10ccは、1970年代のイギリスから鮮烈な個性を放ったポップ・ロックバンドである。
彼らはキャッチーなメロディと緻密なスタジオワークを融合させ、ユーモアや風刺を織り交ぜた独特の作風で多くのリスナーを魅了した。
とりわけ「I’m Not in Love」の叙情的なコーラスは世界的に大ヒットし、ロック界に新しいサウンド・アプローチを示した伝説的な存在でもある。
彼らの音楽を語るとき、決して一筋縄ではいかない“ひねり”がキーワードになるだろう。
ポップスの王道を踏襲しながらも、どこか実験的で遊び心が満載。
それはまるでイギリス特有のシニカルな笑いを音楽に溶かし込んだかのようで、聴き手に意外性と知的刺激をもたらすのだ。
アーティストの背景と歴史
10ccが結成されたのは1972年、イングランド北部のストックポートにあるストロベリー・スタジオがその出発点であった。
メンバーはグレアム・グールドマン、エリック・スチュワート、ケヴィン・ゴドレイ、ロル・クレームという4名。
彼らは各自がソングライティングやプロデュースで豊富な経験を持ち、結成前からそれぞれが音楽界に小さからぬ足跡を残していた。
結成当初、彼らは「ホットレッグス」という名義で活動し、「Neanderthal Man」という曲をリリースしていた時期もある。
やがて、より自由度の高い音楽を追求するためバンド名を10ccに改め、新たなスタートを切る。
デビュー・アルバム**『10cc』(1973年)で一躍注目を集めると、続く『Sheet Music』**(1974年)で彼らの持つひねりの効いたポップセンスとスタジオ技術が本格化した。
10ccの名を決定的に押し上げたのが、1975年にリリースされた**『The Original Soundtrack』**である。
このアルバムには後に大ヒットを記録する「I’m Not in Love」が収録されており、甘美なコーラスが彩る独自のサウンド・レイヤーは、当時のリスナーに新鮮な衝撃をもたらした。
やがて彼らは「Rubber Bullets」「The Wall Street Shuffle」「Dreadlock Holiday」「The Things We Do for Love」などの楽曲を続々と世に送り出し、一躍トップアーティストの地位を確立していく。
音楽スタイルとその特徴
10ccの音楽性を語るとき、まず挙げられるのが多彩な音楽的アイデアと緻密なスタジオワークである。
そのサウンドはポップ・ロックという枠に収まるものの、随所に実験的なプロダクションや複雑なハーモニーが顔をのぞかせる。
時にコミカルな歌詞やシニカルな視点が盛り込まれ、軽妙なユーモアを感じさせつつ、どこかアートロック的な風合いも漂うところがユニークなのだ。
メロディが甘やかで耳に残りやすい一方、そこに不可思議な雰囲気をまとわせる手法は他のポップバンドとは一線を画す。
例えば「I’m Not in Love」で用いられた、多重コーラスを駆使した空間的なサウンドスケープは、当時としてはかなり先鋭的な試みであった。
またメンバー自身が録音技術に精通していたため、スタジオ機材をアイデアの宝庫として使いこなし、実験とポップのバランスを巧みに取っていたのである。
10ccに影響を与えたアーティストと音楽
彼らのバックグラウンドには、ビートルズをはじめとするブリティッシュ・ロックの影響が色濃く刻まれているように見える。
ハーモニーやシニカルな笑い、そして実験的なスタジオワークは、ビートルズ後期作品の精神を継承している部分が少なくない。
また、メンバー個々の作曲歴やセッション経験から、モータウン系のソウルミュージックや60年代のアメリカンポップスなど、幅広い音楽要素を消化していた。
彼らのサウンドの振り幅は大きく、時にプログレッシブ・ロックの要素を思わせるような構成や、キャッチーなシングル向けポップスまで網羅していた。
そうした“もつれ合う”多様性は、四人のソングライターが全員それぞれ異なる指向を持ち寄るバンドであったという点に起因しているのだろう。
まさに多方向からのインプットが混ざり合い、一つの作品に落とし込まれる面白さが10ccの真髄である。
10ccが音楽シーンに与えた影響
10ccの成功によって、ポップスと実験性を兼ね備えたバンドがメインストリームでも評価され得ることが証明された。
ハーモニー・ワークやスタジオテクニックの面で、のちのアート・ポップ、プログレッシブ・ポップ系アーティストにも影響を与えたとされる。
特に「I’m Not in Love」のコーラスワークは、その後のエレクトロ・ポップやアンビエント的なサウンド手法にも通じるものがあり、リリースから数十年を経ても新鮮に感じられるほど先駆的だった。
バンド後期にはメンバーの脱退や再編を経ながらも、10ccという看板そのものが “遊び心を忘れない英国バンド” の象徴として輝き続けた。
1970年代だけにとどまらず、80年代以降も断続的に活動し、音楽フェスや再結成公演などでも再注目される機会があった。
こうした長期的な影響力は、彼らの作品が“古びないアイデア”を常に孕んでいる証左とも言えよう。
代表曲の解説
「I’m Not in Love」
1975年のアルバム**『The Original Soundtrack』**に収録された、彼らを代表するバラード。
甘くロマンチックなタイトルとは裏腹に、歌詞は“愛していない”と繰り返し唱えつつも、どこか揺れ動く心象を描き出す。
耳を奪われるのは多重コーラスによる神秘的なサウンドレイヤーで、アナログなテープ操作を駆使しながら織り成すコーラスはまるで霧の中を彷徨うような浮遊感をもたらす。
「Dreadlock Holiday」
1978年のアルバム**『Bloody Tourists』**に収録された曲で、レゲエのリズムをポップに昇華した軽快なナンバー。
「I don’t like cricket… I love it!」という印象的なフレーズが多くの人に覚えられており、ユーモアたっぷりの歌詞とアフロカリビアンな要素が融合している。
イギリスのラジオでも頻繁にオンエアされ、夏の陽気な雰囲気にぴったりな曲として広く親しまれた。
「Rubber Bullets」
バンド初期のヒット曲であり、1973年リリースの**『10cc』**デビューアルバムに収録されている。
軽快なリズムとポップなメロディラインを主体にしながらも、歌詞の内容にはどこか社会風刺的な匂いが漂う。
キャッチーに聞こえる一方で、体制批判や軽妙なジョークなど、聴き込むほどに裏のメッセージを感じ取れるのが10ccらしい。
「The Wall Street Shuffle」
1974年のアルバム**『Sheet Music』**からの楽曲で、金融界やビジネス社会を皮肉たっぷりに描いた曲として知られる。
キャッチーなリフとコーラスが絶妙に絡み合い、一聴すると軽やかだが、社会への洞察や風刺が効いており、バンドの知性が伺える一曲だ。
ライブ演奏においても盛り上がる場面が多く、ファンから根強い人気を誇る。
アルバムごとの進化
『10cc』
(1973)
衝撃的なデビュー作であり、彼らの多彩な音楽性がすでに凝縮されている。
英米のポップ・チャートで成功を収め、「Rubber Bullets」などのヒット曲を世に送り出した。
単なる軽妙ポップにとどまらない、風刺心や実験精神が随所に光っており、以後の作品へと連なるバンドの基礎を築いた。
『Sheet Music』
(1974)
デビューから勢いを保ちつつ、さらに緻密なアレンジと風刺を深化させた2作目。
「The Wall Street Shuffle」に代表されるように、ユーモアと鋭い社会風刺が同居するスタイルを確立。
またメンバー間のソングライティング・コラボレーションが強固になり、バンド独自の化学反応が強烈に花開いたアルバムでもある。
『The Original Soundtrack』
(1975)
「I’m Not in Love」という世界的大ヒットを生み出し、10ccを一躍スターダムに押し上げた名盤。
アートロックの要素をさらに進めつつ、ポップ・センスを失わない絶妙なバランス感覚を示す。
多重コーラスなどスタジオ技術を駆使した音作りが圧巻で、メンバーのテクニシャンぶりがいよいよ本領を発揮する作品となった。
『How Dare You!』
(1976)
バンドの4人が揃って制作した最後のアルバムであり、より複雑なアレンジやジャズ的な要素も取り入れた作品。
ポップから一歩踏み込んだ楽曲構成が多く、アート寄りの演出が耳を引く。
ゴドレイとクレームがこのアルバムを最後に脱退するため、オリジナルメンバーが揃った10ccの“最終到達点”とも言えるだろう。
『Deceptive Bends』
(1977)
メンバーの離脱を経て、グールドマンとスチュワートが中心となって制作された再始動アルバム。
「The Things We Do for Love」といったヒット曲を収録し、ポップな面によりフォーカスを当てた内容。
かつての4人時代と比べると若干の変化はあるが、メロディアスで上品な雰囲気は健在である。
『Bloody Tourists』
(1978)
「Dreadlock Holiday」の大ヒットを生んだ作品で、10ccのポップ面と実験精神が再び融合を見せた。
レゲエやカリブ音楽のエッセンスを巧みに取り込みながら、軽妙で陽気なムードを作り上げる一方、内省的な曲調も含むバラエティ豊かな内容。
バンドの多面的な魅力が詰まっており、商業的にも成功を収めた。
オリジナルなエピソードと余談
10ccはストロベリー・スタジオという拠点を活用し、外部アーティストのプロデュースにも関わっていた。
エリック・スチュワートはポール・マッカートニーのアルバム制作に参加したこともあり、ビートルズに続くイギリス音楽の系譜を感じさせるコラボが印象的だ。
また、ケヴィン・ゴドレイとロル・クレームは、脱退後に「Godley & Creme」として独特の実験性をさらに追求し、ビジュアル面やミュージックビデオの分野でも活躍した。
さらに興味深いのは、10ccのメンバーが互いのアイデアを遠慮なくぶつけ合った結果、スタジオがしばしば“研究室”さながらの熱気に包まれたという点である。
時には意見の相違が激しく、空気がピリピリすることもあったという。
しかしその“ぶつかり合い”こそが、彼らの斬新かつ高品質なサウンドを生む原動力だったのかもしれない。
まとめ
10ccは、1970年代イギリスのポップ・ロックシーンを彩りながら、その枠を超えた実験精神とユーモアでリスナーを刺激し続けたバンドである。
多重コーラスや風刺的な歌詞など、彼らの発想や技術は数十年を経ても古びることなく、後続の音楽家やリスナーにたゆまずインスピレーションを与え続けている。
彼らの音楽に触れるとき、軽快なメロディの奥深くに、まるで万華鏡のように多面的なイメージが浮かぶのを感じることだろう。
実際にアルバムを通して聴けば、ポップな甘さ、アートロック的な壮大さ、シニカルな笑いが入り混じり、まるで音の迷宮を散策しているような気分にさせられる。
10ccというバンド名が象徴するのは、単にヒット曲を量産するポップバンドというだけでなく、“才能とアイデアを混ぜ合わせたときの予測不能な化学反応”なのである。
そこにこそ10ccの本質があり、今なお多くの音楽ファンを虜にし続けている理由があるのだ。
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