発売日: 2004年11月23日
ジャンル: グランジ、オルタナティヴ・ロック、デモ/アーカイブ音源
光を消して、耳を澄ませ——Nirvana、未完の声と断片で綴る“裏の自画像”
『With the Lights Out』は、Nirvanaの活動記録を余すことなくアーカイヴしたボックス・セットであり、1985年から1994年にかけての未発表音源、デモ、ラジオ・セッション、リハーサル、ライヴ録音などを収録した“闇の中で輝く音の断片集”である。
タイトルは「Smells Like Teen Spirit」の歌詞からの引用であり、「光を消しても——Still, it’s dangerous(それでも危うい)」という、Kurt Cobainの芸術性そのものを象徴するような言葉。
実際、本作に収められた曲群は、彼らの“完成形”ではなく、音楽が生まれる過程そのもの——つまり、ラフな音質と試行錯誤の中で鳴らされた“魂のスケッチ”——である。
CD3枚+DVD1枚(初回盤)の構成により、Cobainの創作メモ、雑誌切り抜き、写真なども含む豪華ブックレットと共に、Nirvanaの“静かなる記録映画”のような体験を可能にする。
全曲レビュー(代表曲抜粋)
Disc 1:初期音源とホームデモ
- Spank Thru(Fecal Matter Demo)
Kurtがひとりで録音した宅録時代の音源。“Nirvana以前”のプリミティヴな衝動がここにある。 - If You Must / Pen Cap Chew / Beans
未発表の初期曲群。混沌、実験、ユーモア——Cobainの音楽的多面性が荒削りに滲む。
Disc 2:『Bleach』〜『Nevermind』期の断片
- Sappy(Early Demo)
後に「Verse Chorus Verse」とも呼ばれる名曲の原型。メロディの美しさとテーマの重さがすでに同居している。 - Old Age(Demo)
Holeへの提供曲のセルフ・デモ。Kurt自身の声で聴くと、その詞がより内面的に響く。 - Smells Like Teen Spirit(Boombox Rehearsal)
あの“国歌”の原型。バンドのガレージに響いていたその瞬間の音は、奇跡の始まりの記録だ。
Disc 3:『In Utero』期〜晩年の痕跡
- You Know You’re Right(Acoustic Demo)
正式版とは全く異なる、囁くようなアコースティック・テイク。死の影を引きずるような静謐さが痛々しい。 - Do Re Mi
Cobainが遺した“最後の未完曲”。ほとんど囁きとコードだけのラフな録音ながら、心に突き刺さる旋律。 - Marigold(Dave Grohl Vo.)
Dave Grohlがリードを取った珍しい曲。Nirvanaが“Cobainだけのバンド”ではなかったことを示す貴重な一曲。
DVD(初回盤特典)
- Montage of Heck-styleホームビデオやTV出演、スタジオ・フッテージが収録され、バンドのオフステージの姿と、Kurt Cobainの笑顔が残された貴重な映像資料。**
総評
『With the Lights Out』は、“光の当たらなかった”Kurt Cobainの創作過程、試行錯誤、失敗、冗談、怒り、優しさ……そのすべてが残されたタイムカプセルである。
この膨大な未発表音源集は、単なる“レア音源集”ではなく、Nirvanaというバンドが“何者かになろうとした瞬間”の記録であり、
ときに失速し、ときに美しく、ときに壊れながら、彼らが“音”を通して自分自身を掘り起こしていったプロセスが可視化される。
完璧ではないが、だからこそ本物——
『Nevermind』や『In Utero』が“表の肖像”なら、『With the Lights Out』はその裏に貼られたコラージュ、ノイズまじりの告白文のようなもの。
おすすめアルバム
- Montage of Heck: The Home Recordings / Kurt Cobain
本作の延長線上にある、Kurt単独によるより私的な音の記録。 - Bleach / Nirvana
プリミティヴなサウンドの出発点。『Disc 1』との連関が強い。 - Sliver: The Best of the Box / Nirvana
『With the Lights Out』から選曲されたコンパクト版。 - B-Sides and Rarities / The Smashing Pumpkins
90年代オルタナ・バンドによる未発表曲の集成例として比較的近い。 - The Basement Tapes / Bob Dylan & The Band
“音楽の原風景”をそのまま残したデモ集という意味で精神的親和性がある。
コメント