発売日: 1985年11月22日
ジャンル: インディー・ポップ、ネオアコースティック、ギターポップ
概要
『Easy Pieces』は、Lloyd Cole and the Commotionsが1985年にリリースしたセカンド・アルバムであり、華麗なデビュー作『Rattlesnakes』の熱狂を経て、“文学とポップ”のバランスを模索した実験的中間地点とも言える作品である。
本作は、前作で称賛された詩的でシニカルなリリックと、美麗なギターアンサンブルを継承しつつも、より商業的でリスナーに届きやすい方向性を志向。
プロデュースにはClive LangerとAlan Winstanley(MadnessやElvis Costelloで知られる名コンビ)を迎え、音のスケールは大きく、よりソリッドでアメリカン・ポップス的なテイストが加わった。
結果として本作はUKチャートで初登場1位を記録し、バンド最大の商業的成功を収めたが、同時に一部のリスナーや批評家からは、“軽すぎる”“深みが薄れた”という評価も受けることとなった。
だが実際には、青春の知的な憂鬱から、大人の洗練された苦味への移行期を繊細に描いた秀逸なポップアルバムであり、今なお再評価の声が高まる一枚である。
全曲レビュー
1. Rich
アルバム冒頭を飾るナンバーは、成功や金銭的余裕に対するシニカルな視線が印象的。
「豊かであること」と「満たされていること」は同義ではない──そんな価値観のズレを、軽快なビートと共に描く。
Lloydの冷静なボーカルが、余裕と皮肉の中間にある感情を表現する。
2. Why I Love Country Music
実際にはカントリーではないが、タイトル通りの“ねじれた愛”を描いた都会的アイロニーが光る一曲。
牧歌性に憧れながら、そこに身を置けない都会の恋人たちの哀愁が漂う。
美しいストリングスと控えめなホーンが、ロマンティックでありながらどこか醒めた雰囲気を強調している。
3. Pretty Gone
ギターが冴えわたる疾走感あるポップ・チューン。
“きれいに消えた”というタイトルに込められた皮肉な愛情表現が、失恋と再起の境界線を鮮やかに描く。
リフレインのコーラスが切なくも心地よく、前作にはなかったライブ的な躍動感がある。
4. Grace
柔らかなリズムと流麗なピアノが特徴のバラード。
名前の“Grace(優雅さ/女性名)”は、過去への未練と理想化された記憶の象徴として描かれており、アルバムの中でも最も詩的で深い一曲。
Lloydの低く抑えた声が、痛みと美しさを同時に伝える。
5. Cut Me Down
リズミカルなアコースティック・ギターとコーラスが心地よいポップ・ナンバー。
「私を切り落としてくれ(Cut Me Down)」というフレーズは、関係性の終焉を望む、ある種の自己破壊的願望を示している。
明るいメロディに乗せて苦い感情を吐露する、この対比が本作の核心をなしている。
6. Brand New Friend
本作からの代表的シングル曲。
「新しい友達が必要なんだ」という一見平凡な言葉に、現代的な孤独と、自己喪失の気配が色濃く滲む。
キャッチーなサビとホーンアレンジの効いたバンドサウンドは完成度が高く、まさに**“憂いを帯びた80年代ギターポップ”の理想形**と呼ぶにふさわしい。
7. Lost Weekend
タイトル通り、週末の恋と失敗を描いた哀愁ポップ。
泥酔と錯覚、逃避と現実のせめぎ合いを、軽妙なギターとテンポの良いリズムに乗せて展開する。
キャッチーさが先行しがちだが、実はかなり内省的なトーンの曲でもある。
8. Pretty Gone (Reprise)
3曲目のリプライズであり、わずか1分にも満たない短いインタールード。
旋律をピアノとストリングスで再提示することで、物語にふたたび影を落とすような演出を加えている。
アルバム構成としてのセンスが伺えるセクション。
9. Minor Character
自分を「マイナーな登場人物」と位置づけるこの曲は、ポップの中に存在する自己否定や疎外感を詩的に描き出す秀作。
小さなコード進行に乗るLloydの語りは、聴く者の心に静かに入り込む。
文学性と内省の深さが際立つアルバム中屈指の佳曲。
10. Big Snake
アルバムの終盤を飾る異色の一曲。
メタファーに満ちた歌詞と不穏なコード感が、内なる葛藤や不安、あるいは誘惑と戦う精神的な力動を表しているように感じられる。
本作が単なるポップ・アルバムでないことを示す、スリリングな一曲。
総評
『Easy Pieces』は、前作『Rattlesnakes』に比べて表面的にはポップで親しみやすくなったように見えるが、実際にはさらに深く複雑な感情の層を内包した作品である。
タイトルの“Easy Pieces”は皮肉であり、実際には簡単どころか、複雑な人間関係や内面のねじれを小粋にポップへと還元する構成が際立つ。
サウンド面ではホーンやストリングスの導入により厚みが増し、ポップスとしての完成度は高い。
一方で、Lloyd Coleのソングライティングはさらに文学的でメタ視点を強めており、登場人物の心理をより多面的に描き出している。
青春の疾走から、静かな憂鬱へ。
『Easy Pieces』は、人生の“分かれ道”に立った青年が見せる、思慮深くて少し不器用な歩き方の記録なのである。
おすすめアルバム(5枚)
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Elvis Costello – Punch the Clock (1983)
ホーンを多用したインテリ・ポップの代表作。Langer & Winstanleyつながり。 -
The Style Council – Our Favourite Shop (1985)
ポップと社会性、都会性を共存させた洗練の一枚。 -
Prefab Sprout – From Langley Park to Memphis (1988)
文学的ポップの極北。コールの文体に近いがよりロマンチック。 -
The Blue Nile – Hats (1989)
よりシリアスで夜的な視点を持つ、都会派インテリポップの名作。 -
Roddy Frame – Surf (2002)
Aztec Cameraのフロントマンによるソロ作。成熟した知性と抑制が共鳴。
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