Crystal Stilts(クリスタル・スティルツ)は、ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動したポストパンク/サイケデリック・ロック・バンドである。中心人物はボーカルのBrad HargettとギターのJB Townsend。2000年代後半、リバーブを深くかけたギターと低く沈んだ歌声で注目された。
音の第一印象は暗く、古い地下室の中で演奏しているようでもある。しかし、ただ重苦しいわけではない。ドラムとベースは意外なほど軽快で、オルガンやギターがその上を漂う。霧の中を歩いているのに、足取りだけは一定のテンポで前へ進んでいくような音楽だ。
The Velvet Underground、1960年代のガレージロック、サイケデリア、ポストパンクなどにつながる音を持ちながら、単なる復古にはならなかった。2008年の Alight of Night、2011年の In Love With Oblivion、2013年の Nature Noir と進むにつれ、暗い輪郭の中へフォーク、ソウル、カントリーまで取り込んでいった。
Crystal Stiltsの背景と歴史
Crystal StiltsはBrad HargettとJB Townsendを中心に始まった。
二人は2000年代前半から活動し、2005年にはセルフタイトルのEPを発表している。当時のニューヨークでは、The Strokes以降のガレージロックやポストパンク・リバイバルが大きな流れになっていた。
しかしCrystal Stiltsの音は、その流れの中でも少し異質だった。
ギターは鋭く前へ出るというより、深い残響の中へ沈む。Hargettの声も感情を大きく表に出さず、低い声でぼそぼそと歌う。そのため、同時代のロックバンドよりも古いサイケデリック・レコードや地下音楽に近い感覚があった。
大きく注目されたのは2008年のファースト・アルバム Alight of Night である。
「The Dazzled」「Crystal Stilts」「Departure」などを収録したこの作品では、ポストパンクの単調なビート、ガレージロックの荒いギター、サイケデリックな残響が一つになっていた。
この頃には同じようにリバーブやノイズを多く使うインディー・バンドが増えていたが、Crystal Stiltsはその中でも特に暗く、古いレコードのような質感を持っていた。
2011年には In Love With Oblivion を発表する。
デビュー作の雰囲気を残しながら、曲の構成と音色はさらに広がった。「Through the Floor」のような短く鋭い曲だけでなく、「Alien Rivers」のように長く漂うサイケデリックな曲も入っている。
その後、バンドにはベースのAndy Adler、ドラムのKeegan Cooke、オルガンのKyle Foresterらが加わり、より安定した編成へ変化した。
2013年の Nature Noir では、初期の暗いポストパンクだけでは説明できない音へ進む。フォーク、ソウル、カントリー、サイケデリアなどがより自然に混ざり、演奏にも暖かさが増した。
2014年にはEP Delirium Tremendous を発表。その後は新しいフル・アルバムを発表しておらず、Crystal Stiltsの活動は長い沈黙に入っている。
Crystal Stiltsの音楽スタイルと特徴
Crystal Stiltsで最初に耳に残るのは、Brad Hargettのボーカルである。
声は低く、感情を強く押し出さない。歌詞を一語ずつはっきり聞かせるというより、楽器の中に声を沈めている。
この歌い方にはThe Velvet UndergroundのLou Reedや、初期ポストパンクの無表情なボーカルにつながる感覚がある。
ギターも同じくらい重要だ。
JB Townsendは、太く歪ませたコードを前面に出すより、細い音をリバーブやエコーで大きく広げる。音の輪郭が少しぼやけるため、曲全体が遠くで鳴っているように聞こえる。
一方、リズムは意外に単純で力強い。
ドラムは複雑なフレーズを叩くより、同じビートを淡々と繰り返すことが多い。ベースもそのリズムを支えながら、曲を前へ進ませる。
この「ぼやけた上物」と「はっきりしたビート」の組み合わせがCrystal Stiltsの大きな特徴だ。
さらにオルガンの存在が独特の雰囲気を作っている。
1960年代のガレージロックやサイケデリック・バンドでよく使われたような、少し安っぽく、不気味な音色が曲の背景を漂う。
そのためCrystal Stiltsの音楽は、ポストパンクでありながら1960年代の地下クラブにもつながっているように聞こえる。
Crystal Stiltsの代表曲
「The Dazzled」
2008年の Alight of Night の冒頭を飾る曲であり、Crystal Stiltsの音楽性がよく分かる。
低いボーカル、乾いたドラム、繰り返されるギター、ぼんやりとしたオルガンが重なり、最初から独特の空気を作る。
派手なサビはない。それでも同じフレーズが繰り返されるうちに、少しずつ曲の中へ引き込まれていく。
Crystal Stiltsの「暗いのに動いている」という感覚を最も分かりやすく味わえる一曲である。
「Crystal Stilts」
バンド名をタイトルにした初期の代表曲である。
ギターは鋭く鳴るが、深いリバーブによって輪郭がぼやけている。ドラムはほとんど機械のように一定のリズムを刻む。
Hargettの低い声も含め、The Velvet Undergroundや初期ポストパンクの影響を感じやすい。
ただし演奏にはガレージロック的な荒さもあり、冷たいだけではない。
「Departure」
Alight of Night の中でも比較的メロディがはっきりした曲である。
ギターは明るいコードを鳴らしているが、ボーカルと残響のせいで完全には明るくならない。
この「明るいメロディと暗い質感のずれ」がCrystal Stiltsらしい。
一見すると単純なインディー・ロックだが、音の処理によって夢の中のような感覚へ変わっている。
「Through the Floor」
2011年の In Love With Oblivion に収録された曲である。
テンポが速く、初期Crystal Stiltsの中でも特に勢いがある。
ドラムとベースがまっすぐ走り、その上でギターとオルガンが短いフレーズを繰り返す。
暗い音色を使っているのに踊れるという、彼らのポストパンク的な側面がよく表れている。
「Shake the Shackles」
こちらも In Love With Oblivion を代表する曲である。
ギターとオルガンが何度も同じパターンを繰り返し、その中でHargettの声が淡々と進む。
大きな展開はないが、反復そのものがだんだん強い引力を持つ。
ロックをドラマチックに盛り上げるのではなく、同じ場所を回り続けることで緊張感を作るCrystal Stiltsの方法がよく分かる。
アルバムごとの進化
Alight of Night(2008年)
Crystal Stiltsのファースト・アルバムである。
この作品で最も強いのは、音の統一感だ。
低いボーカル、リバーブのかかったギター、単調なドラム、古いオルガンがほぼ全編を覆っている。
「The Dazzled」「Graveyard Orbit」「Departure」などでは、ポストパンクと1960年代のガレージロックが自然に重なる。
録音も非常に整っているわけではない。
少し曇った音質がそのまま作品の魅力になっており、古いレコードを地下室で再生しているような雰囲気がある。
2000年代後半に増えていったリバーブの深いインディー・ロックの中でも、このアルバムは特に陰気で幻想的だった。
In Love With Oblivion(2011年)
セカンド・アルバムでは、デビュー作の基本スタイルを保ちながら音楽の幅を広げた。
「Through the Floor」のような短く勢いのある曲もあれば、「Alien Rivers」のように7分以上をかけて漂う曲もある。
ギターとオルガンの音も以前より多彩になり、サイケデリックな部分が強くなった。
初期のCrystal Stiltsは、あえて狭い音の世界に閉じこもることが魅力だった。
この作品では、その暗い部屋の壁を少しずつ広げているように聞こえる。
特に長い曲では、同じビートの上に音を重ねながら、徐々に景色を変えていく。単純なガレージロックから、より深いサイケデリアへ向かった作品である。
Radiant Door(2011年)
フル・アルバムではなくEPだが、Crystal Stiltsの変化を知るうえで重要である。
この作品からSacred Bonesでのリリースが始まった。
音楽は依然として暗いが、初期ほど荒くない。メロディや楽器の配置が整理され、より広い空間を感じさせる。
デビュー作の閉塞感と、後の Nature Noir の広がりをつなぐ作品として聞くことができる。
Nature Noir(2013年)
3作目のフル・アルバムでは、Crystal Stiltsの音楽がさらに大きく変化した。
バンド自身が持っていたソウル、フォーク、サイケデリア、カントリー、プロトパンクへの関心が、よりはっきり表れている。
初期作品のようなモノクロの世界ではない。
ギターには柔らかな響きが増え、曲によっては西部劇やフォークを思わせる広がりも感じられる。
「Star Crawl」「Future Folklore」「Nature Noir」などでは、暗い残響を残しながら、以前よりメロディが前に出ている。
ポストパンクのバンドとして始まったCrystal Stiltsが、アメリカの古い音楽全体へ視線を広げた作品である。
Delirium Tremendous(2014年)
2014年に発表されたEPで、現在までのディスコグラフィーでは後期作品にあたる。
Nature Noir で広がった音楽性を引き継ぎながら、サイケデリックな感覚をさらに深めている。
初期のCrystal Stiltsが「暗くて短いロック」を得意としていたとすれば、この時期には一つの音色や雰囲気を長く味わうような方向へ進んでいた。
その後は長期的な沈黙に入り、2010年代前半までの作品群がバンドの中心的な記録となっている。
The Velvet Undergroundと1960年代ガレージの影
Crystal Stiltsを語るうえで、The Velvet Undergroundは避けて通れない。
JB Townsend自身も、特に大きな音楽的影響としてThe Velvet Undergroundを挙げている。
共通しているのは、演奏を技巧的に見せることより、単純なコードや反復から独特の空気を作ることだ。
Crystal Stiltsも複雑なギターソロを中心にはしない。
同じコードを繰り返し、ドラムも一定のビートを保つ。その上で残響やノイズを使い、少しずつ感覚を変えていく。
一方、The Velvet Undergroundだけで説明することもできない。
1960年代のThe Troggsのようなガレージロック、さらにサイケデリック・ロックにも強いつながりがある。
特にオルガンの音には、1960年代の小さなクラブで演奏されていたガレージ・バンドのような感触が残っている。
Crystal Stiltsは、それらの古い音を2000年代のブルックリンへ持ち込み、ポストパンクの冷たいリズムと組み合わせたのである。
同時代のブルックリン・シーンとの違い
Crystal Stiltsが注目された2000年代後半から2010年代初頭のニューヨークでは、昔のロックを新しい方法で鳴らすバンドが数多く登場していた。
The Pains of Being Pure at Heartのようなバンドは、ノイズの多いギターを使いながらも明るいメロディを前面に出した。
DIIVやBeach Fossilsにつながるブルックリンのインディーでは、リバーブを使ったギターと浮遊感のある音も広がっていく。
Crystal Stiltsにも共通する部分はある。
しかし彼らは、より古いガレージロックとポストパンクへ近かった。
音をきれいに浮かせるより、暗く汚れたまま残す。ボーカルも美しく歌い上げず、低く抑える。
そのため、同じリバーブ中心のシーンにいても、Crystal Stiltsはどこか過去から突然現れたバンドのように聞こえた。
影響を受けたアーティストと音楽
Crystal Stiltsの大きなルーツはThe Velvet Undergroundである。
単純な演奏を繰り返しながら独特の緊張感を作る方法は、Crystal Stiltsの基本にもつながっている。
The Rolling StonesやThe Troggsなど、1960年代のロックも背景にある。
ただし、彼らが引き継いだのは有名曲の華やかな部分ではない。
古いガレージバンドが持っていた、少し荒く、演奏が崩れそうな感覚に近い。
さらにサイケデリック・ロックやポストパンクも重要だ。
深いリバーブやオルガンは1960年代的だが、一定のビートと無表情なボーカルには1970年代末以降のポストパンクに近い冷たさがある。
Nature Noir ではさらにフォーク、ソウル、カントリーまで音楽的な範囲を広げた。
そのためCrystal Stiltsは「一つの古いバンドを再現した存在」ではなく、複数の時代の地下音楽を混ぜたバンドと考えたほうが分かりやすい。
後のインディー・ロックへのつながり
Crystal Stiltsが登場した2000年代後半には、深いリバーブ、ローファイな録音、1960年代への憧れを持つインディー・ロックが次第に増えていた。
彼らは、その流れの初期を代表するバンドの一つだった。
その後のブルックリン周辺では、Beach Fossils、DIIVなど、ギターを残響の中へ沈めるバンドが広く知られるようになる。
それぞれの音楽性は異なるため、Crystal Stiltsから直接影響を受けたと単純にまとめることはできない。
ただし、2000年代後半に「古いギターの音を深いリバーブで包み、現代のインディー・ロックとして鳴らす」という方法を広げた一群の中で、Crystal Stiltsは重要な存在だった。
さらに彼らは、ノイズだけに頼らず、古いフォークやソウルまで掘り下げていった。
そのためキャリアを通して見ると、単なるポストパンク・リバイバルよりも、アメリカの地下音楽を幅広く探し続けたバンドとして理解できる。
まとめ
Crystal Stiltsの最大の魅力は、暗くぼやけた音の中に、止まらないビートを置いたことにある。Brad Hargettの低い声、JB Townsendのリバーブに沈んだギター、乾いたドラム、古いオルガンが重なり、夢の中を歩いているような独特のポストパンクを作った。
Alight of Night ではガレージロックとポストパンクを狭く暗い空間へ閉じ込め、In Love With Oblivion ではサイケデリアへ広げ、Nature Noir ではフォーク、ソウル、カントリーまで取り込んだ。古い音楽への愛情は強いが、懐古だけには終わらない。Crystal Stiltsは、1960年代の地下音楽と2000年代以降のブルックリン・インディーを、深い残響の中でつないだバンドである。


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