発売日: 2008年10月21日
ジャンル: グラム・ファンク、サイケデリック・ポップ、エレクトロ・ポップ、アート・ポップ
欲望と自己の解体劇——of Montrealの“暗黒バロック・ファンク”時代の到来
『Skeletal Lamping』は、of Montrealが2008年にリリースした9作目のスタジオ・アルバムであり、エレクトロポップ期の中でも特に複雑で破壊的な作品として知られている。
本作のタイトルにある「Skeletal Lamping(骨の灯火)」とは、骨の構造を露わにしながら照らし出すという意味合いを持ち、まさにこのアルバム全体がケヴィン・バーンズの精神や欲望を解体して照射する試みとなっている。
前作『Hissing Fauna, Are You the Destroyer?』で精神崩壊と再構築を描いたバーンズは、本作にて「ジョルジオ」という架空の分身を前面に押し出し、フェティッシュ、性的探求、アイデンティティの流動性といったテーマを、グラム・ファンクと電子音の混沌に包んで歌い上げる。
ジャンルを横断し、1曲中で複数のパートが断続的に展開されるこの作品は、まるで内面劇とクラブカルチャーが衝突するカラフルな精神の万華鏡であり、of Montreal史上もっとも“読解を必要とする”アルバムである。
全曲レビュー
1. Nonpareil of Favor
不協和音のように不安定な導入から始まり、狂気的なファンクへと転じる。この曲で提示されるのは、“自己の爆発”という本作のテーマそのものだ。
2. Wicked Wisdom
フェミニンで官能的なサウンドが展開される中で、ジェンダーと欲望についての語りが行われる。グラム・ロックの文脈をエレクトロに再翻訳したような曲。
3. For Our Elegant Caste
「君は女性じゃないし、僕も男じゃない」——性の境界線を曖昧にしながら、軽快なリズムでジェンダー・プレイを肯定する一曲。
4. Touched Something’s Hollow
前曲の熱狂のあとに訪れる静寂と感傷。内省的な美しさが光る短い曲。
5. An Eluardian Instance
アルバム中もっとも明るく、ポップで親しみやすい曲。愛と日常の美しさを詩的に描きながらも、不安定な感情の影が差す。
6. Gallery Piece
「君を踊らせたい、殴りたい、抱きしめたい…」という矛盾に満ちた感情の羅列。人間の愛情と支配欲の交錯が見事に表現されている。
7. Women’s Studies Victims
タイトルからも読み取れる通り、フェミニズムや性政治を風刺するような知的挑発性に満ちた曲。
8. St. Exquisite’s Confessions
断片的なメロディと構造のない展開。まるで夢の中で繰り返される場面転換のようだ。
9. Triphallus, to Punctuate!
奇妙なタイトルが示すように、性的暗喩とサイケファンクが暴れまわる一曲。聴き手を混乱させることに快楽を感じているようでもある。
10. And I’ve Seen a Bloody Shadow
“ジョルジオ”という alter ego が語り手として完全に登場。ダークで耽美な世界観が広がる。
11. Plastis Wafers
ポップなメロディラインの中に、病的な自己認識や妄想がにじむ。楽曲構成も断続的で、まるで短編の集合体のよう。
12. Death Is Not a Parallel Move
死をめぐる哲学的な問いが、混沌としたリズムとともに展開される。アルバム終盤のクライマックス。
13. Beware Our Nubile Miscreants
フェイク・R&Bとポリティカル・ユーモアの融合。バーンズの自己アイロニーが濃厚に香る一曲。
14. Mingusings
短くも不穏な間奏曲。不協和なピアノと語りが、物語の混沌を補強する。
15. Id Engager
アルバムのクロージングを飾る、ダンサブルかつキャッチーなナンバー。性的解放と自己承認を高らかに宣言する、ジョルジオの勝利宣言のようにも聴こえる。
総評
『Skeletal Lamping』は、of Montrealが“自己の多重構造”をエレクトロ・ファンクという新たな言語で暴露した野心作であり、彼らのディスコグラフィーの中でも最も実験的で複雑な作品である。
1曲に複数の場面が混在し、曲同士も有機的に繋がっていない。にもかかわらず、アルバム全体としては一つの人格の暴走を描いた“サイコ・オペラ”として明確な意志を持って構築されている。
性的倒錯、ジェンダーの流動性、愛と破壊の同居。ここにあるのは、“正しさ”を拒否した先にある真実の感情であり、そこに惹かれるか否かで本作への評価は大きく分かれる。
万人に薦められるポップスではない。しかし、音楽に“個の葛藤と変態性”を見たいリスナーにとっては、まさに宝箱のようなアルバムなのだ。
おすすめアルバム
-
Hissing Fauna, Are You the Destroyer? / of Montreal
精神の崩壊と再生をテーマにした前作。本作の“ジョルジオ”の起源でもある。 -
Sexuality / Sébastien Tellier
官能とエレクトロニカの美学が共鳴するフランス産ポップ。 -
Camille / Georges Brassens
フランス詩的感性と変態性が同居する異色のポップアルバム(変則的な関連性)。 -
Confessions on a Dance Floor / Madonna
自己の解放とダンス・ビートの結合という点で思想的な近似がある。 -
The ArchAndroid / Janelle Monáe
ジャンル横断・キャラクター性・社会性を兼ね備えたポップ・アートの傑作。
コメント