
1. 歌詞の概要
Akron/Familyの「So It Goes」は、2009年に発表されたアルバム『Set ‘Em Wild, Set ‘Em Free』に収録された楽曲であり、アルバム全体の中でもとりわけ瞑想的で静謐な存在感を放っている。
タイトルの「So It Goes(そういうものだ)」というフレーズは、作家カート・ヴォネガットの代表作『スローターハウス5』でも繰り返される決まり文句として知られており、「死」や「不条理」に対して淡々と応答する受容の姿勢を表している。本楽曲でも、世界の喧騒や避けがたい喪失を前にしたときに、「それでも世界は進んでいく」という静かな覚悟が込められている。
歌詞は極めて少なく、しかしその反復の中に深い精神性と諦念、そして一抹の希望がにじむ。Akron/Familyの作品群の中でも特にミニマルで、言葉よりも音の“間”が雄弁に語りかけてくるような構成である。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Set ‘Em Wild, Set ‘Em Free』は、バンドがトリオ編成として新たなスタートを切った作品であり、それまでのサイケデリック・フォークという枠組みを超えて、より自由で多様な音楽性を打ち出したアルバムでもある。
「So It Goes」はその中において、爆発的な冒頭曲「Everyone is Guilty」や祝祭的な「Sun Will Shine (Warmth of the Sunship Version)」などとは異なり、静けさと内省に満ちた“深呼吸”のような位置づけにある。
この楽曲が発表された2009年は、世界的な金融危機の直後であり、音楽界でも“再生”や“受容”といったテーマが多くの作品で取り上げられていた時期であった。その文脈の中で「So It Goes」は、Akron/Familyなりの“受け入れ方”を提示したものとして解釈できる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞は非常に短く、以下のフレーズが何度も繰り返される構造となっている。
So it goes
そういうものだSo it goes
すべては流れていくSo it goes
抗えぬものとして受け入れるSo it goes
それでも、前へ進む
出典:Genius.com – Akron/Family – So It Goes
反復されるこの言葉の響きは、まるで波が打ち寄せては引いていくようなリズムを生み出し、聴く者に内面を見つめさせる。
4. 歌詞の考察
この曲の最も重要なポイントは、“何もしないこと”への肯定にあるように思える。
現代社会において、私たちは常に“何かをすること”を求められる。生産性、反応、発信、改善――あらゆる場面で能動性が要求される。しかし、「So It Goes」は、その流れに一石を投じる。「何もできない瞬間もある」「そのままを受け入れるしかないこともある」と、淡々と語るのだ。
この“受容”は、諦めとは違う。むしろ、すべてを見つめたうえでの“選択的な静けさ”である。曲の構成もまたそれを反映しており、シンプルなギターと囁くようなヴォーカル、そして繊細なエレクトロニクスが、最小限の音で最大限の余白を生んでいる。
Akron/Familyの音楽は常に“変化”と“高揚”を含んできたが、この曲では“その先”にある静かな風景が描かれている。熱狂の終わり、悲しみの後、あるいは夜明け前の薄明――そうした時間の中にだけ訪れる特別な静けさ。それこそが「So It Goes」の本質なのだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Into the Mystic by Van Morrison
穏やかな霊性を宿す名曲。言葉の少なさと音の豊かさの共存が美しい。 - Heaven by Bonnie ‘Prince’ Billy
孤独と希望が同居する静謐なフォーク。Akron/Familyの精神性に通じるものがある。 - Re: Stacks by Bon Iver
反復の中に深い情緒が宿る名曲。静けさの中で聴くべき音楽。 - Window by The Album Leaf
言葉をほとんど使わずに、感情の深層を描くインストゥルメンタル作品。
6. 静寂のなかの変化 ― Akron/Familyにおける“間”の哲学
Akron/Familyの楽曲において、“音を鳴らす”ことと同じくらい重要なのが“音を鳴らさない”時間である。「So It Goes」は、その哲学をもっとも明確に形にした作品だといえる。
この曲では、無音に近い空間に、かすかに揺れるコードや息遣いが浮かび上がってくる。そこには、聴き手の心の動きすら音楽の一部として取り込むような懐の深さがある。それは、禅の庭に静かに佇む石のような存在感であり、無為を通して“在る”ことの意味を問いかけている。
「So It Goes」は、喧噪の時代において沈黙の力を信じる楽曲である。それは、騒ぎ立てることなく語りかけてくる。悲しみを癒すわけでもなく、未来を祝福するわけでもない。ただ、「そういうものだ」と受け入れることの美しさを、そっと差し出してくれる。
そしてその一言が、いつか誰かの夜を救うこともあるのだ。
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