発売日: 1973年10月
ジャンル: プログレッシブ・ロック、ハードロック、アートロック、サイケデリック・ロック
概要
『The Serpent Is Rising』は、Styxが1973年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、最も実験的で異端とも言える作品である。
本作では宗教、性、神秘主義といったタブーに踏み込んだテーマと、多様な音楽スタイルの融合が試みられており、商業的には失敗したものの、Styxの創造性のピークの一端を垣間見ることができる。
前作『Styx II』で初ヒット「Lady」を生み出したにもかかわらず、バンドはここで一気にアンダーグラウンドな方向へと舵を切る。
これはメンバーの内なる芸術性と、当時のロック界における精神性探求のムードを反映したものであり、Styxが単なるヒット志向のバンドではなかったことを示す証左でもある。
バンド自身がのちに「最悪のアルバム」と述懐することもあるが、その評価の裏にある挑戦性とコンセプト志向は、現在においてむしろ再評価の対象となっている。
全曲レビュー
1. Witch Wolf
ハードロックを基調に、サイケデリックなギターとメタファーに満ちた歌詞が印象的なオープナー。
“狼の魔女”という幻想的な存在を通じて、人間の本性と恐怖の境界を描き出す。
テンポの切り替えとトーンの明暗のコントラストが、アルバム全体の実験性を予告するかのようである。
2. The Grove of Eglantine
エロティックで寓話的な歌詞が話題となった曲で、バンドの中でも異色中の異色。
“Eglantine”(野ばら)の林に隠された象徴性は女性器の暗喩ともされ、物議を醸した。
ミュージカル調のリズムと、コミカルな展開の中に強烈なシュールさが潜んでいる。
3. Young Man
内面の葛藤と成長をテーマとした、パワフルなハードロック・ナンバー。
若者の叫びが込められたボーカルが特徴で、従来のロック様式に則りながらも、ヘヴィなリフが存在感を放つ。
4. As Bad As This
前半はアコースティックなバラード調、しかし突如現れる“Plexiglas Toilet”という隠しトラックが全てを覆す。
この隠しトラックでは、公衆トイレにまつわるナンセンスな歌詞とパロディ要素が炸裂し、バンドのブラックユーモアが全開となる。
5. Winner Take All
ポップなメロディとハーモニーが際立つ曲。
歌詞のテーマは競争社会と自己肯定であり、Styxにしてはストレートな構成が異彩を放つ。
アルバム中で最もラジオ向けのトラックとも言えるが、それでも一筋縄ではいかない複雑な情緒がある。
6. 22 Years
ブルージーで陽気な楽曲。
Tom Nardiniが参加し、カントリー色すら感じさせるギターと軽妙なヴォーカルが聴きどころ。
Styxの中でも極めて稀な“アメリカーナ的”楽曲。
7. Jonas Psalter
海賊をモチーフにした劇的なナンバー。
“ジョナス・サルター”という架空の海賊の物語を描き、ロック・オペラ的な構成で聴かせる。
クラシカルなアレンジと映画音楽的な広がりが、アルバムの中でも異彩を放っている。
8. The Serpent Is Rising
タイトル・トラックにして、作品全体のテーマを象徴する楽曲。
聖書的なイメージと、性的・宗教的象徴が複雑に交錯する。
ギターのうねりとドラムの迫力が“蛇”の動きを想起させ、聴覚的にも視覚的にもインパクトが強い。
9. Krakatoa
語りとノイズによるインタールード的楽曲。
火山の噴火を模したカオティックなサウンドスケープで、音楽というよりも“儀式”に近い体験。
Styxがここまでアヴァンギャルドな領域に踏み込んだことは、のちの作品では見られない。
10. Hallelujah Chorus
バッハ風の荘厳な“ハレルヤ”で締めくくられるという奇想天外な構成。
ロック・アルバムの文脈でこれを配置する感覚は極めてユニークで、聖俗の境界を遊ぶ試みでもある。
本作全体に漂う“神聖と冒涜のせめぎ合い”を象徴するエンディングである。
総評
『The Serpent Is Rising』は、Styxのキャリアにおいて最も異端で最も大胆なアルバムである。
ジャンルの枠を飛び越え、宗教や性といったデリケートなテーマに鋭く切り込んだ本作は、単なる音楽作品というより“問題提起”としての側面を強く持っている。
音楽的にもハードロックからブルース、クラシック、アヴァンギャルド、さらにはミュージカル風パロディに至るまで多様な表現を試みており、それぞれが一貫性を欠くようでいて、全体として“混沌”という主題に収斂しているようにも思える。
大衆性を排したその姿勢ゆえに、当時はほとんど理解されず、長らく“黒歴史”とされてきた本作。
しかし、その挑戦精神と芸術的野心は、今となっては貴重なアーカイブであり、Styxというバンドの多面性を知る鍵ともなる。
このアルバムを深く掘り下げることは、1970年代アメリカのロックにおける“精神性の模索”そのものを追体験することでもあるのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- King Crimson – Lizard (1970)
幻想文学的で難解な構成とサウンドの実験性が、『The Serpent Is Rising』の精神に通じる。 - Frank Zappa – Over-Nite Sensation (1973)
性的表現と音楽的技巧を融合させた異端の快作。ユーモアと批評性のバランスが似ている。 - Blue Öyster Cult – Tyranny and Mutation (1973)
ダークな美学とハードロックの融合。神秘性とSF的想像力が共鳴する。 - Gentle Giant – Octopus (1972)
多声的で変則的な構成と、知的なリリシズムが『The Serpent Is Rising』の内省性に呼応する。 - Jethro Tull – A Passion Play (1973)
宗教と演劇性をテーマに据えたロック・オペラ。構成の野心と物語性で共鳴点が多い。
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