発売日: 1973年9月15日
ジャンル: カントリー・ロック、フォーク・ロック、ウェストコースト・ロック
概要
『Crazy Eyes』は、Pocoが1973年に発表した通算5作目のスタジオ・アルバムであり、創設メンバーであるリッチー・フューレイにとって最後の在籍作となった“叙情と別離”の記録である。
本作は、彼らのキャリアの中でも特に情感豊かで構成美に優れた作品とされ、前作『A Good Feelin’ to Know』で叶わなかった商業的成功の悔しさを乗り越え、芸術的完成度を優先した一枚である。
タイトル曲「Crazy Eyes」はグラム・パーソンズに捧げられた壮大な叙事詩であり、アルバム全体にもその影響が色濃く宿っている。
また、ジャズ的要素を含んだアレンジ、ダークで内省的なトーン、そしてサイケデリックな残響までもが混在し、カントリー・ロックという枠組みを越えた、表現の広がりを見せている。
それは同時に、Pocoが“アメリカーナ”という後のジャンル概念の先駆けでもあったことを証明している。
全曲レビュー
1. Blue Water
ティモシー・B・シュミットによる夢想的なオープニング。
柔らかなアルペジオと多声コーラスが水面の揺らぎのように響き、アルバム全体を包む“静かなる深さ”を象徴している。
水をテーマにした象徴的比喩も印象深い。
2. Fools Gold
ポール・コットンの作曲による、アメリカ的理想と現実のギャップを描いたロッキンなナンバー。
“愚か者の金”というタイトルは、見せかけの夢にすがる心情を端的に表している。
ギターリフの鋭さと歌詞の陰影が絶妙に絡み合う。
3. Here We Go Again
リッチー・フューレイらしいメロディアスなバラードで、“再び始まる恋”の予感と不安を丁寧に描く。
フォーク・ロックの穏やかなサウンドに乗せられた感情の揺れが、さりげなくも強い余韻を残す。
4. Brass Buttons
グラム・パーソンズによる未発表曲のカバー。
繊細な感情と装飾的なイメージが交錯するバラードで、原曲への敬意とPocoらしいアレンジが共存している。
このカバーを通じて、フューレイとパーソンズの精神的つながりが静かに浮かび上がる。
5. A Right Along
アップテンポでカントリーフレイバーの強いポール・コットン曲。
自由奔放な旅の歌として、アルバムの中で明るい転調をもたらす役割を果たしている。
演奏の疾走感とヴォーカルの軽やかさが好対照。
6. Crazy Eyes
本作の核にして、リッチー・フューレイがグラム・パーソンズに捧げた壮大な叙事詩。
9分を超えるスケールで展開されるこの曲は、カントリー、ロック、オーケストラ的構成を融合させた傑作。
“狂おしい目をした彼”が象徴するのは、音楽に殉じた者の魂か、それとも自らの投影か。
この1曲だけでもアルバムを特別なものにしている。
7. Magnolia
J.J.ケイルの楽曲をしっとりとカバー。
Pocoの持ち味である多声コーラスと控えめなアレンジが、原曲の淡い哀愁をさらに引き立てている。
静かに心に沁み入るような美しさが宿る。
8. Let’s Dance Tonight
フューレイによる軽快なロッカバラード。
“今夜くらい踊ろう”というフレーズが、喪失や哀しみの余韻の中でこそ効果を発揮する。
アルバムの最後に相応しい、小さな希望の余韻を残すクロージング・トラック。
総評
『Crazy Eyes』は、Pocoというバンドが持っていた“カントリー・ロックを超えた叙情性”を最も美しく結晶化させた作品であり、同時に創設者リッチー・フューレイの別れを静かに刻んだレクイエムでもある。
その音楽性は、純粋なカントリーの枠に収まらず、ジャズ、オーケストレーション、フォーク、そしてサイケデリックな感覚までを包摂する、極めて開かれた世界観を持っている。
タイトル曲「Crazy Eyes」を筆頭に、本作にはアメリカ音楽史の深層と個人の精神性が交錯しており、単なる“西海岸サウンド”では語りきれない濃密な感情と構成力が感じられる。
“静かに燃える”という表現がぴったりの本作は、過小評価されがちだが、Pocoの真価を知る上で欠かすことのできない一枚である。
おすすめアルバム(5枚)
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Gram Parsons – Grievous Angel (1974)
『Crazy Eyes』と精神的に深く結びついたパーソンズの遺作的アルバム。 -
The Byrds – Notorious Byrd Brothers (1968)
サイケとカントリーの交差点。『Crazy Eyes』の音響感と親和性がある。 -
Neil Young – On the Beach (1974)
内省的なトーンとアメリカの影を見つめる視線が、Pocoの後期と通じる。 -
Souther–Hillman–Furay Band – Trouble in Paradise (1975)
脱退後のフューレイが目指した新たな場所。『Crazy Eyes』の延長線にある作品。 -
J.J. Cale – Naturally (1971)
『Magnolia』の原曲収録作。Poco版と聴き比べることでカバーの妙が際立つ。
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