
発売日: 2018年3月9日
ジャンル: エレクトロ・ファンク、ニューウェーブ、アート・ポップ、ダーク・ディスコ
現実の重力から解放された夢想——90年代のダンスフロアを舞台にしたof Montrealの“異形の祈り”
『White Is Relic/Irrealis Mood』は、of Montrealが2018年にリリースした15作目のスタジオ・アルバムであり、1980年代〜90年代のエレクトロ/ニューウェーブ・クラブミュージックへの明確な傾倒と、言語哲学的な主題が交錯する異色の作品である。
アルバム・タイトルにある“White Is Relic(白は過去の遺物)”は、社会構造における“白人性”への批判を含意し、後半の“Irrealis Mood”は文法における“非現実の語法”を示す。つまり本作全体は、「現実に起きていないことを語る言葉で、現実の暴力や不安を描く」という、深くメタ的でポリティカルな構成となっている。
音楽的には、New Order、Pet Shop Boys、Frankie Goes to Hollywood、Princeらの影響を受けた80s/90sエレポップ〜ファンク路線を再構築し、全6曲がそれぞれ7分前後の“長尺ディスコ・リリシズム”として構成されているのが特徴だ。
全曲レビュー
1. Soft Music/Juno Portraits of the Jovian Sky
スロウでドリーミーなイントロから始まり、ファンクと語り口が交錯するトラック。政治的言辞と感傷的な断章が入り混じる、アルバムの序文的楽曲。
2. Paranoiac Intervals/Body Dysmorphia
2部構成の中核曲。前半は不安と分裂のリズムが支配し、後半はボディ・イメージへの強迫観念がテーマとなる。ケヴィン・バーンズの“身体”という戦場を感じさせる一曲。
3. Writing the Circles/Orgone Tropics
宗教的イメージと精神世界が織りなす瞑想的ディスコ。タイトルにある“Orgone”はヴィルヘルム・ライヒの生命エネルギー理論に由来し、疑似科学とスピリチュアリティが奇妙に共鳴する。
4. Plateau Phase/No Careerism No Corruption
ポストパンク的なギターと持続的なベースラインが特徴。キャリア主義と権力構造への不信が吐き捨てられるように展開される。現代社会の虚構性を照射するような批評性が濃い。
5. Sophie Calle Private Game/Every Person Is a Pussy, Every Pussy Is a Star!
フランス人コンセプチュアル・アーティスト「ソフィ・カル」へのオマージュ。性の解放とアート、ジェンダー批評が渾然一体となり、本作中もっとも挑発的で祝祭的な楽曲。
6. If You Talk to Symbol/Hostility Voyeur
アルバムの締めくくりにふさわしい、内省と哲学の集大成。記号と言葉の虚構性を語りながら、結局人は“敵意ある覗き見”の視線から逃れられないという、冷たくも感傷的なポスト・クラブミュージック。
総評
『White Is Relic/Irrealis Mood』は、ポリティクス、哲学、セクシュアリティ、そして身体と音楽の関係を、ディスコという形式に封じ込めた知的かつ官能的な作品である。
全編を通じて明確な“踊れる構造”を持ちながら、その内側には言葉と概念の迷宮が仕掛けられており、ダンスフロアで汗をかくことと、思考の迷路をさまようことが等価に並列されている。
また、長尺で展開される各トラックは、かつてのアルバムのような断片性やキャラクター重視とは異なり、一人称の哲学的独白が延々と続く“私的クラブ演説”のようにも聞こえる。
of Montrealというバンドがポップ・フォームを借りて社会や自己を語るその手つきは、ここに来てますます洗練され、不可解で、そして魅力的になっている。
おすすめアルバム
-
Behaviour / Pet Shop Boys
80年代的エレポップの静けさと深さが詰まった名盤。本作の音作りのルーツの一つ。 -
Power, Corruption & Lies / New Order
ポリティカルな視線とダンサブルな音の融合。構造と感情の交差点に位置する作品。 -
Art Angels / Grimes
ジェンダーとポップの変容を描いた、現代的フェミニズム・ポップの到達点。 -
To Pimp a Butterfly / Kendrick Lamar
言語・政治・音楽・身体性を重層的に扱うという点で、異なるジャンルながら思想的に通じ合う。 -
Luxury Problems / Andy Stott
クラブ以後の感覚と内省の結びつきを探るポスト・エレクトロニカの秀作。
コメント