発売日: 1972年5月
ジャンル: スワンプロック、ファンク、ルーツロック
概要
『Sailin’ Shoes』は、Little Featが1972年に発表したセカンド・アルバムであり、ローウェル・ジョージのソングライティングが開花した初期の代表作として知られる。
本作では、ブルースやカントリーといったアメリカ南部の伝統音楽に、都会的でファンキーなエッジを加えるスタイルが確立されつつあり、のちの『Dixie Chicken』につながるバンドの個性が明確に現れ始めている。
プロデュースはワーナーの名匠テッド・テンプルマンが担当し、音の輪郭はより洗練され、ラフなデビュー作に比してサウンド全体の完成度が格段に上昇。
アートワークはヒプノシスによる奇抜なイラストで、内容と同様にファンタジックかつ皮肉に満ちた世界観を示している。
本作は当時こそ商業的な成功には至らなかったものの、今日ではローウェル・ジョージの最高傑作の一つとして語られている。
全曲レビュー
1. Easy to Slip
軽快なリズムに乗せて、愛の喪失をしっとりと歌うポップナンバー。
共作者マーティ・シュワーツとの共作で、メロディは親しみやすく、LAサウンドの先駆とも言える。
冒頭曲としてアルバム全体の洗練された方向性を提示している。
2. Cold, Cold, Cold
ドラムが不穏に刻むリズムから始まり、ブルースの暗部をえぐるようなスロー・グルーヴ。
病床の孤独や愛への飢えを描いた歌詞が、冷たく乾いた音像と見事に調和している。
のちに『Dixie Chicken』で展開されるファンクの源流を感じさせる1曲。
3. Trouble
ローウェル・ジョージの甘くも悲しげなボーカルが際立つ、短くも印象深いバラード。
「トラブルは僕の影のようについてくる」という諦念に満ちたフレーズが心に残る。
この曲は後にリンダ・ロンシュタットなど多数のアーティストにカバーされている。
4. Tripe Face Boogie
ファンキーなビートと歪んだギターがぶつかり合う、カオティックなロックナンバー。
リトル・フィートの野性的な一面が炸裂し、デビュー作の混沌を思わせる痛快な1曲。
ライブではさらに過激な演奏がなされ、バンドの自由奔放さが表れている。
5. Willin’
本作のハイライトの一つにして、ローウェル・ジョージの代表曲。
「トラック運転手の旅と孤独」をテーマに、アメリカの風景と人間の哀愁を織り交ぜたバラードである。
デビュー盤にも別テイクが収録されているが、ここではスニーキー・ピートのスティールギターが加わり、より繊細で詩情豊かな仕上がりとなっている。
6. A Apolitical Blues
たった1分半の粗削りなブルース・ジャム。
「政治にうんざりだ」とうそぶくローウェルの叫びが、時代の空気を端的に表している。
ミシシッピ・デルタの泥臭さと、都市部のシニシズムが融合した異色曲。
7. Sailin’ Shoes
本作のタイトル曲にして、最も象徴的なナンバー。
童話的でありながらも風刺的な歌詞と、グルーヴィなアレンジが見事に融合。
ローウェルの比喩に満ちた世界観がもっとも冴えわたる瞬間であり、のちにロバート・パーマーがカバーしてヒットさせた。
8. Teenage Nervous Breakdown
ハイテンポで駆け抜けるロックンロール・ナンバー。
若者の怒りと焦燥をユーモラスに描き、リトル・フィートのパンク的な衝動が垣間見える。
アルバムの中で最も直情的な曲であり、ライブでも人気の一曲。
9. Got No Shadow
陰影に富んだコード進行と浮遊感のあるアレンジが魅力的な一曲。
「影を持たぬ者」という詩的なイメージが、自己喪失や存在不安といった主題を匂わせる。
アルバム後半の静けさと余韻を担うナンバー。
10. Cat Fever
ファンキーなリズムとジャジーなコードが交差するアヴァンギャルドな楽曲。
猫に仮託した恋愛感情や支配欲が描かれ、ユーモアと不穏さが共存している。
鍵盤のプレイが印象的で、バンドの演奏力の高さが際立つ。
11. Texas Rose Café
旅情あふれるロードソング的な楽曲で、架空のカフェにまつわる淡い記憶を描く。
ノスタルジーと切なさを湛えたメロディが、アルバムの幕引きに相応しい。
リスナーの心にそっと残る、静かな余韻を持った1曲。
総評
『Sailin’ Shoes』は、リトル・フィートがブルース／カントリー由来のルーツ性を土台にしながら、都市的な洗練、そしてファンク的リズムを織り交ぜ始めた分岐点である。
ローウェル・ジョージの比喩と寓話に富んだリリック、そしてサウンドの多彩さが絶妙なバランスで共存しており、彼らが単なる“南部のロックバンド”にとどまらないことを明示している。
当時のアメリカはベトナム戦争の疲弊や政治的不信が蔓延する時代であり、そのシニカルな空気をローウェルはユーモアと寓意で包み込む。
『Willin’』のような素朴な旅歌から、『Sailin’ Shoes』のような風刺的ポップまで、彼のソングライティングは人間の矛盾や滑稽さを優しくも鋭く映し出しているのだ。
また、テッド・テンプルマンのプロデュースにより、デビュー作では感じられなかった音の透明感やバンドとしての一体感が際立っている。
このアルバムは、後年の名作『Dixie Chicken』への橋渡しとしても重要であり、リトル・フィートというバンドの“成熟前夜”を見事に記録している。
おすすめアルバム（5枚）
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Little Feat – Dixie Chicken (1973)
『Sailin’ Shoes』の延長線上にある名盤。ファンクとニューオーリンズ・サウンドが結実した代表作。 -
Robert Palmer – Sneakin’ Sally Through the Alley (1974)
『Sailin’ Shoes』のタイトル曲をカバーした作品。ローウェル・ジョージも演奏で参加し、直接的な影響が感じられる。 -
The Band – Stage Fright (1970)
アメリカーナ的世界観と洗練されたアンサンブル。リトル・フィートと同様に「ルーツの再構築」を図った作品。 -
Randy Newman – Sail Away (1972)
風刺的なリリックと洗練されたアレンジ。ローウェルと同時代の知性あるソングライターとして比較対象にふさわしい。 -
J.J. Cale – Naturally (1972)
ミニマルなグルーヴと淡々とした歌唱。リトル・フィートのスワンプロック的側面と重なる部分が多い。
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