいて、1980年代の三部作とは異なる意味を持つ作品である。『Script of the Bridge』『What Does Anything Mean? Basically』『Strange Times』が、ポスト・パンクの時代的緊張と若いバンドの切迫した創造力を刻んだ作品だとすれば、本作は、その後に長い時間を経たバンドが、自分たちの過去と現在をもう一度接続しようとしたアルバムである。
本作の最大の魅力は、The Chameleonsらしいギターの美学がなお健在である点にある。Reg SmithiesとDave Fieldingのギターは、1980年代の代表作ほど神秘的な輝きを放つ瞬間もあれば、2000年代初頭らしいやや硬質な録音の中で、より地に足のついた響きを見せる場面もある。二本のギターが作る広がり、反復、きらめき、陰影は、The Chameleonsの音楽の核であり、本作でもそれは明確に残っている。
Mark Burgessのヴォーカルと歌詞も重要である。彼の声は、若い頃の鋭い切迫感とは少し異なり、時間を経た重みを帯びている。しかし、その問いかけるような歌い方、世界への不信、個人の孤独を社会的な不安へつなげる感覚は変わっていない。「Anyone Alive?」「Truth Isn’t Truth Anymore」「Are You Still There?」といったタイトルに象徴されるように、本作は応答を求めるアルバムである。誰かは生きているのか。真実は残っているのか。まだそこにいるのか。これらの問いは、バンド自身とリスナーの関係にも向けられている。
音楽的には、80年代ポスト・パンクの再現というより、その文法を2000年代初頭のオルタナティヴ・ロックの中で再び鳴らした作品である。制作面では過去作のような湿った神秘性が薄れた部分もあるが、その代わりに、復帰作としての率直な力がある。The Chameleonsの音楽は、時代ごとの流行に合わせて大きく変質するタイプではなく、自分たちの内側にある緊張を何度も掘り返すタイプの音楽である。本作もその延長にある。
歌詞のテーマは、真実の不確かさ、移動と漂流、都市の不安、記憶の影、名づけられない感情、そして希望の痕跡である。『Why Call It Anything』というタイトルは、アルバム全体を貫く問いとして機能する。何かに名前をつけることで、それを理解したつもりになる。しかし、人生の痛みや世界の不安、音楽の感情は、簡単な名前では収まらない。The Chameleonsは、その名づけられないものを、ギターの響きと声の震えによって表現しようとしている。
日本のリスナーにとって本作は、The Chameleonsの入門編として最初に聴く作品というより、80年代の名盤を聴いた後に触れることで意義が見えやすいアルバムである。『Script of the Bridge』の圧倒的な初期衝動や、『Strange Times』の完成度を知ったうえで本作を聴くと、長い空白の後にバンドが何を守り、何を変えたのかが分かる。ポスト・パンク・リヴァイヴァル以降のバンドを好むリスナーにとっても、The Chameleonsの影響力と持続力を確認できる作品である。
『Why Call It Anything』は、完璧な復活作ではないかもしれない。だが、The Chameleonsというバンドが単なる過去の伝説ではなく、時間を経てもなお有効な不安と美しさを持っていたことを示している。ここには、若い頃の燃えるような切迫感とは別の、成熟した迷いと誠実さがある。名前をつけられない感情を、それでも音として残す。その姿勢こそが、本作の核心である。
おすすめアルバム
1. The Chameleons『Script of the Bridge』
The Chameleonsのデビュー・アルバムであり、ポスト・パンク史に残る重要作。広がりのあるツイン・ギター、Mark Burgessの切実なヴォーカル、都市的な不安と詩的な歌詞が高い完成度で結びついている。『Why Call It Anything』を理解するうえで、最も重要な出発点となる作品である。
2. The Chameleons『What Does Anything Mean? Basically』
The Chameleonsの中期的な美学が表れたアルバム。ギターの幻想性、内省的な歌詞、独特の浮遊感が強く、再録された「Intrigue in Tangiers」の原点もここで確認できる。『Why Call It Anything』のタイトルにも通じる、意味や存在への問いが深く刻まれている。
3. The Chameleons『Strange Times』
1980年代The Chameleonsの集大成的な作品。ポスト・パンク、ネオ・サイケデリア、オルタナティヴ・ロックの要素がよりスケールの大きい形で展開されている。『Why Call It Anything』が長い空白の後の作品であることを理解するには、このアルバムとの比較が有効である。
4. The Sound『From the Lions Mouth』
The Chameleonsと同じく、80年代英国ポスト・パンクの中で過小評価されながらも強い影響力を持つバンドの名盤。Adrian Borlandの切迫した歌唱と、緊張感のあるギター・サウンドが特徴である。The Chameleonsの内省的で情熱的な側面に共鳴する作品として聴く価値が高い。
5. Interpol『Turn On the Bright Lights』
2000年代ポスト・パンク・リヴァイヴァルを代表する作品。Joy DivisionやThe Chameleonsの影響を感じさせる冷たいギター、都市的な孤独、低く沈むヴォーカルが特徴である。『Why Call It Anything』と同時代以降の文脈で、The Chameleonsの影響がどのように受け継がれたかを確認できるアルバムである。

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