
発売日:2021年3月5日
ジャンル:インディー・ポップ/サイケデリック・ポップ/アート・ポップ/エレクトロ・ポップ/グラム・ポップ/エクスペリメンタル・ポップ
概要
of MontrealのI Feel Safe with You, Trashは、Kevin Barnesによる長い創作活動の中でも、特に断片性、混乱、自己崩壊、デジタル時代の感情の過剰さが前面に出た作品である。of Montrealは、1990年代後半にElephant 6周辺のインディー・ポップ/サイケデリック・ポップの文脈から登場したが、2000年代以降は単なるギター・ポップ・バンドにとどまらず、グラム・ロック、ファンク、ディスコ、R&B、エレクトロ、ノイズ、アート・ポップ、演劇的なキャラクター表現を取り込みながら、Kevin Barnes個人の精神状態や性的アイデンティティ、自己演出の問題を非常に過剰な形で音楽化してきた。
特に2007年のHissing Fauna, Are You the Destroyer?は、精神的危機とグラム・ファンク、エレクトロ・ポップが結びついた代表作であり、of Montrealの評価を決定づけた。その後のSkeletal Lamping、False Priest、Paralytic Stalks、Aureate Gloom、White Is Relic/Irrealis Moodなどでは、Kevin Barnesの歌詞はさらに複雑化し、ジェンダー、欲望、政治、身体、芸術、自己嫌悪、躁的な言語遊びが入り乱れるようになった。I Feel Safe with You, Trashは、そうした流れをさらに極端に進めたアルバムである。
本作は、2020年のUR FUNの後に発表された。UR FUNは、比較的明るく整理されたシンセポップ/ニューウェイヴ寄りのアルバムであり、of Montrealの中では比較的聴きやすい部類に入る作品だった。それに対してI Feel Safe with You, Trashは、はるかに荒く、断片的で、混沌としている。ポップ・ソングとしての整った形よりも、感情や思考が制御されないまま噴出することが優先されており、曲はしばしば突然展開を変え、音色は不安定に揺れ、歌詞は奇妙なイメージや長いタイトル、皮肉、自己分析、暴力的な比喩で満たされる。
タイトルのI Feel Safe with You, Trashは、非常にof Montrealらしい矛盾を含んでいる。「君といると安心する、ゴミよ」とでも訳せるこの言葉は、親密さと侮蔑、安心と自己嫌悪、愛情と汚れたものへの共感を同時に示している。ここでの「Trash」は、単なる罵倒語ではない。社会から価値の低いものと見なされる存在、壊れた感情、使い捨てられる関係、ポップ・カルチャーの残骸、自分自身の中の醜さや不要なものへの呼びかけでもある。Kevin Barnesは、きれいなものよりも、むしろ壊れたもの、不完全なもの、汚れたものの中に安心を見出している。
このアルバムは、パンデミック期の孤立や不安とも強く結びついている。外部世界との接触が制限され、インターネット、部屋の中の生活、過去の記憶、自己との対話が過剰になった時期に、of Montrealの音楽はさらに内側へ入り込み、同時にデジタルな過剰刺激へも向かっている。本作には、外へ出て誰かと共有されるポップの感覚よりも、頭の中で鳴り続ける不安定なラジオ、壊れたミックステープ、深夜のブラウザ履歴のような感触がある。
音楽的には、アルバム全体が非常に多様である。シンセポップ、グラム・ロック、サイケデリック・ポップ、エレクトロ、ファンク、ローファイなインディー・ポップ、ノイズ的な断片、奇妙なバラードが次々に現れる。過去のof Montreal作品でもジャンル横断は常に重要だったが、本作ではそのジャンル間のつなぎ目があえて滑らかに処理されていない。むしろ、接合部の不自然さ、急な転換、異物感が作品の個性になっている。
歌詞面では、Kevin Barnes特有の過剰な語彙と比喩がさらに強まっている。タイトルだけでも、「Drowner’s Teares」「Extract the Masculine Germ from Remote Memory」「Karlheinz Chop Up Children」「Fingerless Gloves」「Queer as Love」「Now That’s What I Call Freewave」など、芸術、身体、暴力、クィア性、記憶、メディア文化が複雑に入り混じっていることが分かる。彼の歌詞は明確な物語を語るというより、精神状態の断片を過密に並べ、そこから自己の不安定さを浮かび上がらせる。
日本のリスナーにとって、本作はof Montrealの入門盤としてはかなり難しい。Hissing Fauna, Are You the Destroyer?やWhite Is Relic/Irrealis Moodのように、一定のポップな統一感を持つ作品に比べると、I Feel Safe with You, Trashは意図的に散らかっている。しかし、of Montrealというプロジェクトの本質、つまりポップを安全な快楽ではなく、自己解体と過剰な想像力の場として使う姿勢を理解するには非常に重要な作品である。これは整った名盤というより、精神の部屋を片づけずにそのまま見せたような、危険で奇妙なアルバムである。
全曲レビュー
1. Drowner’s Teares
「Drowner’s Teares」は、アルバムの冒頭から本作の不安定な感情を提示する楽曲である。タイトルは古風な綴りを含み、「溺れる者の涙」といったイメージを持つ。水、涙、溺死、過剰な感情が重なり、最初からアルバムは清潔なポップの世界ではなく、感情に沈み込む場所へ入っていく。
音楽的には、of Montrealらしいサイケデリックな色彩と、どこか壊れたポップ感覚が同居している。メロディは親しみやすさを持つが、音の配置や展開は安定しない。Kevin Barnesの声は、歌として美しく整う瞬間と、演劇的に揺れる瞬間を行き来する。ここでは、安心して聴けるポップの枠組みが最初から少し歪んでいる。
歌詞のテーマは、沈む感情、自己憐憫、過剰な悲しみ、そしてその悲しみを美的なものへ変換する欲望として読める。「涙」は本来、感情の自然な表出だが、of Montrealの世界ではそれが演劇的な装飾にもなる。悲しみは本物であると同時に、演じられ、引用され、誇張される。
オープニングとして、この曲はI Feel Safe with You, Trashが整然としたポップ・アルバムではなく、精神的な溺水の記録であることを示している。水に沈みながら、それでも歌う。美しさと不快感の境界で始まる楽曲である。
2. Don’t Let Me Die in America
「Don’t Let Me Die in America」は、タイトルからして強い政治的・存在論的な不安を持つ楽曲である。「アメリカで死なせないでくれ」という言葉は、国家、医療、暴力、孤独、社会的崩壊、またはアメリカという文化的空間への絶望を連想させる。of Montrealの個人的な不安が、ここでは社会的な風景へ広がっている。
音楽的には、ポップな表面を持ちながらも、どこか切迫している。明るいシンセやリズムが使われていても、タイトルの持つ重さが曲全体に影を落とす。of Montrealはしばしば、軽快な音楽と重い言葉を衝突させることで、感情の歪みを作る。この曲もその典型である。
歌詞のテーマは、アメリカへの失望、死の不安、国という場所に対する違和感である。Kevin Barnesの歌詞では、政治は抽象的な理念ではなく、身体や精神の不安として表れる。どこで死ぬのか、どの社会の中で病み、老い、消費されるのかという問いは、非常に身体的である。
この曲は、本作が単なる内面的な混乱だけでなく、外部世界への不信も含んでいることを示す。個人の精神の散らかりと、国家や社会の散らかりが重なる。of Montrealらしい奇妙なポップの中で、現代アメリカへの強い拒否感が鳴っている。
3. March of the Gay Parade
「March of the Gay Parade」は、of Montrealの初期作品The Gay Paradeを思わせるタイトルを持ち、バンド自身の過去への自己言及としても聴ける楽曲である。初期of Montrealは、カラフルで奇妙なインディー・ポップ、サイケデリックな玩具箱のような作風を持っていた。本曲のタイトルは、その記憶を現在のより複雑で不穏な文脈へ呼び戻している。
音楽的には、マーチという言葉が示すような行進感や演劇性があり、of Montrealらしい戯画的な明るさがある。しかし、その明るさは純粋な幸福ではなく、どこか歪んだ祝祭である。楽しげなパレードの裏には、アイデンティティ、自己演出、クィア性、過去の作品への距離感が重なる。
歌詞のテーマは、祝祭としてのクィア性、自己引用、過去の自分との対話として読める。of Montrealの音楽では、クィア性は単なるテーマではなく、形式そのものに関わる。曲が一つの安定した性格を持たず、姿を変え、声を変え、ジャンルを変えること自体が、固定されたアイデンティティへの拒否になっている。
「March of the Gay Parade」は、過去のof Montrealのカラフルな側面を引用しつつ、それを現在の傷ついた視点から再構成する楽曲である。無邪気なパレードではなく、過去の祝祭の残骸を抱えた行進である。
4. Queer as Love
「Queer as Love」は、本作の中でも特にタイトルが象徴的な楽曲である。愛そのものがクィアである、あるいはクィア性とは愛の形そのものである、という意味に読める。of Montrealの長年のテーマであるジェンダー、セクシュアリティ、身体、欲望の流動性が、ここでは非常に直接的に提示されている。
音楽的には、柔らかさと奇妙さが共存している。メロディには甘さがあるが、音の配置や展開は通常のラブソングのようには安定しない。of Montrealは愛を安心できる場所として描くこともあるが、その安心は常に変形し、崩れ、別の意味へ開かれる。
歌詞のテーマは、愛の非規範性である。愛はしばしば社会的な制度、性別、関係性の規範に押し込められる。しかし、実際の愛はもっと不安定で、奇妙で、分類しにくい。Kevin Barnesは、その分類不可能性を否定するのではなく、むしろ愛の本質として歌っている。
本曲は、アルバム・タイトルの「I Feel Safe with You, Trash」とも響き合う。安心は清潔で規範的な場所にあるのではなく、壊れたもの、変なもの、名前をつけにくいものの中にある。愛がクィアであるという認識は、本作全体の倫理的な中心でもある。
5. My Friend Will Be Me
「My Friend Will Be Me」は、孤独と自己分裂を扱うタイトルである。「私の友人は私になる」という言葉は、自分自身を友人として扱うこと、他者がいない状態で自己を分裂させて会話すること、あるいは自己愛と自己孤立が重なる状態を示している。
音楽的には、比較的親密なトーンを持ちながらも、どこか不安定である。of Montrealの楽曲では、メロディが親しみやすいほど、歌詞の孤独が際立つことがある。この曲も、ポップな表面の下に深い孤立がある。
歌詞のテーマは、孤独の中で自己を相手にすることだと読める。パンデミック期の作品として考えると、外部との接触が減り、自分自身と向き合う時間が過剰になった状況とも結びつく。自分と話し、自分を慰め、自分に疲れる。その状態は、親密であると同時に危険である。
この曲は、Kevin Barnesのソングライターとしての自己観察の鋭さを示している。of Montrealの過剰な音楽性の奥には、常に孤独な部屋がある。「My Friend Will Be Me」は、その部屋の中で生まれた小さく奇妙な自画像である。
6. You’ve Had Me Everywhere
「You’ve Had Me Everywhere」は、愛や関係性における自己の拡散をテーマにした楽曲として聴ける。「君は私をあらゆる場所で手に入れた」という言葉には、肉体的・感情的・精神的に相手へ渡されてしまった感覚がある。親密さと消耗が同時に存在するタイトルである。
音楽的には、of Montrealらしい多彩なポップ感覚があり、曲は軽やかに進む部分と、やや不安定に揺れる部分を持つ。Kevin Barnesのヴォーカルは、甘くもあり、皮肉っぽくもあり、感情の真偽をあえて曖昧にする。
歌詞のテーマは、相手に消費されること、恋愛における自己喪失、または親密さの中で自分の境界がなくなることとして読める。「everywhere」という語は、広がりを示す一方で、自己が一箇所にまとまらない感覚も含む。相手の中に、自分が散らばってしまう。
この曲は、of Montrealのラブソングが常に幸福と危険を同時に持つことを示している。愛されることは、安心であると同時に、自分の形を失うことでもある。その矛盾が、軽やかなポップ・サウンドの中で表現されている。
7. Carmillas of Love
「Carmillas of Love」は、ゴシック小説『Carmilla』を思わせるタイトルを持つ楽曲である。Carmillaは吸血鬼文学の重要な女性吸血鬼であり、欲望、女性同士の親密さ、禁じられた誘惑、ゴシック的なエロティシズムを連想させる。of Montrealの美学と非常に相性の良い参照である。
音楽的には、少し暗く、演劇的な雰囲気がある。ポップでありながら、影が差している。Kevin Barnesは、吸血鬼的な欲望を単なるホラー趣味としてではなく、愛が持つ消耗性や他者への侵入として扱っているように聴こえる。
歌詞のテーマは、欲望の吸血性、愛の中にある支配と被支配、またはクィアな親密さのゴシック的な表現として読める。愛は生を与えるものでもあるが、同時に相手の力を吸い取るものにもなる。Carmillaのイメージは、その二重性を非常に強く象徴する。
この曲は、本作の中でof Montrealの文学的・ゴシック的な側面を示す重要な楽曲である。Kevin Barnesは、ポップ・ソングを小さな怪奇劇に変えることができる。ここでは愛が吸血鬼的な変身を遂げ、甘さと恐怖が同じ場所で鳴っている。
8. Music Hurts the Head
「Music Hurts the Head」は、非常に自己言及的なタイトルを持つ楽曲である。「音楽は頭を痛くする」という言葉は、of Montrealの音楽そのものにも当てはまる。過剰な情報量、急激な展開、密集した言葉、奇妙な音色が、快楽であると同時に疲労をもたらすからである。
音楽的には、タイトル通り、やや神経質で、刺激の多い構成を持つ。音は楽しくもあり、同時に落ち着かない。ポップ・ミュージックが通常与えるはずの快適さが、ここでは過剰になり、頭痛の原因になるような感覚がある。
歌詞のテーマは、音楽への愛と疲労の矛盾である。音楽は救いにもなるが、作り続け、聴き続け、意味を与え続けることは、精神を消耗させる。Kevin Barnesにとって音楽は逃避ではなく、自己分析と自己破壊の場でもある。だから音楽は快楽であると同時に痛みでもある。
この曲は、of Montrealの創作姿勢を理解するうえで重要である。ポップは楽しい。しかしその楽しさは、必ずしも健康的ではない。頭を痛くするほどの情報と感情を詰め込むことが、of Montrealの美学そのものになっている。
9. Rosy Overdrive
「Rosy Overdrive」は、甘い色彩と過剰駆動を組み合わせたタイトルである。Rosyはバラ色、楽観的、恋愛的な甘さを示し、Overdriveは歪み、速度、過剰なエネルギーを示す。つまり、バラ色の過剰、甘さが制御不能になる感覚がある。
音楽的には、明るくポップな要素と、歪んだ勢いが同時に存在する。of Montrealの楽曲では、しばしば甘いメロディが、過剰な音作りによって奇妙な形へ変わる。この曲も、ただ心地よいポップではなく、少し過熱した幸福感を持つ。
歌詞のテーマは、楽観の過剰、恋愛や欲望の陶酔、または感情が制御不能になる状態として読める。バラ色に見える世界は美しいが、それがオーバードライブに入ると、現実感を失い、危険な興奮へ変わる。Kevin Barnesは、このような感情のスピード違反を好んで描く。
「Rosy Overdrive」は、本作の中で比較的快楽的な瞬間を作る楽曲である。しかし、その快楽は安定した幸福ではなく、過剰な刺激による高揚である。of Montrealのポップは、常に少し危険な速度で走っている。
10. Nightsift
「Nightsift」は、「night shift」を変形させたようなタイトルであり、夜の勤務、夜の時間、あるいは夜の中で何かをふるい分ける感覚を連想させる。of Montrealの音楽において夜は、欲望、孤独、妄想、制作、自己崩壊が濃くなる時間帯である。
音楽的には、夜の電子的な質感と、インディー・ポップ的な柔らかさが混ざる。曲には暗い空気があるが、完全に沈み込むわけではない。夜の中で頭が冴えすぎてしまうような、落ち着かない明るさもある。
歌詞のテーマは、夜に働く精神、眠れない意識、昼の社会から外れた時間で生きることとして読める。Kevin Barnesの作品には、昼間の秩序よりも夜の変形した時間の方が似合う。夜は人を自由にもするが、同時に孤独にし、現実感を薄くする。
「Nightsift」は、本作の内向きな性格を強める曲である。パンデミック期の閉じた時間とも重なり、夜の部屋で音楽と妄想が混ざるような感覚がある。of Montrealの創作が、正常な生活リズムの外側で生まれていることを感じさせる楽曲である。
11. The Confidence of a Golden Age
「The Confidence of a Golden Age」は、「黄金時代の自信」という壮大なタイトルを持つ楽曲である。黄金時代とは、過去の理想化された時代、文化的繁栄、あるいは個人がかつて持っていた自信を示す。しかしof Montrealの文脈では、その自信はどこか疑わしく、皮肉を含んでいる。
音楽的には、タイトルにふさわしい華やかさや演劇性があるが、同時に不安定である。過去の栄光を堂々と再現するのではなく、黄金時代という幻想そのものを奇妙に変形しているように聴こえる。
歌詞のテーマは、過去への幻想、自信の演技、文化的な衰退とノスタルジーとして読める。人はしばしば過去を黄金時代として語るが、その語りは現在の不安を隠すためのものでもある。Kevin Barnesは、そうしたノスタルジーを単純には信じない。過去の輝きもまた、演出され、歪められたものとして扱われる。
この曲は、of Montrealが持つ歴史感覚の奇妙さを示している。過去を愛しながらも、その美化を疑う。ポップ・ミュージックの歴史を引用しながら、それを壊す。その姿勢が、このタイトルの皮肉な響きに表れている。
12. Extract the Masculine Germ from Remote Memory
「Extract the Masculine Germ from Remote Memory」は、本作の中でも特に異様で、概念的なタイトルを持つ楽曲である。「遠い記憶から男性的な胚芽を抽出する」といった意味に読めるこのタイトルは、ジェンダー、記憶、身体、過去の自己形成をめぐるof Montrealらしいテーマを凝縮している。
音楽的には、奇妙な展開や不安定な音色が目立つ。曲は通常のポップ・ソングとして安定するよりも、タイトルの概念性に合わせるように、身体の内部や記憶の奥へ入り込むような質感を持つ。
歌詞のテーマは、過去の中に埋め込まれた男性性の解体として読める。Kevin Barnesの作品では、ジェンダーは固定された本質ではなく、記憶、文化、欲望、演技によって作られるものとして扱われる。ここでは、その男性性の「胚芽」を記憶から取り出し、観察し、分解しようとしている。
この曲は、of Montrealのクィアな自己分析を象徴する楽曲である。自分の中にある男性性を当然のものとして受け入れるのではなく、異物として抽出し、見つめ直す。ポップ・ソングでありながら、精神分析的な実験のような曲である。
13. Fingerless Gloves
「Fingerless Gloves」は、指なし手袋という具体的な日用品をタイトルにした楽曲である。指なし手袋は、寒さから守るためのものだが、指先は露出している。つまり保護と露出、不完全な防御、実用性とスタイルが同時に存在するアイテムである。
音楽的には、比較的親しみやすいポップの輪郭を持つが、細部にはof Montrealらしいひねりがある。タイトルの具体性によって、曲には日常的な手触りが生まれる。しかし、その日用品はすぐに比喩へ変わる。
歌詞のテーマは、不完全な防御、傷つきながらも何かに触れようとすることとして読める。指なし手袋は、完全に身を守ることを諦めながら、なお少しだけ温かさを保とうとするものだ。これは本作全体の感情にも通じる。安全を求めるが、完全な安全はない。
「Fingerless Gloves」は、of Montrealの歌詞における具体物の使い方がよく分かる曲である。小さな物が、精神状態や関係性の比喩になる。奇妙なタイトルの中に、非常に人間的な脆さが隠れている。
14. Now That’s What I Call Freewave
「Now That’s What I Call Freewave」は、コンピレーション・シリーズのタイトルを思わせる言い回しと、「freewave」という造語的な響きが組み合わされた楽曲である。消費文化、音楽ジャンル、インディー性、自由な波形、あるいは壊れたニューウェイヴへの皮肉が込められているように読める。
音楽的には、自由な展開とジャンルの混交が目立つ。ニューウェイヴ、エレクトロ・ポップ、サイケデリック・ポップが断片的に混ざり、曲は一つのスタイルに固定されない。まさに「freewave」と呼びたくなるような、分類しにくいポップである。
歌詞のテーマは、音楽ジャンルの消費、自由とマーケティングの矛盾、自己表現のパッケージ化として読める。「Now That’s What I Call」という言い回しは、音楽が商品として分類されることを連想させる。しかし「freewave」は、その分類をすり抜けるような言葉でもある。
この曲は、of Montrealの自己批評的なユーモアを示している。Kevin Barnesはジャンルを使うが、ジャンルに収まらない。ポップ・ミュージックの形式を愛しながら、それが商品化される構造を茶化す。この二重の態度が、of Montrealの魅力である。
15. Karlheinz Chop Up Children
「Karlheinz Chop Up Children」は、非常に挑発的で不穏なタイトルを持つ楽曲である。Karlheinzという名前は、現代音楽家Karlheinz Stockhausenを連想させる可能性があり、「Chop Up Children」という暴力的なイメージと組み合わされることで、前衛芸術、断片化、無邪気さの破壊、文化的実験の残酷さが浮かび上がる。
音楽的には、タイトルにふさわしく、断片的で奇妙な構造を持つ。音は切り刻まれ、通常のポップの滑らかさが妨げられる。of Montrealの実験的な側面が強く出た楽曲であり、聴きやすさよりも異物感が優先されている。
歌詞のテーマは、前衛芸術への皮肉、子ども性の破壊、またはポップの無邪気さを切断する行為として読める。of Montrealは、かわいらしいメロディやカラフルな音を使うことがあるが、それを常に無邪気なままにはしない。この曲では、子ども的なもの、純粋なものが、前衛的な手つきでバラバラにされる。
この曲は、本作の中でも特に不快さと実験性を担う楽曲である。of Montrealは聴き手を楽しませるだけでなく、時に混乱させ、不安にさせる。ポップの安全性を壊すための一曲である。
16. Cerebral Cuties
「Cerebral Cuties」は、「知的なかわい子たち」といった意味を持つタイトルであり、知性と可愛らしさ、脳と身体、魅力と分析が奇妙に結びついている。of Montrealの美学では、かわいさは単純な無垢ではなく、しばしば知的な操作や演技と結びつく。
音楽的には、比較的ポップで軽やかな要素がありながら、歌詞や音の細部には皮肉がある。かわいらしいメロディが、少し不安定なコードや奇妙な音色によってねじられる。ここでもof Montrealは、表面の甘さをそのまま受け取らせない。
歌詞のテーマは、知的な自己演出、魅力の分析、かわいさの人工性として読める。人は魅力的に見られるために、自分を演出する。その演出が知的であればあるほど、自然な可愛らしさは作られたものになる。Kevin Barnesは、その矛盾に興味を持っている。
「Cerebral Cuties」は、本作の中で少し軽やかなアクセントになりながらも、of Montrealらしい自己意識の過剰さを示している。かわいいことすら、頭で考えすぎてしまう。その滑稽さと切なさが曲にある。
17. Genuflecting Ghost
「Genuflecting Ghost」は、「跪く幽霊」を意味するタイトルを持つ楽曲である。宗教的な身振りである跪きと、死者・記憶・残像としての幽霊が結びつくことで、罪悪感、祈り、過去への服従、消えない記憶が浮かび上がる。
音楽的には、やや暗く、幽霊的な浮遊感がある。声や楽器の配置は、物理的な近さよりも、遠くから聞こえる残響のような感触を持つ。of Montrealのサイケデリックな側面が、ここではゴシック的な影を帯びている。
歌詞のテーマは、過去への服従、罪悪感、消えない記憶の前で頭を垂れることとして読める。幽霊は過去の象徴であり、跪くという行為は何かに屈することでもある。語り手は、自分の記憶や過去の関係に対して、完全には自由でいられない。
この曲は、アルバム終盤において、混沌としたポップの中に霊的な陰影を加える。Kevin Barnesの歌詞にはしばしば幽霊的な自己が現れるが、ここではその自己が祈りの身振りを取る。奇妙で美しい楽曲である。
18. Drowner’s Teares II
「Drowner’s Teares II」は、冒頭曲の主題を再び呼び戻すリプライズ的な楽曲である。アルバムが始まった場所、つまり溺れる者の涙へ戻ることで、作品全体に円環的な構造が生まれる。混乱した旅の最後に、最初の感情が形を変えて再出現する。
音楽的には、前半の「Drowner’s Teares」と響き合いながらも、アルバム全体を通過した後の疲労や残響を持つ。最初の涙は感情の入口だったが、ここでの涙は、さまざまな断片を経た後に残るものとして響く。
歌詞のテーマは、感情の反復である。人は悲しみから抜け出したように見えても、また同じ場所へ戻ってくることがある。of Montrealの音楽では、精神的な問題は直線的に解決されない。むしろ、別の形で何度も戻る。このリプライズは、その構造を示している。
「Drowner’s Teares II」は、アルバムを完全に閉じるというより、再び深みに沈める役割を持つ。感情の水位は下がらない。ポップの断片、クィアな愛、政治的な不安、自己分析の後にも、涙はまだ残っている。
総評
I Feel Safe with You, Trashは、of Montrealのディスコグラフィーの中でも特に散らかっていて、過剰で、危ういアルバムである。整ったポップ・アルバムとして聴くと、非常に不安定に感じられるかもしれない。曲はしばしば断片的で、ジャンルは突然変化し、タイトルや歌詞は過密で、音は時に聴き手を疲れさせる。しかし、その不安定さこそが本作の核心である。
本作のタイトルが示すように、Kevin Barnesはここで「ゴミ」と呼ばれるようなものの中に安心を見出している。壊れた感情、不要になった文化の断片、自己嫌悪、奇妙な欲望、不完全な愛、分類されないジェンダー、散らかった部屋のようなポップ。これらは通常、整理され、隠され、捨てられる。しかしof Montrealは、それらを隠さない。むしろ、それらの中でしか得られない親密さを歌っている。
音楽的には、UR FUNの比較的整理されたシンセポップから一転し、本作はより実験的で断片的である。シンセポップ、グラム、ファンク、サイケデリア、ローファイ・ポップ、ノイズ、奇妙なバラードが混ざり合い、滑らかな統一感よりも精神の混線が優先される。これは、of Montrealが長年追求してきた「ポップの中で自己を分解する」方法の一つの極端な形である。
歌詞面では、クィア性、孤独、アメリカへの拒否感、ジェンダーの解体、音楽への疲労、自己演出、過去の自分との対話が重要なテーマになっている。「Queer as Love」では愛そのものの非規範性が歌われ、「Extract the Masculine Germ from Remote Memory」では男性性が記憶の中から抽出される対象になる。「Music Hurts the Head」では音楽そのものが快楽であると同時に痛みとして扱われる。これらの曲は、of Montrealの作品が単なる奇抜なポップではなく、非常に深い自己分析の場であることを示している。
一方で、本作は聴きやすさを重視するリスナーには難しい。曲数も多く、全体の構成は意図的に散漫で、強いシングル曲を軸にしたアルバムではない。Hissing Fauna, Are You the Destroyer?のような明確な感情のドラマや、White Is Relic/Irrealis Moodのようなダンス・ポップとしての統一感を期待すると、捉えどころがないと感じる可能性が高い。しかし、of Montrealの過剰な言語感覚と自己解体的なポップを深く知るには、本作は非常に興味深い。
日本のリスナーにとっては、まず音の断片性とタイトルの奇妙さに圧倒されるかもしれない。しかし、ここで描かれている感情は決して遠いものではない。孤独な部屋の中で自分自身と話すこと、社会への不信を抱えること、愛が規範からはみ出すこと、過去の自分に違和感を持つこと、音楽に救われながら音楽に疲れること。これらは現代の多くの人が共有しうる感情である。
I Feel Safe with You, Trashは、美しく整えられたアルバムではない。むしろ、散らかったままの精神を見せるアルバムである。だが、その散らかりの中にこそ、of Montrealの誠実さがある。きれいなものではなく、捨てられたもののそばで安心すること。愛をクィアなものとして受け入れること。男性性や記憶や音楽を疑いながら、それでも歌い続けること。本作は、of Montrealの混沌とした創造性をそのまま閉じ込めた、奇妙で痛々しく、同時に魅力的なアルバムである。
おすすめアルバム
1. of Montreal『Hissing Fauna, Are You the Destroyer?』
2007年発表の代表作。精神的崩壊、自己分裂、エレクトロ・ファンク、グラム・ポップが圧倒的な完成度で結びついたアルバムである。I Feel Safe with You, Trashの自己解体的な歌詞や混乱した感情の出発点を理解するうえで最も重要な作品である。
2. of Montreal『Skeletal Lamping』
2008年発表の過剰なアート・ファンク作品。断片的な構成、複数人格的な歌詞、ジェンダーと性的表現の混乱が特徴であり、I Feel Safe with You, Trashの散らかった構造と強い関連性を持つ。of Montrealの最も過剰な側面を知るための重要作である。
3. of Montreal『White Is Relic/Irrealis Mood』
2018年発表のアルバム。1980年代から1990年代初頭のダンス・ミュージック、シンセポップ、ハウス的な質感を取り入れつつ、身体、ジェンダー、自己像の不安定さを歌っている。I Feel Safe with You, Trashより整理されており、近年のKevin Barnesの思想を理解しやすい作品である。
4. Ariel Pink『Before Today』
2010年発表のアルバム。ローファイ・ポップ、80年代風の奇妙なメロディ、過去のポップ文化の歪んだ引用が特徴である。of Montrealとは異なる感性だが、ポップの残骸やノスタルジーを不安定な形で再構成する点で関連性が高い。
5. Prince『Around the World in a Day』
1985年発表のサイケデリック・ポップ/ファンク作品。ポップ、ファンク、サイケデリア、性的な表現、色彩感覚が混ざり合っており、of Montrealの過剰で演劇的なポップ感覚の遠い源流として聴くことができる。特にKevin Barnesのグラム・ファンク的な側面に関心があるリスナーに適している。

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